『セクマイ』という言葉~差別と個性~

 

『セクマイ』は「セクシャルマイノリティ(性的少数派)」の略で、ニュースなどでもよく取り上げられるようになり、最近になって浸透や理解が増えてきたと感じます。

ですが、ご存知でしょうか?

『セクマイ』という言葉自体が、差別的な言葉であるということを。

『セクマイ』はどうして差別用語なの?

 

近年、海外での同性婚やパートナーとして認められる条例や法律の影響を受けてか、それとも色んな『セクマイ』団体が声をあげていったのがようやく認められたのか、ディズニーランドで結婚式をあげたり、渋谷の方では異性婚と同じように「パートナー」として『セクマイ』の同性婚が認められるようになりました。

そのことで、『セクマイ』の理解が進んだ!『セクマイ』の人が生きやすい世の中になった!なんて感じる人も多いと思いますし、当事者も理解者も、『セクマイ』という認識が広がってきたと錯覚しているように感じてなりません。

もちろん、『セクマイ』当事者が自分自身で『セクマイ』だと名乗り、それを誇りに思っているのなら、いいのです。

私自身も『セクマイ』だと公表していますし、自ら名乗っています。

ですが、そこに込められた意味は、皮肉的な部分もあります。

 

『セクシャルマイノリティ』というように、つまりは、『マイノリティ』=少数派を意味しています。

つまりは、世間全体で見た場合、異性愛者を『マジョリティ(多数派)』とすると、『セクマイ』である、レズビアン(女性の同性愛者)、ゲイ(男性の同性愛者)、バイセクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(持って生まれた体と心の性別が違う方)などを少数派として分類しているということになります。

『マジョリティ』と『マイノリティ』、確かに分類すれば分かりやすいかもしれません。ですが、それぞれの個性として認めるのではなく、ただ単に分かりやすく少数派だと分類された言葉に過ぎないのです。

誰だって、個性を個性として認めて欲しいですよね?

自分を自分として認めて欲しいですよね?

ただ単に性意識が違っただけ、その人の個性なんです。

感じ方は人ぞれぞれ、だけど、『マイノリティ』として、少数派として、個性を認めてもらえなかったと当事者が感じていたとしたら?

今でも『セクマイ』という言葉を使わない、公表しない人だっています。それは、なぜか?

「差別」や「区別」されるからです。

「個性」を「個性」として認めて欲しい、それは『セクマイ』に限ったことではないと思います。

例えば、「あの人は発達障害だから仕方がない」「なんかあの人、浮いているよね」、そんな風に言われたとしたら、嫌な気持ちになりませんか?

確かに、理解はされやすいかもしれない。接し方も気を使わなければいけないかもしれない。そんな風に思いやりを持ってくれるなら、良いのです。

感じ方は人それぞれ。当事者がどう感じるか、理解者が本当の理解や思いやりで接しているのか?そこが重要なのだと思います。

別に誰だって、障害や他の人と違う性意識をもって生まれたかったわけじゃない。

好きで、『マイノリティ』になったわけではないのです

だからこそ、私は『セクマイ』という言葉を使うけれど、使うたびに差別の歴史を感じてしまうのです。

「個性」ってなんだろう?その人らしさってなんだろう?って考えて欲しいな、と思うのです。

葉音がこんなに強く主張した理由

私のブログを見てくださっている方はお気づきかと思いますが、私は普段あまり強い口調を使いません。

言葉というものは時に棘になります。

だからこそ、一字一句考えて文章を書きますし、自分自身が言われたら嫌なことはしたくありません。

ですが、私も人間です。

ある知人が、こう零していたのを思い出します。

「マイノリティになりたくなかった」

その方の細かい背景までわかりませんが、色々な差別や居づらさを感じてきたのでしょう。

その言葉を聞いて、今まで自分が心に秘めていた想いが爆発したのを感じました。

私も傷つくこともあります。

その人自身の他の人と違う部分を個性として認めると、言っていた人は何人も出会ってきました。

ですが、それは決して『セクマイ』の理解ではありません。

じゃあ、私の気持ちを受け取れるの?何がわかるの?と心が叫んだこともあります。

別に私からの好意を受け止めてほしいということではありません。

ですが、分かっているフリをして、分かっていない、個性を愛すると、個性を認めると、言っていた人に何度も裏切られてきた私。

傷ついたセリフ。

その傷は恐らく一生消えないでしょう。

 

『セクマイ』だからと言って、同性愛者だって、誰でも良いわけではありません。

異性愛者の方だってそうでしょう?異性なら誰でも恋愛対象になるわけではありません。

それと同じです。ただ、対象が少し違うだけ。じゃあ、「バイセクシャル(両性愛者)」は全員が恋愛対象になるんでしょうか?

中には誰でも良いという方もいるかもしれません。でも、それはその人の個性や考え方、価値観の違いでしかありません。

 

みんな違って、みんな良い。

それが「個性」なら、個性を全て受け止めるということは不可能なことかもしれません。

理解できないことは理解できないで良い。それは、考え方が合わなかっただけですから。

でも、分かろうともせずに、分かっているフリをされるのは、一番嫌だし、もうこれ以上、傷つく人を見たくありません。

 

貴方はいつまで、どこまで、分かろうとしていますか?いつまで、理解しているフリを続けているのですか?

私は、知らない世界をもっと「知りたい」です。

そして、私は『セクマイ』で悩んだ時期がありますが、だからこそ、分かる思いがありますし、糧になっていると思います。

私は、『セクマイ』で良かった、と今、心から言えます。

そのお陰で、誰かの個性を知ろうと思えたから、きっかけをくれたから。

 

だから、貴方に私は言いたい。

「独りじゃないよ」「悩まなくて良いよ」って。

 

貴方が前を向いて進んでいく日まで、私はずっと、そばにいます。

見守っていたいです。

だから、独りでもう悩まなくて良いんですよ。私は自分にも言い聞かせて、これからも自分ができることをしていきたいな、と思っています。

 

読んでくださった皆様に感謝しています。

 

以上、ライター・エディターチームの葉音でした!

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全2件のコメント

  1. ゲスの極み乙女 2016/07/06 23:00

    ゲスです

    なるほどなるほど。。。
    葉音さんの力強い言葉についつい指がコメント欄に移動していました。。

    誰でも好きでなっているわけではない。 差別される為に居るわけではないし、後ろ向きになる為に、生きているわけではない

    そんなメッセージが力強く、ひしひしと、虎視眈眈と、伝わってきました。

    僕も、発達障害だとわかって、後ろ向きに生きてはいけないんだと、思いました。

    1人1人違って当たり前だし、溝があるのは当たり前。
    僕は、発達障害だから、何もできないだろう
    そう言われるのが大嫌いです。
    確かにスタートラインは人とは大きく違う。
    でも、乗り越えられるところは、乗り越えられる。

    発達障害に生まれなければ良かった。そう思うことは、ありません。
    苦労は人よりも想像を絶することだらけですが、1人の感情を持つ人間として、自分らしく、生きたいと思う日々です。
    素晴らしいブログありがとうございました。

    葉音さん、大好き!

  2. ぬい 2016/07/06 13:44

    私は少数派だ
    そう名乗ることに私も違和感あるなと感じていました
    少数派というのはあくまで状況的なことなので
    それが多数派になる可能性も充分あるはずで(過去にそういう時代もあったわけで)
    そういうふうに名称を作ってしまうのはやっぱり変だと思います

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