音楽小説 『ベートーベンとミストレス』  ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #16『彼への質問状 2/2』

音楽小説 『ベートーベンとミストレス』

小説もくじ

前回からの続き。

人生は選択の連続だ。

#16『彼への質問状 2/2』

 

そう、
人生は選択の連続だ。

何かを選ぶということは、他の何かを失うということである。

盲目のピアニスト、紫音。

紫がかった黒髪の、

黒い一枚布の少女は

携行ゼリーが主な食事である。

なんでもコピーできる演奏力。その能力を持つ代わりに、彼女は何も持っていない。

視力も。

感情も。

コミュニケーション能力も。

思い出も。

人間らしさも。

すべて何も持っていない。

だから、全てを持っている。

人間離れした能力。それを身につけるためにはまず人間をやめなければならない。

信じられるだろうか。

食事もまともに取れない、着衣もまともに着ない、会話もままならない人間がいる。

この現代にである。

しかし彼女は、

音楽の神に愛されたかのような能力を有していた。

「何かを得れば、何かを失う。けどそれは、あなただって一緒でしょう?」

「?」

「そう、例えば、耳のソレ」

言って、マスターは俺の耳を指さした。

先日買った、補聴器だ。

サイドの耳で隠れてはいるが、少し注意深く観察されれば、見つかるのは容易だろう。

「ほちょーき?」紫音が頭の上に疑問符を浮かべる。

「耳が悪い人がつけるのよ。触ってごらんなさい」

ゆらり、と。一枚布の少女が近寄って来、俺の片耳に触れる。

「硬い……」

「そう。あなたは目が見えないけど、彼は耳が聞こえないの」

「? でも、話ができる」

「機械があるから話せるの」

その通り。補聴器がなければ生活が出来ないほどに俺の聴力は落ちている。

「そう。補聴器……」

不思議そうに紫音はしばらく俺の耳をペタペタと触る。

「車の事故に遭った」

「あらま。それで聴力が?」

「そう」

「いつ?」

「先月」

「音楽は続けられるの?」

マスターの言葉に、俺はおどけた。

「ベートーベンも難聴だったんです。なんとかなるでしょう」

「怖くはならないの?」

「怖くはないですね」

「これまでの自分との変化に戸惑ったりは?」

「まぁ、そりゃ影響はあるでしょうが……失ったものを嘆くより、ポジティブに考えるほうがいいでしょう。気にしていられません」

俺の言葉に、マスターは、

「そう、強いのね」と関心したようだった。

「指揮者なんてのは、ある程度図太くないとやっていけませんから」

「確かに。面の皮は少し厚そう」

どうして悪いニュアンスをくみ取るのか。まぁ、指揮者も演技者の一つだ。そういう意味では、マスターの指摘は的確である。

その時だ。

「そうだ」

良いことを思いついた、という風にマスターは言った。

「あなた、紫音ちゃんと組んでみない?」

それは突飛な提案だった。

「はい?」

「?」

当然ながら、疑問符が二人分。
俺がこいつと組む? いったい何の冗談だろう。

「面白いじゃない。盲目のピアニストと耳が聞こえない指揮者なんて、いいコンビになりそう」

「ごめんです」
「いらない」

二人分の拒絶。即答である。
「あらま。どうして?」

いい考えだと思ったのに、とマスター。

「こいつの技術は認めますけど、出来ればかかわりたくない。変ですから」

「めんどくさい」

「……飽きれた二人ね。息ピッタリじゃない。まぁ、目と耳が云々ってのはあやまるから、忘れて」

「そうじゃなくて」、とマスターは前おいて、

「そうじゃなくて、紫音ちゃん。あなたにはあなたの目標があるでしょ?」

「…………」

「目標?」

「その子、人間になりたいんだって」

「人間って……」

俺は、傍らで足をパタパタとさせる少女を見た。

長い髪。血色のいい頬。

呼吸と共に上下する胸板。

いや、どうみても人間だと思うが。
人間離れした技術は持っている。いや、浮世離れした感じもある。
紫音は人間なのか、否か。
何をもって人間とするのか。
人間とはなんだ。
うーん。いい哲学のテーマではある。

