【音楽小説】ベートーベンとミストレス  ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #10『朝ちゅん』

 

小説もくじ

前回からの続き。

裸の少女が、そこにいた。

 

#10、『朝ちゅん』

 

『幕間 彼のいない間に』

 

その日のアンサンブル(練習)は、先日の演奏会の曲を弾き合わせた。

みんなの最近の曲を振りたいという、ショーンの希望によるものだ。

ショーンは、私たちの団の代理の指揮者。彼は、私がドイツへ留学していた時代に知り合った友人で、敏腕の指揮者である。

さすが、ドイツでも有名な若手のホープだ。

練習にもかかわらず、快演だった。

本番よりも、安定感のある演奏だったかもしれない。

「わー! いつもより上手に弾けた気がする!」

「音、揃ってたね」

「うん、すごく上品な音が出てたと思う」

私も、彼の指揮を拍手で湛えた。

「素晴らしいわ。相変わらず、繊細な指揮ね」

「イエイエ、ミスひじり、美しいコンミスが皆を引っ張っているからデスよ」

「それを纏めているのはショーンよ、流石だわ」

テレル、ホメナイデ、と謙遜しつつも、ショーンはまんざらでもなさそうな表情だ。

「緊張しました。ワタシはみなさんをお預かりしている身デスから、下手な指揮はできまセン」

「正指揮者より上手なんじゃねーのー」

「だよだよー、もうショーンずっといてよー、カッコいいし」

団員からの心象も良い。

「心優しいみなサン、ありがとうございます」

団員に感謝を示しつつ、ショーンは「ひらめいた!」という表情になった。

「オッケーイ! さっきの演奏を聴いて決めました。きっと名案デス! 年末近く、日露友好音楽祭という音楽祭があります。それに、私たちの団でコンチェルト(ピアノ協奏曲)を演りまショウ!」

ショーンの提案に、どよめきの声があがる。

――――日露友好音楽祭。

それは、地方で行われるある音楽の祭典である。

テーマはロシアの音楽。世界各国から、ロシアと関わりの深い著名な音楽家たちが審査員として集まる。

団員たちがどよめく理由は、その大会の規模だ。

世界中から、プロの音楽団と音楽家が集められ、衛生放送を通じ、その模様は全世界へと中継される。
かなり大掛かりな大会だ。

とてもではないが、アマチュアの、学生のオーケストラが参加するような雰囲気ではない。

しかし、「心配ない」とショーンはおどけた。

「大丈夫デース! 私にはコネがあります! 大会の審査員長はパパの友人で、ばっちり出場できます。さらに、ロシアには私の弟、マクスウェルがいます! 弟のピアノでラフマニノフの協奏曲を演レバ、世界中の話題をかっさらうこと間違いなしです!」

ショーンは音楽一家の生まれだ。

父親は有名なヴァイオリニストで、ショーンの弟も世界的なコンクールで入賞経験を持つピアニストである。また、ショーンの弟はロシアに留学し、巨匠クラスの著名なロシア人ピアニストに師事している。ロシア音楽がテーマの音楽祭ならば、彼以上に心強い存在はいないだろう。

「マクスウェル様とラフマニノフ……」

「巨匠と知り合えるかも……!」

「世界に私の美しさを配信できる!」

はじめは大会の規模に及び腰だった団員たちも、徐々に頬の血色を良くしていく。ショーンのプレゼン力のたまものである。

『参加してみたいかも』

そんな風に皆が思い始めたころ、

「ぼ、ぼくはちょっと不安かな……」

話題に一石を投じたのは、フルートの吉田君だった。

「それだけ大きな大会なら、万が一失敗すると、影響も大きいよ。それに、大会まで二カ月しかない。練習スケジュールもタイトだし、大変だと思うんだ」

吉田君の言葉に、一瞬。団員の心も揺れる。

オーと、ショーンも吉田君の言葉を受け止める。

「マエストロ吉田。タシカニ……それはとても貴重で、ケンメイな意見デス……」

デスガ、と前おいて、

「冒険にリスクは付き物です。壁は高いかもしれませんが、乗り越えれば、必ず財産になります。なにより、私たちの団は確かな実力があります。成功は間違いありまセン。私たちの音楽が世界中に届けば、かならず大きな話題になり、みなサンの就職活動にもきっと、良い影響を与える事でショウ!」

