自分がそれでいいのか?を基準に。

こんにちは、オハナです。

私は昔から、親に『〜であるべき。〜は正しい。〜は間違ってる。』と教えられることが多かったんだと自覚するようになりました。

仕事でもプライベートでも

『〜と考えることが良い』

『〜と考えてはいけない』

『〜するべきだから、〜は間違ってる』

なんかそういう、完璧主義のようながんじがらめな感じに近い感覚を常に持っているような気がしてます。

そんな時に、指摘を受けたんです。

『良いか悪いかじゃなくて、自分がそう思いたいなら、自分がそれで楽なら、自分が幸せなら、正しいとか正しくないとか、どうでも良いんじゃないの?』

複数人に、色々な状況で指摘されたんだけど、ちょこちょこ私多いなぁと思いまして…。

正しいと間違ってる、だけの基準は、0か100の世界。

自分が良ければ良い、の基準は、数値化されずに自分の中に感覚としてある基準。

根本的に違うもの。

完璧主義とか頑固とか、周りを伺う性格だと、正しければ周りに反対されないんじゃないか?とか、100の答えでないといけない、みたいな昔ながらの親のしつけに基づいた感情が見え隠れする気がしてならない。

親のせいにするのも良くないね(笑)

まぁ元々生まれ持った自分の性格だったとしても、こんな柔軟性のない自分は治していかないと、自分がまず辛くなるなぁと思いました。

0か100の選択や行動を自分にいつも課してるのは辛いし、自分がよりよくあるって基準をなくせば、自分を大事に出来なくなってしまう。

でも、この克服には、周りに何か言われても『自分が良いと思ってるんだから良いじゃないか』と思える、自信が必要である気がする。

『〜は分かっているけど、〜だと思う。』人にこんな風に話すことがあるのも、『私は言われていること分かってる』って相手に伝えたい、という思いがあるから。

そうしないと、『自分が言ったこと分かってないな、こいつ』と思われるから。

でもね、本当に自信がない人間なら、こんな伏線張らないんじゃないか?って。

自信のなさは、こうして、言動にも言葉にも、心にも出る。

病気にだって、場合によってはつながる。

でもね、でも、自分らしく生きるためにはやっぱり、『自分基準』は常に持ってて、照らし合わせて行くことが大事なんだと思った。

それは、何より誰より、『自分を大切にする』為なんだと思う。

自分を大切にすることで、人も大切に出来る人間は、素敵だなぁと思う。

『自分基準』意識し始めようかと思ってます。まだまだ道のりは長そうですがね(笑)

0
ココトモ「交換日記」を書いて繋がろう♪

今日の出来事、気持ち、頑張ったことをみんなでシェアする『交換日記』ができました。 自分の日記を書いたり、他の人の日記にコメント&フォローしたりすることで交流を深めることができます♪

交換日記はこちら

コメント一覧

まだコメントがありません。

コメントを投稿する

コメントを投稿するにはログインしてください。

keyboard_arrow_up