【音楽小説】ベートーベンとミストレス  ~聞こえない指揮者と盲目のピアニスト~ #01【前奏曲】天才の終わり 前編

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 指揮台に立つ。その快感は言葉では伝えられないし、一度経験したらやめられない(ある指揮者のことば)

 

 1、『天才、柊卓人』

 

――――この世は、才能が全てだ。

「すごいわ卓人! この子は天才かも知れない

「絶対音感だ! 君のそれは、神様の贈り物だよ!」

「あら、君にこの曲は簡単すぎたかな?」

――――この世は、才能が全て。

「まるで神童……! モーツァルトのようだ!」

「11歳でリサイタルを開くなんて……」

「将来の夢はピアニスト? え? し、指揮者?」

――――この世は、才能が全て。

「全日本音楽コンクール少年少女の部、優勝は……」

聞くまでもない。
優勝だ。そう思った。

「東京都、柊卓人君です」

そして、その予想は外れなかった。
ホール中の拍手喝采が俺へと向けられる。

会場満員の拍手と興奮の絶頂にある聴衆の賛辞。
肌を焼かんばかりのスポットライトの光の真ん中で、聴衆に応える。

「ぼくは、せかいいちのしきしゃになります」

――――この世は、才能が全て。

この時、
俺、柊卓人は間違いなく天才だった。

 

「……――――卓人!」

呼び声が聞こえる。うっすらと目を開ける。俺はバイオリンを小脇に抱えた女に揺り動かされていた。

「起きて! もう出番よ!」

「…………聖(ひじり)か」

「寝てたでしょ?」

怒ってます、と言わんばかり。女は頬を膨らませて問う。
清和 聖(せいわ ひじり)幼馴染だ。彼女の体の大部分を覆うエメラルドグリーンのドレスは先日、都心の百貨店で2時間も迷った末に買ったものである。

「んーにゃ、起きてるよ」

「嘘、信じられない。本番直前に居眠りだなんて」

「いい音楽家の証拠だ。本番直前までリラックスした状態を維持している」

「良く言うわよ、私が起こさなかったら終演まで目を覚まさなかった癖に」

「かえってそっちの方がいい演奏になったりしてな」

「?」

「みんな、指揮者に頼りすぎるのはいけないと思わないか? 俺がいなくなった方が、みんなで音を合わせようって気分になったりして……ってあでっ!」

言い終わりより早く、楽器のケースを振り上げた聖はそのまま、俺の頭を力強く引っぱたいた。

「本番前に何しやがる! 暗譜した分が飛んだら洒落にならないぞ、そしたらコンミスの地位はく奪してやる!」

「ふん、少しも緊張が見られないから。ちょっとエンドルフィンを足してあげようかと」

「いらんわっ!」

「そっちが屁理屈ばっかりこねるから…………ほら、開演5分前よ。恒例のアレ、やるんでしょ?」

「ん、それじゃ、行きますか」

起こしてくれた事に礼を良い、俺は立ち上がった。
狭い部屋の一面を占める姿見で、身だしなみをチェック。ヨダレの跡ない、オーケー。髪型、オーケー、服、オーケー。靴はナイキの白いスニーカー、ばっちり赤いラインが入ってる。オーケー……じゃない! ばかな!

「ギブ・ミー・シューズ!」

駆け足で控室を後にする。楽器を携え、集中しようと息を整えている楽団員たちの横に片っ端から訪ねて行く。

「誰か! 誰か! 靴貸して!」

『また何か騒いでるよ』

『この前はネクタイだっけ、今日は靴?』

「誰かー! スペア積んでる人いないかー? 車みたいにさー!」

『余裕無いくせに冗談いってっぜ。マジックでそれ、黒く塗れば?』

「ナイスアイデア! でもそれやったら聖にミンチにされる! あと時間も足りない!」

『車まで戻ればあるけど、間に合わないね』

「くそ……! 目の前にこんなにたくさんの靴があるというのに! …………あ、君、それいい! 非常にいい、僕に貸して! ちょっと貸して! ほんのちょっと、二時間半で終わるから!」

