寂しさは個性で才能だ!寂しさと付き合うヒントの話

はじめに

はじめまして。先月からココトモメンバーに参加してます、なおと申します。

自己紹介がてらにブログを書きたかったのですが、操作になかなか慣れず(笑)満を持して今日やっとの投稿ということになりました。詳しい自己紹介はプロフィールを読んで頂けたら嬉しいです。

さて……記念すべき初投稿に何を書くか迷いましたが、テーマは「寂しんぼう」にしました。
と言うのも私自身がものすごく寂しんぼうで、毎日?いやいつでも?と言っていいほどこの胸の中に巣食うジリジリとした、あるいは広い砂漠に水をポタポタと垂らすような己の中の寂しさを感じているからなのです。

そして更に厄介なことに、私は傍から寂しんぼうには見えないらしいのです。一人でも平気、自立している、我が道を行っているように見えるらしい。本当は迷いまくり悩みまくりのエブリディなのにね。でもよく考えたら私自身も他人を勝手に「あの人は強そう」「あの人はいつも楽しそう」とか上辺だけで思っていることがあるから、その程度の軽薄な印象なのかもしれませんが。

なぜ、寂しんぼうなのにそれが外に出ていないのか

出ていないと思っているだけで本当はとっくに悟られているかもしれませんし、親しい人にはもちろんバレていますが……なぜパッと見に寂しさが表れていないのかというと、

寂しさを悟られないように必死にそう振る舞ってきたから

です。

もちろん、もともと一人で行動するのが苦じゃないという性格はあるかもしれません。でもその性格すら、親が自分にあまり手を掛けなかったからおのずと一人で何かをする習慣がついたからではないかということも考えられます。

けれど私の場合は成長するにつれ、他人にうまいこと甘えたり関わったりしている人を見て羨ましさを感じるようになりました。そして羨ましさを感じた時にどうしたかというと私はあの人たちとは違って一人でも寂しくないから大丈夫だもんという姿勢を強化し、他人と自分を隔てることによって自分を守ったのですね。新世紀エヴァンゲリオンで言うところのA.T.フィールドです。自分を守る姿勢をとったということは、中に守りたい脆弱な自分が居たということ。寂しさを感じている自分を守るために、寂しさを感じていない風の自分の装甲を作り上げたということなんですね。本当にいじらしい努力であります。

極論かもしれませんが、母親のお腹の中で生まれ育った私達は、へその緒(つまり内臓レベルでの他者との繋がり)を切られた瞬間から頼るべき絶対的なものが失われたという寂しさを抱き続けて、無意識でもその繋がりを再度得たいと思いながら生きているのかもしれません。それが「孤独」と言う名の心の穴なのかも。ここら辺の話は、二村ヒトシさんの著作「なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか」に詳しく書かれていますので興味がある方にオススメしたいです。

聖書のお話から拾い上げて例えて見ると、神様の言いつけを破って禁断の実をかじり楽園を追放された時、つまり神様の絶対的な庇護下から分離させられた時から、人間はいつでも原罪という名の心の穴=寂しさを抱え続けてきたということになるのかな、と思っています。その原罪をあがなってくれる救い主が誰なのか、いつ来るのかという点において各宗教に違いがあるのですが、ここら辺はあまり詳しくないのでまたの機会に……。私は特定の宗派に属していないので、ただ聖書のお話を肉体的な母子分離に引き寄せて考えてみた、というだけのお話です。

生き物は「お母さんの代わり」を求めている?

