【音楽小説】ベートーベンとミストレス  ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #09『狂気、蛮行』

 

小説もくじ

前回からの続き。

「弾きたくても弾けない辛さ、ピアニストならわかるはずだ」

 

#09、『狂気、蛮行』

間一髪。

酒瓶が少女の手に直撃する寸前、俺はそれを受け止める事ができた。

「待てよあんた! 自分が何をやろうとしてるか分かってんのか!」

俺の言葉に、目の前の男は更にヒートアップ、錯乱したまま振り乱して暴れる。

「るせぇ! 離せっ!」

俺を突き飛ばし、近くのテーブルで酒瓶を叩き割った。酒瓶の底が砕け散り、鈍器であった酒瓶は刺突用の刃物へと形態を変える。そのまま、酒瓶を両手で持ち、鋭利な部分を少女へと向けた。

「……ころしてやる」

今度こそ、店内の女性客が悲鳴を上げる。

俺は起き上がり、傍らのイスにかけてあったコートをつかみ、少女と男の間に割り行った。
「落ち着け、落ち着けって、なぁ」

「うるさい。僕が負けるなんて、認めない……ありえない……」

言葉の呂律が回っていなく、足取りも不安定。

おそらく、かなりのアルコールを摂取してきたのだろう。

 

危険だ。

照明に反射し、酒瓶の鋭利な部分がキラキラと輝く。

当然、あれに刺されたらただでは済まないだろう。

一瞬、おっさんが視界の端に映る。

おっさんは無言で、俺の目を見て頷いた。

男が、こちらへ向かって一歩、にじりよる。

靴の裏がガラス片を踏みつけ、ジャリ……という何とも嫌な音がする。

耳の裏で汗が滴る。

男が、飛びかかってこようと重心を前に落とした、

その刹那。

俺は、手に掴んでいるコートを男に向かって投げつけた。

「!」

コートが宙を舞う。

男がそれに気を取られた、一秒にも満たない僅かな時間。
その間……、男の背後から、おっさんと男性客の一人が男に飛びかかった。

「な!」

男性客が男に掴み掛り、全体重をかけ、男を押し倒す。男が押し倒された瞬間、おっさんは男から割れた酒瓶を奪い取った。合図もなしに、見事な連携だ。

押し倒された男はさらに振り乱して暴れ、少女へ少女へ向かってあらんかぎりの罵声を浴びせた。

「離せ、離せぇ! くそ。なんの苦労も知らないガキが! なにがパーフェクトだ! このパクリ野郎! コンクールにも出ていないズブの素人に、この僕が負けるなんて有り得ない! 壊してやる! お前を! その手を! お前を、お前をおおおおおおおおおお!」

あらんかぎりの声で男は絶叫し、呪詛の言葉を浴びせる。

そのあまりの声量は、彼の叫びは聴力が落ちた俺の耳でも充分に聞き取ることが出来た。

俺は、自分と少女がひとまず無事であることに安堵。

男は押さえつけられたまま、声にならない声を上げている。

俺は、ねじ伏せられた男へと近寄ると、彼の手を、手に取って眺めた。

「あ、…………!」

倒された男が息をのむ。腕や指を折られると思ったのだろうか。あるいは、砕け散ったガラス片で傷つけられるかと思ったのかもしれない。

それはそうだろう。

商売道具の、大切な手だ。

かけがえのない、ピアニストの手である。

「ひ、ひぃ……!」

怯え、青ざめる彼を余所に、俺はその手のひらをしげしげと眺め、握った。

「や、やめてくれ……」

「この手……」

サイズは成人男性の平均。

爪は丁寧に切りそろえられていて、指の先が丸く潰れている。

手のひらはずんぐりとしていて、

指の皮は厚く、プラスチックの様な硬い感触をしている。

俺は、彼を鑑定するように言った。

「ピアニストの手だ」

彼が、これまでの人生すべてを費やして弾きこんできた、両の手。その手に、彼の全てが刻まれている。

「ピアニスト。一般的なクラシック弾きは、幼少期、七歳までにピアノを始めなければならない。そこから毎日三、四時間。本格的に音楽家を志してからは、毎日六時間を練習にあてる。百の努力が、一か二しか報われない。ほかの連中が、勉強や部活、マンガやゲームをして遊ぶ時間の全てを費やす。そうした中の、一握りの人間が音楽の道を極め、コンクールで賞を取る」

「な、なにを言って……」

「……だが稀に、世の中にはその枠を越え、毎日十時間以上もピアノを弾くバカがいる。周りのライバルが百練習するところを千も万も練習し、爪の間から血が出ても、その爪が剥がれても、弾き続け、あげく指の形が変形しても練習を止めない音楽馬鹿が、稀にいる」

「…………」

「あんたの手は、その音楽バカの手だ」

「お前に何が分かる……」

「分かるよ、手は嘘をつかない」

地に伏せった男の爪。

とてもきれいな爪とは言わない。常に深爪し、硬く潰れていて、割れた後が残っている。

「あんたが怒る理由も分かるよ。必死に努力して、演奏して、マネされて、その努力が否定されたような気持になったんだよな。

けどな、音楽馬鹿はあんただけじゃない。あんたなら、あの子がどれだけ努力して来たか、分かるだろ? 漫画やフィクションの世界じゃないんだ。あんたに勝ったあの子も膨大な時間を訓練に費やしてきたよ、おそらくは、あんた以上に」

「あ…………」

「あんた、本当にその手を壊すことができんのか?」

「僕は……」

「弾きたくても弾けない辛さ、ピアニストならわかるはずだ」

「僕は……僕は……」

俺は言葉を続けようとしたが、おっさんは俺の肩に手を置き、『もう大丈夫だ』と首を横に振った。

呻く男に、おっさんは憐れむように声を掛けた。

「あんちゃん、その若いのの言う通りだ。あんたもピアニストなら、演奏で見返すべきなんじゃねぇのか」

「――――」

彼は完全に脱力し、それ以上何も言わなくなった。

 

おそらくは、もう大丈夫だろう。

おっさんと男性客が、ピアニストの男を連れて、店から出ていく。

その後姿を見ながら、マスターが自嘲気味につぶやいた。

「本当は警察に突き出すべきなんだろうけど、私たちも褒められたことはしていないからねー」

俺は、襲われた少女を見やる。

「…………」

彼女は、さきほどの蛮行にも拘わらず、無表情。

怯えた様子も、驚いた様子もなかった。

はじめは、肝が据わっているのかと思ったが、どうも違う。

まるで、この世のすべてに関心がないような表情だった。

彼女濁った瞳は、いったい何を映しているのか。

わからないが、

演奏の後に、ドンパチをやったのだ。俺も疲れた。

俺はテーブルに置いてあった、誰かのジュースを飲み干した。

『あれ?』

その瞬間。

視界が横転する。

「きゃー! あなた、大丈夫!」

「ニャー」

マスターの声と、猫の鳴き声を聞きながら、俺の意識は灰色の地面へと吸い込まれていった。

[#10『朝チュン』]に つづく

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全2件のコメント

  1. こたっちゃん(隔週金曜連載) 2016/03/25 20:13

    ゆきえさんへ

    さよならドビュッシー!あれは良い小説でした(* ̄∇ ̄*)

    おやすみラフマニノフにある曲が使われていない事にホッとしたのは、ここだけの秘密です( ̄ー ̄)

    置いてくれる本屋……ないかなぁ(゜ロ゜)

  2. ゆきえ 2016/03/23 22:23

    この小説、本屋さんで「さよならドビュッシー」の横あたりに置いたらいいんじゃないかなと思う。

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