と、ショーンは熱くスピーチ。

「就職!」

「就活に役立つ!」

「教授の靴を磨かないで済む!」

魔法のようなショーンの一声に、一斉に団員たちは色めき立つ。
就活に有利という、いかにも現実的かつ実用的なメリットは、卒業後の不安と常に戦っている団員の心を、ギュッとわしづかみにした。
楽団の、音楽祭への出場が決まった瞬間である。

『幕間、彼の話』

どうして、音楽家になりたいと思ったのだろう。

はじめて、ピアノに触れたいと思ったのはいつの事だろう。

指揮者になりたいと思ったのは果たして……。

そしていま、目指すところは……。

…………。

懐かしい音楽が聞こえる。

柔らかくひびく、バッハの旋律。

『あなたー』

ひょっこりと襖から顔を出し、
小声で妻は呼びかける。

『ちょっとちょっと……』

『どうしたんだ?』

『しずかに、こっちへ来て』

『?』

『びっくりするわよ、あの子がね……』

そこには、

先日一人立ちができたばかりの二人の子が、

おもちゃのピアノを演奏している姿があった。

『ね?』

『おどろいた……たくとがバッハを……』

音楽は、

いつでもそこにあった。

物心がつく前からである。

彼の母もまた、音楽を愛していた。

特に、バッハの音楽を。

おもちゃのピアノを前に、たくとが見よう見まねで弾いたのも、

バッハであった。

彼にとって、バッハは母の歌だった。

『おまえの子だな』

『わたしたちの、よ』

古い。

とっても古い記憶だ。

どうして、音楽家になろうと思ったのか。

いつから、ピアノを弾き始めたのか。

いつから、指揮者になりたいと思ったのか。

いつから……。

そのすべてが、

『なりたい』ではなく。

『ならなければ』、に変わったのは、いつだったのか。

忘れたいのに。

『私たちの分も、あなたは音楽を――――』

母の最期の声が、今も脳裏に焼き付いて離れない。

「――――」

パチリ、と。

目を覚ますと、目の前が真っ白だった。

比喩ではない。

文字通りの真っ白。

白い猫が、横たわる俺の顔に腹を寄せているのだ。

猫の呼吸に合わせ、猫の腹がすーすーと膨らみ、俺の鼻の下をくすぐる。

ふぁ、ふぁ、

ふぁくし! と、勢いよくクシャミをする。俺のクシャミに猫は驚き、飛び上がるように逃げていった。

薄暗い室内。

視界が白から灰色ベースの景色に変わる。

左に、コンクリの地面。
目の先に、テーブル、ギター、ランプ、扉。

壁掛けの時計を見ると、朝六時

ここは、BARブドウの樹だ。

「あら、お目覚め?」

「はい、まぁ――って、イックシ!」

また、くしゃみをする。
俺のクシャミに、BARのマスターは軽く微笑み、

「あなたね、昨日お酒ひとつ飲んで、キューって言ってぶっ倒れちゃったのよ。もー、びっくりしちゃった。ああ、私たち無理やり飲ませたんじゃないからね。あなたがウッカリしてのんだの」

言われて思い出す。

昨日、このバーでピアノの勝負をしたのだ。
その後、酒瓶を持った男が店に乱入し、揉み合いになった。

幸い、けが人はいなかったが、

騒動が終わった際、のどが渇いていた俺は、その変にあったお酒をジュースと間違って飲み干した。

そして、その一杯でぶっ倒れたわけだ。

俺は酒が弱い。

自慢じゃないが、めちゃくちゃ弱い。

ひとくち飲んだだけで、ドクターストップがかかるレベルの下戸である。。

そして昨日、俺は誤飲した一杯でダウンしたわけだ。

「記憶はある?」

ない。けれど、意識ははっきりしている。

「大丈夫です。そこまでは覚えています、ご迷惑をおかけしました。暖かい布団まで用意してもらって……」

「気にしないで、私が用意したんじゃないし。というか、それ布団じゃなくてカーテンなんだけどね。ただの黒い布よ」

言われてみれば、身を蓋する布は、布団と呼ぶにはあまりに心もとない生地だった。
ビロード生地の、厚手のカーテン。
それでも、ただのコンクリで寝るよりは上等の寝心地だ。感謝しなければならない。
しわになるからシャツも脱がせてくれたのか。それにしたって背中側がだいぶあたたかぃ……アレ。

その得体の知れない感触に、俺は半身を起こし、それまで自分が眠っていた場所の

 

隣を見ると、

裸で眠りこける少女が、そこにいた。

 

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