私は過去に一年間だけ、大学の心理学部に所属していました。そこでの授業で、今でも強く印象に残っている昔の心理学の実験の話があります。細部があいまいかもしれませんがご容赦ください。

生後まもない状態で母ザルから引き離した子ザルが被験体です。実験者は、「針金で母ザルの形を模し、ミルクの出る哺乳瓶を備え付けた模型」と「毛布で母ザルの形を模した模型(ミルク無し)」を子ザルの前に用意しました。すると、ミルクを飲まなければ命が危ないにもかかわらず、子ザルは毛布製の母親に寄り添っている時間の方が圧倒的に長かったという結果が得られた、というお話です。

人間の愛着に関する実験で、つまり子どもが母親に対して求めるのは生命維持のための物質的な供給だけではなかったのだ、ということを裏付けるものでした。

もちろんこの実験結果がすべての哺乳類ましてやすべての人間に適用されるなどということではありません。が、当てはまるところがあるとするなら……私達はただ生きているだけでは満たされない、身体的、精神的なあたたかさを求めて生きている、ということになるのかな……と言えるでしょう。

やりきれない寂しさをやわらげるために

なんだか理屈をゴネゴネと述べましたが、じゃー話はいいから実際今この胸に巣食う寂しさをどーしてくれんねん!!即効性の対処が知りたいねん!!ということになりますよね。

即効性の対処、それがあるなら私も知りたいですからぜひ教えてください。マジで。笑

で、100%誰にでも通じるとは言えませんが、私が今まで試した中でのオススメをいくつかご提案します。

1. 恥や見栄を捨てて、親しい人に「寂しいよ~~~~!!!!」と正直にぶっちゃける

周りにいなければ、ココトモメンバーやカウンセラーとか電話相談員でも良いと思います。でも、寂しさにかこつけて肉体や金銭その他を搾取しようとする不埒な輩には気を付けてくださいね。

2. ぬいぐるみ、クッション、抱き枕、お布団などのデカくて柔らかいふかふかしたものに身体をうずめる

これは癒し効果抜群なのでぜひ試してみてください。先述の基礎実験は本当だったのか……と私は体感しました。私はデカいクッションをよく利用しています。抱いて良し、枕にして良し、座って良しの頼れるすぐれものです。人によっては子ども向け遊技場にあるボールプールとか、通常のプールとかも効きそうですね。とにかく何かに抱かれているという感覚が安心感をもたらすのかなと思います。

3. あったかいものを飲む

ホットミルクにチョコやマシュマロでも入れたり、ハーブティーでも淹れたりして飲みましょう。成人ならホットワインという手もアリ。カップスープおじやもイケます。個人的な感覚ですが寂しさは胸や腹などの胴体に強く訴えかける感触があるため、あくまで温かいもので身体を和ませて安心させてあげるというところが肝なのです。

4. 寂しいところに手を当てる

私は小さい頃、学校に行きたくなくなるとお腹が痛くなる子どもでした。今でも不安を感じると腹や胸に不穏な感じが漂います。そんな時は、文字通り「手当て」してあげる……違和感のある部分にただ手を当てて、手の体温でそこを温めたり、やさしく(あくまでやさしく)撫でさすったりしてあげる。そうすると不思議なことに緊張がやわらいでくるのです。焦らずゆっくりやってみてくださいね。とにかく、あっためることの効果は心身ともに絶大だと思います。演奏会の本番前に超緊張している時なども、お気に入りの手袋やカイロやあったかい飲み物などでよく手や体の機嫌をとっていました。

そう……上記の手段すべてに言えることですが、「自分の中に住んでいる寂しんぼうさんの機嫌を取ってあげる」という気持ちで、あくまで自分をいたわる気持ちで、やってあげることが大切かなぁと思います。自分をいたわるためには、自分が今どんな気持ちでいるのかを自認する必要があります。だから、「寂しさはいらないもの、幼稚なものだから消してやる、消すためにこれらの手段を使ってやる!!」と責めるのではなくて、「しょーがないよねー、寂しいよねー、よーしよしよしよし、お兄さん(orお姉さん)が付き合ってやるよ~……」という生あったかい目で見てあげるのはどうでしょうかね。

