【音楽小説】ベートーベンとミストレス  ~聞こえない指揮者と盲目のピアニスト~ #02【前奏曲】天才の終わり 後編

「運命とは、このように扉を叩く!」
~ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン~

2、『打ち上げ。そして、』

『乾杯とは、杯を乾かすと書いて、乾杯だー!』

もう何度目か分からない乾杯が交わされる。
このあたりの空気は、完璧によくある大学生のアレだ。呑んで、喋って、愚痴って、一人一人の挙動が怪しくなり、あと一時間もすれば、馬鹿笑いする男と大泣きする女が現れるだろう。

東都大学合同音楽団の打ち上げは、都内の和食系居酒屋で盛大に行われていた。会費は 一人二千百円。老夫婦とアルバイトが営む、俺が見つけたとてもリーズナブルな店だ。

俺は誰が使ったかもわからない、机の上に転がっていた箸を手に取り、醤油がたっぷりとついた卵焼きを摘まんだ。塩けが利きすぎたのをウーロン茶で中和しながら咀嚼する。

視界の端で、ホルンとチューバが脱ぎ始めた。

「みんなベロンベロンね」

呆れたような物言いをしながら、聖が隣に腰掛けてきた。

「お前も顔が赤いぞ?」

「卓人も、真っ赤」

「飲んでない。俺が下戸だって知ってるだろ?」

うちの家系は飲めるクチとダメなクチの両極端に分かれていて、残念ながら俺は、コップに一センチ注いだだけでひっくり返ってしまうほど耐性がない。

「つまんない男ね、そんなんじゃ彼女できないぞー」

「いらん。音楽家にとって女は大敵だ」

「普段はお茶らけてる癖に、そういう所は堅いのね」

言いながら、聖は巨峰サワーが入ったジョッキを傾ける。ネックレスに飾られれた小粒のルビーが首下で光る。その姿が似合っているのが憎らしい。

「私は?」

「何が?」

「私は敵なの?」

「たまそうじゃないかと思う時もあるな」

「ムムっ、どうして?」

「練習中とか常に俺を睨んでるだろ」

「ひっどーい! 指揮者を真剣に見てるだけよ!」

「冗談だよ、相棒」

「それって、女の子に対する呼び方じゃないよね」

目を細め、赤らんだ顔で聖が抗議の目を向ける。

「信頼の証だって、ほら、二人の腐れ縁に乾杯」

「ご近所にこいつがいた不運にカンパーイ」

ウーロン茶と巨峰サワーのジョッキがゴツンと頭突きをする。聖はジョッキをグイと持ち上げ「ぶはあー」と、腹の出た中年オヤジの様に唸りを上げた。でた、おっさん。この普段のしゃなりとした印象と真逆の姿を、ぜひみんなに見て欲しい。酔いが醒めた頭で。きっと百年の恋も冷めるだろう。

「成功だよね、演奏会」

「まぁ、満席だったしな」

「さすが全日本最優秀者」

「小学生の時も取ってる。それに、お前だって最優秀取ったろう」

「ふふ、まぁね」

言って、聖は巨峰サワーが入ったジョッキを煽る。さっきよりも頬が赤い。酔いが回っているのだろうか。

「この世は才能が全て」言って、聖はキラリと笑う。

「俺のをパクるな」

聖の脳天に手刀を振り下ろす。「なにをする!」と涙目で抗議する。
俺はゴメンと謝り、謝罪としてお変わりの飲み物を注文してやりにいった。
この世は才能は全て。人の口からきくと、少し嫌な言葉だ。けれど、それが現実だ。
そして、実際。自分には才能があると思っている。
絶対音感、即興演奏、初見演奏、作曲など、普通の人が出来ない事ができたり、持っていない技能を持っている。
ピアノだって、そこいらのプロ程度には弾ける自信がある。

もちろん、血反吐を吐く、という程度の努力もした。
けれど、脱落していくライバルを余所に、自らが持って生まれた音楽才能を疑う事はなかった。

「はい、巨峰サワー」

「ありがとう」と、うろんな目をした聖が言う。

ちびり、と巨峰サワーを飲んで、突然の質問を投げかけた。

「ねえ卓人。大学を出たらどうするつもり?」

「海外に出る」即答した。前から決めている事だ。

「お前は?」

「私も、海外にでるつもり」

初耳だった。

「お前なら、日本の方が稼げるんじゃないか? 見目もいいし、二十代のうちはミスキャンパスの箔もある」

言うと、聖は首を横に振った。

「卓人が海外に行くなら、私も海外に行く。私は、卓人のコンサートミストレスだから、ずっと卓人の傍で弾く」

「俺に拘ることはないだろう。才能あるんだ、色んな指揮者と触れ合った方がいい演奏家になれる」

「うん、色んな演奏をしてみたいとも思うよ」

「だったら」

「でも、たまには卓人の指揮で弾きたい。できれば、お婆ちゃんになるまでずっと……」

「お前、酔ってんだろ」

「私が卓人の指揮で弾きたいと思うのは、言いたくないけど、少なからず君の才能を認めているからなんですけれども。じゃあ、私は君にどんな才能を感じているか、わかる?」

「知らん」

巨峰サワーが4杯、それだけ飲めば少しは回るか。

「才能ね……、そりゃまぁ少なからず、音感とか、指揮法とか、指示が的確とか、選曲にセンスがあってピアノまで上手いとか、アレンジや作曲が得意とか、リンゴの皮向きが上手いとか、色々あるだろう。」

