【ライトな純文学・音楽小説】ベートーベンとミストレス  ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #04【腹黒】『代理指揮者 ショーン』

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運命よ、そこをどけ。俺は帰る。定時で。

4、『代理指揮者 ショーン』

 

聖に電話をすると、楽団の練習に来られるか聞かれた。
少し迷ったが、久々の外出だ。俺は行く事にした。

「卓人! 退院したんだ」

「おう、おかげさまでな」

「良かったー! もうびっくりしたよ! 二日酔いから目が覚めたら、いきなり卓人が轢かれた! って連絡が入ってて、私もう気が動転しちゃって……」

「だろ? 俺もびっくりした」

まぁ、そのあとの告知の方がもっと取り乱したのだが、取り立てていう事でもない。

「さっき、補聴器を買ってきた」

「そう、やっぱり聴力が?」

「ああ、戻らん」

「そう……」

聖は優しい奴だ。俺に対してどう声を掛ければいいか、分からないのだろう。

「事故の時に落としたらしい、交番に届けられてないかな……」

だから俺は、努めて明るい声で言ってやる。

「ばか、冗談言ってる場合じゃないでしょう! 本当に、心配したんだからね。その、考えたくないけれど、もう目を覚まさなかったらどうしようって……」

よほど心配をかけたのだろう。聖は少し涙ぐんでいた。

悪い事をした。

「殺したって死にはしないって、評判だっただろ? 団内のランキングでも、長生きしそうな奴トップだ」

演奏会で配るパンフレットに『団報』というコーナーがある。

大学生のサークルにありがちな、楽団のメンバーや楽団について紹介するお約束のコーナーだ。そこでメンバーは様々な項目に投票され、、いい女、悪い男など、名誉不名誉なカテゴリーへとへ格付けされるのだ。

そこで俺は、『無駄に長生きしそうなメンバー』というの栄えある称号の第一位に輝いた訳である。

「ふふ、……そうね、私もあんたに投票したわ」

「お前か! お前のせいで俺はトップ当選だ!」

まぁ、二位と大差をつけての勝利だったから、聖の票がなくても結果は変わらなかったのだろう。

「あと、休日に何か買おうとショッピングモールを一日うろうろするけれど、特に買いたいものがない事に気づいて、『あれ? 俺って結局何しにここに来たんだっけ?』と疑問を抱きながら何も買わずに帰りの電車に乗る寂しい系男子にも投票しておいたわ」

「ああ、あの無駄に長い質問。俺に一票だけ入って一位だった奴な」

「まぁ、その質問を考えたの、私なんだけどね」

「全部お前が仕組んだ事じゃねえか……」

そのたった一票で、俺は楽団中から寂しい奴認定を受けたのだ。

やけに目立ってたんだからな! 哀愁漂うあの質問!

「広報の子が、団報のスペースが妙に空いていて困るって言ってたから、急遽付け足したのよ、てへっ」

「なるほど、それで最後の質問があれだったのな」

他の文字は印刷だったのに、あれだけ手書きだった。

「わりとウケてたよー」

「いや、俺は面白くないから」

「来年も宜しく!」

「いらねぇよ!」

「みんな期待してるから! 待ってるから!」

しらねぇ……。なんで俺がお茶の間に話題提供みたいなことをしなければならないのか。

「卓人を待ってるのは本当だよ、みんなも心配してた。みんな待ってるよ」

「まるで修理に出しているおもちゃみたいだな、俺」

「そうじゃない。みんな練習はしてたけど、指揮者がいないとやっぱり演奏が纏まらないからさ」

それは、少し嬉しいかもしれない。

「ちゃんと練習してるか。良かった。俺がいない間にみんな楽器を投げ出していないか、少し心配してたんだ」

「ふふ、大丈夫」

聖は、軽く笑って答える。

「私がいて、怠けるなんてありえない」

「だ、だよな」

寒気がした。

「でしょ?」

そうだった。こいつは普段の話し言葉はふわふわしてて、軽いノリだが、練習になると鬼になる。音楽の鬼だ。付き合いは長いものの、こいつの存在は俺にとっても恐怖である。
コンクール前、敵じゃないかと思うと言ったあれはジョークではなく、そのまんまの意味なのだ。