「私は、人間らしさが足りない……」

それは、うん。その通りだが。

障害を抜きにして考えても、三食ウィダーに裸族はいかがなものか。

「ふつうの人になる。そのためには、お金が必要」

金意外にも必要なものが多々ありそうな気がしないでもないが。まぁ、言わんとすることは分かる。

お金。

確かに、何をするにも、先立つものは金だ。

なるほど。それでBARであんな賭け事をやってるのか。

「お金を貯めて、自由になる。自由になって……」

――――そして紫音はこのとき、

「あかちゃんを育てたい」

初めて人間らしい言葉を話した――――。

「けど紫音ちゃん。いつまでもうちで小遣い稼ぎするって訳にもいかないでしょ?」

「そうなの?」

「そうよ。賭け事ってそもそも、違法なの」

そんな、今更なことをマスターは言う。

「だから、そのお兄さんに助けて貰いなさい。この人、きっとお金に苦労したことない人間よ。いい大学に通ってるもの」

「お金持ち……!」

「いや、うーん。なんと言っていいか」

「なんなら既成事実として子ども作っちゃいなさい」

「既成事実……」

「こ、怖いこと言うな! 勘弁して下さい……」

「まぁ、紫音ちゃんを傷物にしたら、刺すけどね。冗談は置いておいて(まったく冗談に聞こえないが……)あなたも、一人の音楽家として、紫音ちゃんを傍に置いておくのは何かと便利なんじゃない? この娘、なんでも弾けるわよ?」

「わたし、弾ける。この人より、弾ける」

前半は認めるが、後半は余計だ。

「あなた、目標はないの?」

「ありますよ、一応」

「どんな?」

「学校です。無償で通える音楽の学校を作る」

「あら、立派じゃない。じゃあ、あなたにも音楽家として何か野望があるのなら、この娘の才能を使いこなすぐらいはしなくちゃいけないんじゃない?」

「それは、そうかも知れませんが……。けど、いくら俺でも、ほとんど初対面の人間と、どう仕事をすればいいかなんて分かりません」

――――この言葉がまずかったのかもしれない。

マスターは、俺の言葉を待ってましたとばかりに、パァっと表情を明るくした。

「それなら丁度いいわ。今日、紫音ちゃんとお出かけして、それで決めればいいわ」

「え? お出かけ?」

「実は困ってたのよ。これからもっと寒くなるじゃない? 冬に向けて、お店の暖房を買ったり、新しい家具を見に行ったりしたいんだけど、お店に紫音ちゃん一人で出かけるのは忍びなくて、彼女を見ててくれる人を探してたのよ」

やられた! これが目的か!

よかったーと、胸の前で両手を合わせて喜ぶマスターを見て、嵌められたと気付いたが、時すでに遅し。紫音も、

「私は別に一人でも大丈夫――」と抗議しかけるが、

「この前紫音ちゃんが冷蔵庫の扉開けっ放しにして食材全部ダメにしたこと、覚えてるからね」

と見事に言論を封殺される。よっぽど後始末が大変だったのだろう。

「まぁ、夕方までで良いから、ちょっとお出かけして、服でもその男に買って貰いなさいよ」

「え? 俺が買う?」

「そうよ。だってあなた。紫音ちゃんにピアノ、弾かせたでしょ?」

なんの事だ? と思っていると、紫音は俺の袖をクイクイ引いて、

「きゅうまんえん」

と、恐ろしい単語を言い放った。

9万円!

なんでそんなことに。

「起きてから、三曲弾いた。あわせて、きゅうまんえん」

はい、っと天に向けた左の手のひらを差し出して、『きゅうまんえん』

「紫音ちゃん、タダじゃ弾かないからね。昨日もそうだったでしょう?」

『一曲三万円』

なるほど、こいつはそういうシステムだったのか。

というか、三曲目のベートーベンは弾けなかったはずだ。

指摘してやると、

「じゃあ、ろくまんえん」

値下がりした。しょぼんとしているが、十分高額だ。

うぐぐ、と俺が言い淀んでいると、

「良かったわね、紫音ちゃん。今日裸の紫音ちゃんに優しく解放された、優しい優しいお兄さんが、6まんえん分、なんでも買ってあげるって」

なんか脅迫混じってたぞおい。

「? わーい」無表情で声だけ喜ぶ紫音。

なんか、疑問符浮かんでなかったか?

なんにせよ、拒否権はないらしい。昨日、間違えて酒を飲んでしまったのが運の尽きだったのか。

かくして俺は、退路を断たれ、反論する自由を取り上げられ、半ば強制される形で、紫音と同じ一日を過ごすことになった。

そして俺は、この盲目のピアニストに文字通り一日中振り回されることになる。

 

#[修羅場???]に つづく……。

 

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