俺、すげぇな。と自画自賛。

「ぶっぶー、外れデス」

「外れって、指揮者に必要な要素は大体あげたぞ?」

「一番重要な要素が抜けています」

「なんだよ、それは」

「人柄です」

言って、聖はジョッキを飲み干した。

「巨峰サワーおかわり」

「もうやめとけって、酔ってる。」

「大丈夫。私、強いの。知ってるでしょ? まぁ、みんなはだいぶまわってるみたいだけど……」

見れば、居酒屋の中は大変な事になっていた。

数人が半裸で、その半分が全裸。

二十畳間の真ん中で、コンバスとチェロが爆笑していて、隅っこでビオラの女が元カレの名前を叫びながら号泣していた。

阿鼻叫喚である。

大学サークルの打ち上げは地獄そのもの。

悪い奴らだ。

けれど、悪い気はしない。俺は海外に行くつもりだが、こいつらと過ごす時間があと数年で終わると思うと、後ろ髪をひかれる思いにならなくもない。

ずっとこの時間が続けばいい。俺にも、そんな思いがあった。

「さて、俺はもう帰る」

「え、もう?」

「ああ、記憶の新しいうちに、今日の演奏を聞きなおしたい……」

その時、大きなガラスの破砕音が店中に轟いて響いた。
一瞬の静寂の後、

「――――申し訳ありませーん!」

と、厨房でアルバイトが大声で謝罪。

しかしすぐに出来上がった酔っ払い若人は再び熱気を湧き返して、『今のはラか?』『いいや、ミとソの間の音だ』『お前ら絶対音感ねーだろ!』『おーい、音感持ち、教えてくれーい』と、実に音大生らしい反応を返している。
俺は胡坐を崩して厨房へ向かって、

「すいませーん! 巨峰サワーおかわりー」

そう元気よく声をかけた。
ホルン吹きの団員が『出た! 巨乳サワーだ!』と声をあげる。うるさい、お前はまずパンツを履け。

それとな、さっきのは『シ♭』だ。

打ち上げを抜け出した俺は、トイレを借りようとコンビニへ立ち寄った。

ウーロン茶を大量に摂取したせいで、もよおしたのだ。

借りるだけでは店に悪いので、紙パックのカフェオレとサンドイッチをカゴに入れ、レジに並んだ。明日の朝ご飯である。あと、ジャンプも買った。

レジは空いていると思ったが、目の前に大量購入しているしている人がいて、思ったよりも時間がかかっている。
白い杖を手に持った女が、カゴ一杯のウィダーインゼリーを購入していた。店員が驚愕しながらもせっせとウィダーをバーコードに通し、レジ袋に詰めていく。
さすが大都会。妙な奴がいるもんだと、感心しながら、順番を待つ。
右手の腕時計で時間を確認する。今から電車に乗れば、二十二時ごろには帰れるだろう。

コンビニを出て、帰路を歩く。

帰ったら、楽譜開いて今日の録音を聴いて、一人反省会して、風呂に入って、ジャンプ読んで寝る。理想的な締めだ。

『お母さーん! 青だよー!』

不意の一声にどきりとする。振り向くと小学生ぐらいの子どもがこちらに向かって走っていた。ずいぶん後方に親が見える。おいおい、こんな時間に子どもを連れまわしてどうする。なにかあったら危ないだろうと思ったが、家で一人留守番する子のさみしさや、夜までみっちり親や教師がついてピアノの練習をさせられる辛さを知っているので、家にずっといる子の気持ちも分かってしまう。複雑な心境になった。

交差点に差し掛かる前に青信号は点滅していた。走れば間に合いそうだったがまぁ、急ぐこともないだろう。

『はやくはやくー! さき渡っちゃうねー!』

そんな俺の気持ちもツユ知らず、少年は背中を前に向けたまま、交差点へ突進していく。
そんな時肌、減速をしなかったトラックが交差点へ突っ込んできて――――。

(あ、ぶつかる)

初めに、そう思った。

(すまん、少年)

と、次にそう思った。

酷いかもしれないが、まず、俺は無駄骨が嫌いだ。

今から飛び出して少年を突き飛ばそうとしても、二人ともお陀仏になる可能性が非常に高い。

次に、俺は指揮者だ。万が一自分が事故って外傷を負えば、もう一生この仕事ができなくなる。

だからこその、謝罪。

心の中で少年に詫びた。自分の事を大人と言ってよいか自信がないが(二十歳は越えた)、ふがいない大人をどうか許してほしい。俺は自分の命より、自分の音楽が大事な人間なのである。見知らぬ人の命など、比べるべくもない。

