音楽小説 『ベートーベンとミストレス』  ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #15『彼への質問状 1/2』

音楽小説 『ベートーベンとミストレス』

小説もくじ

前回からの続き。

 

#14『彼への質問状 1/2』

 「何かを得るためには、何かを失わなければならない」

 

こいつ(紫音)は、ただのコピー女ではない。

この女はまだ、恐ろしいほどの可能性を隠している。

そう思った、三曲目の曲が流れ始めた時、

彼女は呟いた。

「……これは弾けない」

「?」

モーツァルト、リストを完璧にコピーし、

盲目の少女が手を止めたそれは、ベートーヴェンのソナタだ。

演奏はバックハウス。

ベートーベン弾きで有名な、ドイツのピアニスト。

据え置きのラジオから流れる音質は悪い、録音が古いせいだろう。

「弾けない? 悲愴が?」

「そう、これは無理」

驚いた。『悲愴』は直前に弾いた、『ロ長調ソナタ』や昨晩のショパンに比べれば、遥かに難易度が低い。

弾けない理由を尋ねるも、分からない』の返事。

「そうそう。たまにあるのよねー、紫音ちゃんが弾けない演奏。私も何が基準かはさっぱり分からないけど……」

マスターが言うには、稀にあるらしい。特に古い録音に多いと言っていた。

つまり、バックハウスがまだ生きていれば、彼女に勝てるわけだ。

いや、そう決めつけるのは早計か。録音時のノイズが、拾音の邪魔をしているのかもしれない。

試しに俺が『悲愴』を弾くと、紫音は見事に俺の演奏をコピーして見せた。

(『悲愴』が特別という訳ではないのか……)

バックハウスが特殊なのだろうか。

そういえば、ロ長調ソナタは十分を超える。十分以内の曲でないとコピーできないという線もこれで消えた。

分かっていること。

この盲目のピアニストはどんな曲でもコピーできる。

けれど、コピーできない演奏がある。

それだけだ。

こうなると、何が弾けるかより、何が弾けないかが気になってくる。

ううむ……。

「今度は、何か好きに弾いてくれないか?」

方向を変えて、俺は注文をいれてみた。

「?」

しかし、盲目の少女は首を傾げた。

「好きに弾く?」

「ああ、コピーじゃなくて、お前の音楽を聞いてみたい」

「なにを弾くの?」

「なんでもいい、好きな曲を」

「好きな曲……」

たっぷり十秒ほど考えて、

「ない」

と、高らかに宣言。

「じゃあ、得意な曲」

「得意って何?」

「勝負曲だな。大事な場面、コンクールで選ぶ曲」

「ない」

「ないって……ピアノ弾きなら、得意なレパートリーの一つぐらいあるだろ? 思い出とかだな……」

「おもいでって何?」

「思い出ってのはだな、学校とか、人生の節目節目で感動した出来事とか経験だな……」

「経験……思い出……」

また、十秒ほど紫音は考えて。

「……ない」

相変わらずの無機質な声だった。

「ないって、どんな生活してきたんだよ」

あきれてる俺に紫音は、

「おきる、たべる、弾く、ねる」

飽きれるほどに簡潔な答えを返した。

「他には?」

「ない、それだけ」

「…………」

なんだよ、それ。

そんな人間がいるのだろうか。

「本当よ。私が知る限り、その子が女の子らしいことしてること、一度たりとも見たことないわ」

これまでの話を聞く限り、最も紫音に近しい人物はこのBarのマスターだ。

彼(彼女?)が言うからにはそうなのだろう。

「今の話、ひいた?」

マスターの言葉に、首を横に振る。

「むしろ、納得しました」

「あら?」

少し、予測はしていた。予期していた事だった。

「何かを得るためには、何かを失わなければならない」

「真理ね」

#[彼への質問状 2/2]に つづく

#[彼女への質問状]←いっこまえ

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こたっちゃん(隔週金曜連載)
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