裏方要因として来てくれていたアナウンスの男性から、黒い革靴を奪い取る。彼には愛しの相棒(二千九百八十円)をプレゼント。

俺は胸ポケットからミント系のタブレット菓子を取り出し、楽器を携えた楽団達にひとつづつ手渡していく。

「はいはいはいー、みんな緊張してないかい? フリスク配るから各自みんな、上のお口に放り込んでね。一人一つぶ、さわやかな気分で本番を迎えよう!」

本番前のテンションを盛り上げようと、高揚とした気分で接しているのに、楽団員ときたら
『うぇーい』だの『はぁーい』だの気のない返事ばかりが返ってくる。
この気だるい小食動物達を如何に指揮棒に釘付けにし、ステージの上で統率するか、それが腕の見せ所だ。

コンサートミストレス、聖の手のひらにタブレット菓子を転がす。

「ほい、起こしてくれてありがとな」

「どういたしまして」

緑のドレスを着た聖はにこやかにタブレット菓子を口へ放り込んだ。
コリッと短い音とともに、爽やかな匂いがあたりに漂う。

「今夜もよろしく頼むよ」

「こちらこそ、腐れ縁のマエストロさん」

やわらかく微笑む彼女は美しい。北欧と日本の血が混じる彼女の立ち姿はステージの上で何よりも映えるだろう。……見栄え、これも一つの才能だ。

開演時間になり、重い楽器を持つものからステージへ並んで行く。ステージに上がる寸前、彼らは舞台袖で自分とハイタッチを交わしから出ていく。いつから始まったか分からない習慣だ。

彼らすべてがステージへ旅立った後、俺は短い時間、目を閉じた。イメージする。演奏が終わった後の自分を。最高の演奏を終え、楽団のみんなと再びハイタッチを交わす瞬間を。

「うし、行くか」

コートを仕舞う布が擦れる音と観客の短い咳が客席から聞こえる。頃合いだ。

両手で自らの方を短く打ちつけ、俺はステージへと歩みを進めた。

身に持つものはただ一つ、指揮棒のみ。

ゆっくりと、舞台袖の大きな木戸が傾き、会場の冷やかな空気が流れ込んでくる。体の臓器がゆっくりと締め付けられていくようだ。客席は7割が埋まった所だろうか。
静粛なる拍手が出迎える。緊張感が自分の周囲にのみ、さらに増したようだ。

呑まれるな、この空気に呑まれるな。呑まれる前に、

支配してやる。

指揮台に乗る。台が軋む。振り向いて客に礼を、また拍手。振り向いて、楽譜の表紙を捲る。背中のいちばん薄い皮膚がゾクゾクする。
楽団員を見れば皆こちらを睨んでいる。いい目だ、集中している。
俺はゆっくりとタクトを持った手を振り上げ、――――始める。

瞬間。

舞台へ立ったその時、俺は人間ではない。

舞台に立ち、スポットライトを一身に浴びすその存在はもう、――――指揮者なのだ。

#02へ、つづく。

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こたっちゃん(隔週金曜連載)
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プロフィールをご覧いただきましてありがとうございます。 はじめまして、こたっちゃんです。 温泉とみかんの国に住んでいます。 14歳から小説を書きはじめ、新人賞に投稿したり、ココトモのブログで小説をUPしています。 ...

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全2件のコメント

  1. こたっちゃん 2016/01/29 23:17

    用語解説

    指揮者。
    手や指揮棒でオーケストラや合唱隊を指揮する。

    コンサートマスター(女性の場合、コンサートミストレス)
    略称はコンマス、コンミス。
    オーケストラを指揮するのは、指揮者である。指揮者とオーケストラの間に立って、細やかな情報伝達や指示をするのがコンマスの役目である。
    また、多くの場合、ヴァイオリンの実力者が担当する。ソロがあれば、コンマスがソロを引く。

  2. こたっちゃん 2016/01/29 22:46

    お知らせ

    連載はじめました。
    隔週でなんとか連載したいと考えています。

    どんな言葉でも感想を頂けると励みになります。
    よろしくお願いいたします。

    また、執筆にあたり、松山にてピアノ教室を開いているピアニスト、山崎のぞみ先生にご協力頂いております。感謝申し上げます。

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