限界ってなんだろうかとダメ社会人が考えてみる

こんばんは。日曜日の夜ってどうも眠れないので、つらつらとブログを書いて、現実逃避しております。

今回は「限界」というテーマでブログを書かせていただきます。

限界だと感じた。だから辞めた。

私が小学生だった頃のお話です。

小学4年生から部活動が始まり、私は野球部に入部しました。野球が好きだったものの、才能はなく、守備や送球で度々エラーを繰り返していました。

そんな状態だったので、顧問や先輩から野次られることも多く、軽いいじめのようなこともありました。無駄にプライドの高かった当時の自分には、けっこう堪えました。好きだったから入部したはずなのに、学校にいくことすら憂鬱になってしまい、毎日雨が降ることを望んでいました笑。

それでもそんな無駄なプライドが部活を途中で辞めることを良しとせず、毎日練習に出続け、キツイなかでも、なんとか3年間続けようと思っていましたし、実際続けられる気がしていました。

しかし4年生の2月に祖父が亡くなったことを機に、自分が崩れていきます。亡くなった知らせを聞いた時、何故か涙が止まりませんでした。おじいちゃんっ子でもなく、年に何回かしか会わなかったのですが、不思議と泣きました。

この時に、涙腺が緩くなったのか、野球部でも悔しいとき、辛いとき、自然と涙が出てくるようになりました。当然周りからもからかわれますし、自己嫌悪にも陥りました。日常生活にも支障が出て、物にあたったり、親にあたったり、癇癪を起こすことが度々ありました。それでも何とか学校のある日はサボらずに部活に出ていました。でも正直なところ、限界を感じていました。

迎えた春休み。ついに私は部活を逃げ出します。学校に行かなくていいので、逃げ出しやすかったのです。友達に長期的に休むと伝え、祖母の家に行っていました。田舎だったので自然に触れ、祖父の供養のために般若心経を覚え、平穏な毎日でした。

でもそんな毎日もやがて終わりを告げます。新学期が始まり、学校が始まると、なんだかんだ部活に行きました。多少なりとも回復したから大丈夫だと信じて。でも現実は甘くないですね。全員集められた場で「おう〇〇えらく久しぶりだな。春休みどうした?楽しかったか?」と敵意のこもった嫌味を顧問から言われました。心がぎゅっと締め付けられ、逃げ出す前より部活がキツくなることを直感しました。

その翌日だったか、翌々日だったかの休日練習のとき、泣きながら辞める旨を顧問に伝え、私は野球部を辞めました。その日の朝に練習に行きたくない憂鬱さから、癇癪を起こして、部屋の中の物を手当たり次第にめちゃめちゃにしました。少し落ち着いて部屋の惨状を見たとき、私はもう限界だと感じたのを覚えています。

99%の安堵と1%の後悔

辞めてから、私の生活は平穏を取り戻しました。多少嫌なことはあれど、学校に通うのは苦でなかったですし、当たりちらすこともなくなりました。「部活を辞めて正解だった」本心でそう思いました。

でもふとした時に思うのです。あの時の自分は本当に限界だったのか、と。また野球の練習をしている同級生を見ると、何故自分はあの中にいないのだろうと、寂しい気持ちになりました。

ドロップアウトした悔しさや弱さは、中学、高校まで引きずりましたが、中学で恋をし、相手を追いかけて生徒会役員を務めたこと、高校で弓道部に入部し、県大会まで出場できたことなど、自己を肯定出来る要素も増えたので、それほど気にはならなくなりました。ただ心の奥底にチクチクとしたトゲは残っており、ふとした時に自尊心を傷つけていました。

そして社会人になって

そんなこんなで大学を経て、無事に社会人になりました。目指した職業ではなかったですが、頑張ろうという気持ちでいっぱいでした。サビ残だろうが、泥臭い仕事だろうが全く苦になりませんでした。

…が絶望的に上司と合わなかった。ミスに対し、かなりチクチクやられ、人格否定に近いことを日々言われました。社会人ってこんなもんだよなと思いながら、仕事をこなしてましたが、もうすぐ1年になるあたりで、心を折られかけました。

サビ残もして23時くらいまで雑務をこなしていたのに、全てを否定され、定時に帰るように指示され、毎日嫌味の嵐。周りが繁忙期を迎え残業を重ねているなか、定時に帰らせられる悔しさと来年もエリアを与える気はないという戦力外通告による先行き不安。

周りには認めてくれる人も多かったものの、流石に繁忙期には周りに気をかける余裕もなく、相談も出来ない状況。

毎日、頭痛と吐き気との戦いで、ついには涙が出てくるようになりました。

男なのに。社会人なのに。でも止められなかった。あの時と同じ症状だと感じました。でもここで逃げたらあの時の自分から何も変わっていない、限界はここじゃないって自分に言い聞かせました。

生命線は、会社に行くこと。それだけやろうと心に決めました。意識に反して身体が全く動かなくなったら、それが限界だと設定しました。色々辛いことが続きましたが、取り敢えず電車に乗って会社で打刻することだけを意識し、何とか毎日を乗り越えました。限界までは、まだまだだと信じて。

結局、その上司は翌年度初めに異動し、私は無事に4月から担当エリアを持たせてもらうことが出来ました。今はゆるゆると仕事をしながらも、そこそこの実績はあげています。

上司が異動にならなかったら…というのは敢えて考えないようにしています。実績や成果を積み重ねて、自分を守る盾を作って、再戦に備えています。

限界って何だろうか

さて長々と自分語りを失礼致しました。もっと大変な目にあってる、お前は甘いと思われた方もいるかと思います。

でも限界って人それぞれなのではないでしょうか。自分が限界だと線を引いたところが、その人の限界なんじゃないかなと思います。(過労、病気などは除いてください)

 

少し話は変わりますが、あだち充さんの野球漫画「H2」では限界についてこう語られています。

“大丈夫よ。”

“ほとんどの人は手前に線を引いてるんだから。”

“本当の自分の限界よりも…”

“その一歩先の自分の可能性に気づかないままーーね”

(32巻171ページより引用)

 

辛い時にあまりこういったことを考える余裕はないかもしれませんが、少しでも先に限界のラインを引けるようになると、光明が見えてくるかもしれません。

不安のスパイラルに押しつぶされそうな時は、あえて自分の限界を、一歩先に引く作業をしてみてはいかがでしょうか。

さて、途中から何を書きたいのかがわからなくなってしまいましたが、とりあえず今週も頑張っていきましょう。

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コメント一覧

全2件
  1. schedule2016.06.09

    ノリチカ

    海さん
    コメントありがとうございます^ ^
    弱音を吐く勇気って確かに大事だと思います。男だから、甘えだと思われるから、なかなか親しい人にも弱音って吐けないんですよね。特に日本社会って、弱音を吐いても認めてもらえないことが多く、だからこそ、おかしな宗教に救いを求めるような人も多いんだと思います。
    そんな社会だからこそ、ココトモのような存在って重要だと感じます。

  2. schedule2016.06.07

    初めまして!
    日本人は、頑張り過ぎてしまうので限界に気付かない人が居るのかもしれません。
    男性だと、特に男が弱音を吐くのは情けないと思い我慢してしまうのである意味女性より大変かもしれない。
    俺は、男だ女だと関係無く弱音を吐く勇気があればなと思いました。

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