というわけで、ドンマイ。来世に期待だ。

言って、目の前の光景から目を背けようとしたとき。

目に入ってしまった。

ある物を、見てしまった。

そして、

気が付けば、体が勝手に動いていた。

それは、ひきょうだろう。

「ぐ、――――くそぉぉぉおおおおおおおおおおおお!」

たすかれ! と、強く願った。

駆け出して、少年を片手で突き飛ばし、

そして、

――――次の瞬間。

俺の体は、夏の空を舞った。

舞いながら、俺は仕方ないと思った。

ひきょうだ。

そうだ、これは仕方ない。

だって、あのかばん。

少年が肩から下げていた、あのバッグ。

フェルト生地に、白と黒の鍵盤のワッペンが縫い付けられた、きっと中には楽譜がわんさか入っているであろうバッグ。

それは、かつて、俺が持っていたものと同じもの。

昔の俺が、泣きながらピアノ教室へ持って行っていた、そのバッグと同じものだった。

そんなのをみたら、しかたないじゃないか。

「――――――……!!」

無重力。薄れゆく意識の中、突き飛ばされ、驚いた目をして尻餅をついている少年の姿を確認する。

良かった。無事か。

そんな風な感想を抱きながら、

その日、柊卓人の意識は完全に途切れた。

わが身を顧みず、未来に満ちた少年助けた。
きっとそれは、褒められた行動だったのだろう。
翌日の新聞で取り上げられそうな美談だ。
この事故で、柊卓人が生き残ろうが、死のうが、美しい話として後世に残る。
しかし、音楽家としては、絶対に避けなければならない行動だった。
愚かだった。
結果として、そう言わざるを得ない。
最終的に、柊卓人は一命を取り留めた。
しかし、
天才音楽家として、将来を約束されていた音楽家、柊卓人。
彼には、絶望だけが残った。

次に目を覚ました時、
柊卓人は、聴力を失っていた。

つづく。

#01いっこまえ

 

◆PR:自信はないけど恋したい人のための恋活サイト『Piece』公開!
ココトモがつくる恋活サイト『Piece』は、恋愛コンプレックスを持っている人たちが「自信をつけて楽しく恋愛できるようになること」を目的とした恋活サービスです。ただいま公式サイトにて無料プレユーザー募集中!

⇒Piece公式サイトはこちら
◆PR:元不登校生たちが運営するフリースクール『Riz』プレオープン中!
ココトモは不登校に苦しむ中高生向けフリースクール『Riz』を2018年6月に東京都内につくります。5月は誰でも無料でRizを利用できるプレオープン実施中!興味ある方はぜひ公式サイトをご覧ください。

⇒Riz公式サイトはこちら

このブログを書いた人

こたっちゃん(隔週金曜連載)
こたっちゃん(隔週金曜連載)

プロフィールをご覧いただきましてありがとうございます。 はじめまして、こたっちゃんです。 温泉とみかんの国に住んでいます。 14歳から小説を書きはじめ、新人賞に投稿したり、ココトモのブログで小説をUPしています。 ...

プロフィール詳細はこちら
こたっちゃん(隔週金曜連載)が最近書いたブログ

ただいま注目されているブログはこちら

同じカテゴリーの最新ブログはこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


全8件のコメント

  1. こたっちゃん 2016/02/03 11:31

    まるまさん
    ありがとうございます!自信ないので励みになります!
    芥川賞なんてそんな畏れ多い……!
    わたしはハリウッドで映画化で満足です(* ̄∇ ̄*)

  2. まるま 2016/02/03 09:10

    面白かったです!!続きが気になります^^

    目指せ、芥川賞(直木賞)ですね!!

  3. こたっちゃん 2016/02/02 10:54

    ゆきえさん

    わーい、ありがとうございまーす!
    しかし改めて見るとちょっと記事長いですね……。二分割したのに( ; ゜Д゜)

  4. ゆきえ 2016/02/02 08:02

    おもしろい~!続きが気になります。

  5. こたっちゃん 2016/02/01 13:23

    まいんさん

    ありがとうございます!
    ふふふ、大正解です!
    ちなみにこの世界で名前に音楽用語がついた人は……。

    ふふふ。

  6. まいん 2016/02/01 00:29

    卓人、指揮者のタクトとかけましたか???
    続きが楽しみです。
    元ピアノ・クラ弾きまいんより

  7. こたっちゃん 2016/01/30 00:00

    tomosanへ

    ありがとうございます!なんとか完走を目標にがんばりますー

  8. tomosan 2016/01/29 23:49

    待ってました!って、馴れ馴れしく、すみません。ただ、続きが気になります。
    楽しみが増えました!応援してます。

ココトモメンバー募集中!

◆誰かのための私になれる
ココトモは相談に訪れた方がやがてメンバーとして相談にのる立場になる、そんなふうに助け合える場所を目指しています。「誰かの力になれた」という経験が「自分の自信」にも繋がるので自信をつけたい方にもぜひ力を貸してもらえたらなと思います。「自分にできるかな…」という不安がある方にもバッチリのフォロー体制を整えています☆

▽メンバー募集ページはこちら
http://kokotomo.com/volunteer/
ページTOP