寂しいのは誰だって同じ?……かもしれない、から

寂しさの形や感じ方、そして表現方法(それは人に話すことであったり、芸術作品に転化したり、嗜癖として現れたりします)は本当に千差万別です。極論そのまま、寂しさを自認しないままでも生きていけるし、自認したとて無理矢理押し殺してなんとか生きていくこともできはするのではないかと思います(そうした場合、寂しさは分かりにくい形に変化してどこかから噴出してくると思いますが)。

でも

「きっと誰だってみんな寂しいんだ。あー、じゃあ、私が寂しいのも仕方ないかな?当然かな?あー、寂しい寂しい~……」

という気持ちになれたら、寂しさを寂しさそのままにほっといて、ちょうど電車の席で詰め合わせて人にスペースを譲るように、自分の心の中に受け容れるスペースを作れたら、ちょっとはラクなんじゃないかな……ということを、私から提案したいです。

少なくとも、この文章を書いてるコイツ(私)はこんなに寂しいんだなーとぐらいは思ってくれたら!そしてそれを笑ってくれたら!あるいは一緒に笑えたら、良いんじゃないかなー、と思いました!笑

ちょっと前までは、ひとり好きを気取ってる癖して寂しんぼうな自分を自覚して嫌がっていました。最近では、いくつになっても寂しんぼう、それでもいいかなーと思っています。だって、寂しくなけりゃ人も求めない、ということはココトモにも参加しないこの文を書こうとも思わないだろう、絵も描かないし、本も読まないし、音楽だって聴いたり演奏したりしなかっただろうから……それなら、このやりきれない寂しさも私の個性、長所、一種の才能と思って、開き直って一緒に付き合い恥じずに世に出していっちゃえばもう良いんじゃね?……って、私の場合は、そう考えています。

なぜ生きるのかを考え続けることこそが人生、と誰か偉い人(誰だか忘れました)は言っていました。そしてその問いに対する正解は人の数だけあり、不正解はありません。その言葉を借りれば、生まれた時から抱き続けている寂しさとどう向き合い付き合っていくのか、ないしは表現していくのか、というところに、その人の個性や人生が現れるのかなー、と私は思っています。

ではでは今日はこの辺で。読んでくれてありがとうございました!何か一言感想など頂けたら嬉しいです。

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全4件のコメント

  1. なお 2016/07/16 18:15

    キュウさんこんにちは!コメントありがとうございます(*´∇`*)
    構ってちゃん、わかります。しかも私の場合は、「構って!」と素直に言えない構ってちゃんです。笑

    確かにそうですね~、寝てる間は何も感じないから、いつまでも寝ていられたらいいのに……と思うようなこともたまにあります。笑
    あと、疲れで寂しさが増幅してる場合は、寝て休めば起きたら平気になっていた、ということもありますね。

    お互い寂しんぼうライフをエンジョイしたいですね(* ̄∇ ̄*)笑

  2. なお 2016/07/16 17:59

    海さんはじめまして、コメントありがとうございます(*´∇`*)
    私も以前は無理矢理ポジティブしていましたよ~。けれど無理に元気を出すのって、疲れた時に栄養ドリンクを飲むようなもので、元気の前借りはできるけど後で反動がくるのですよね。
    それからは開き直ってのんびりうだうだする方針に変えました。笑

  3. キュウ 2016/07/16 17:38

    こんにちは!
    素敵なブログですね。さびしんぼう、私もです。
    私も、自分が寂しくなくなることは無いと思ってました。構ってちゃんだし。

    私は寂しいとき、どうしても我慢できないと寝ちゃいます。睡眠中は何もわからなくなりますから、寂しく感じる時間を減らせると思って。

    寂しさは長所にもなる、私もそう思います。(笑)(笑)
    寂しさも活かしつつ、生きていきます~(*´-`)✨✨

  4.  2016/07/15 10:17

    初めまして!ココトモメンバーの海と言います。
    宜しくお願いします!
    自分は、寂しいと感じた時は、無理に元気を出していました。
    なおさんの方法を試してみようと思います。

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