楽団の役割としては、俺がアメ担当で聖がムチ担当といえた。

「ちゃんと前回の演奏会の反省もしたよ? 卓人の代理の指揮者も見つかって、いまは、次の演奏会に向けて練習してる」

「ほ、ほう。代理ね」

ぽっと出に俺の代理が務まるのかな、なんて思っちゃったりして。

あまつさえ「こんなんじゃだめだ!」「卓人はまだか!」「柊君以外の指揮じゃ弾けない」というふうに、みんな困っていないか期待しちゃったりして。

ふふふ。

ふふふふふふふふ。性格悪いな、俺。

「私が留学してた頃の知り合いで、腕は良いよ」

「腕ねぇ」

言いながら、十字を切る。確かに、振りも重要だ。

オーケストラを率いるのは、二本の指と、白いタクトである。

しかし……

「大事なのは、振りよりも……」

「振りよりも?」

「『人柄』だっけか?」

「もう、お酒の席の言葉は、忘れて」

「ははは」

笑いながら、からかった事を謝る。

「そろそろみんな集まるころだから、急ごう」

「おう」

はは、本当にお笑い草だ。いやはや、うっかりしていた。指揮者にとって最も大切な物。

素人でも知っている、振りより大事な要素。

人間性なんて、くそくらえだ。

指揮者の命は、『耳』である。

分かり切ったことだ。

「おかえりいいいいい! 良かったああああ」

今日、楽団は大学のホール練習の日だ。

叫びながら抱きついてきたのは、フルートの吉田だ。

「心配したんだよ? 無事で良かったー!」

「おう、吉田も心配かけたな」

相変わらず、人懐っこい奴である。こいつが低身長の可愛い女子ならよしよしと頭を撫でてやりたいぐらいだ。

しかし、残念ながら届かない。フルート担当の吉田の身長は、二メートル。肩幅広し。ラガーマンもビックリな体格の巨漢である。

楽団の誰よりも美しく繊細な心を持ち、柔らかで女性的な音色を奏でる巨漢。

吉田猛。

人は彼をこう呼ぶ『フルーティーゴリラ』と。

悪いとは思いつつ、俺もこいつの事を脳内でゴリラと呼んでいる。

だってこいつってば、手の持ったフルートが原始人の火おこしの棒にしか見えないんだもん。俺の知り合いで、間違いなく一番優しい良いやつだけど。

「今日は練習聞いていくの?」

「まあね、少しは」

「やった! ね、ね。それじゃ振ってってよ! 今はみんなでラフマニノフ練習してるんだ!」

「ラフマニノフね、交響曲でもやるのか?」

「ううん、協奏曲だよ! 久しぶりに柊君の指揮で吹きたいな。一番好きな指揮者だから」

まったく吉田は。言われてうれしい言葉をピンポイントで放ってくる。

本当にこいつってば、もう、どうして美少女じゃないんだろう。

『さ、練習始めるよー!』

元気の良い聖のソプラノボイスに、団員たちも「うぇーい」と気だるげに返事をし、楽譜を並べていく。

「じゃ、ぼくも戻るね」

吉田も巨躯を丸め、楽譜とフルートケースを手に持ち、ホールのステージへと戻って行った。

練習開始時刻を少し過ぎて、俺の代理らしい指揮者がやって来た。

金髪碧眼。堀が深い北欧人。

うーん、悔しいがイケメンだ。

イケメンと聖が、二人並んでやってくる。

「卓人、こっちはショーン。私の留学時代の友人」

「HAHA! 初めまして! カッコいい男だね。ボクはショーン、よろしくネ!」

「どうも」手を出して握手。

かさぶただらけの手。
結構やり手だ。
ピアノとヴァイオリンを相当弾きこんでいないといないと、こうはならない。

聖は、じゃ、私は調律あるから! と言って、ステージの上に戻って行った。

「事故に遭ったと聞きまシタ! 同じコンダクターとして、痛み入りマス」

ポケットからハンカチを取り出して、「オー」と、涙を拭く仕草をする。オーバーリアクション気味だが、なかなかいい奴のようだった。

「まぁ、飛び出した俺が悪いから」

「謙虚デス! 日本人のいい所ネ!」

ショーン・感激! とか言いながら、ハグされる。ショーンの頭が顎にぶつかって、少し痛い。強烈なキャラだなー。と、思っていると。

『耳、聞こえないんだって? ご愁傷様』

と、確実に俺にしか聞こえない距離でそう言われた。

英語だ。

何かの間違いかと思っていると、今度ははっきりと伝えられる。

『ユー・アー・ヒストリー』

洋画を見ていれば、たまに耳にする慣用句。

意味は、お前は終わり、である。あまり上品な言葉とは言えない。

『どんな男かと思えば、欠陥品。とんだスクラップだった。せっかく日本でバカンスに来たんだ。オケはカスだが、良い女が揃っている。まぁ、俺が振れば、男も多少はマシになるだろう』

歪んだ笑み。

『指揮者は向いてなかったな、ミスターベートーベン。田舎で大根畑でも耕すといい』

言い終わると、すぐにショーンは俺から離れ、
「今日はお手柔ラカに!」

と言って、にこやかに手を振った。

『欠陥品』

分かっていた。
分かっていた事だ。
ただ、まだ自分の身に起こった事受け止めきれない俺は、
頭の中でショーンの言葉が、ハンマーで殴られた様に響き、トマトを壁に投げつけたようにこびりついた。

#5『よっぱらいに絡まれる夜は一人でないからましなのか一人の方がましなのか正常な判断はそもそも酔っているのだからしようがない』へ つづく

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全1件のコメント

  1. こたっちゃん 2016/02/12 14:03

    人前に立った時、人は演じます。

    卓人も普段はおちゃらけキャラで通していますが、本性は物静か。

    テンションが上がったり下がったり。
    安心したり落ち込んだり。

    すこし、躁鬱の傾向があり危険ですが、それが彼のバランスなのかもしれません。

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