人の言動にイラつく時の対処法ヒント。認知行動療法のお話

はじめに

こんにちは、なおです。

皆さん、家族とか上司とか部下とか同僚とか友達とか恋人とか道端であった知らない人とか……カウンセラーとか相談員とか医師とか店員さんとか……

他人の言動を受けて、思わずイラァッ!!!としたり、ビックリするぐらい殺意が芽生えたり、ものすごく落ち込むこと、ありますか?私はあります。

発散するだけして平気な人ならまだ心はいくらかラクなのかもしれませんが、しんどいのは、他人に敵意を抱く自分を責める人。敵意を押し込めようとして苦しむ人。

何しろ私もそうでしたし今でもちょっとそうです。

じゃどうやって、その感情の抑圧とか自分責めのクセが緩和していったのかという話を、今日はしていきます。

尚、今回は「認知行動療法」についての説明をしますが、それは私がクライアントとして受けた経験に基づいたものであり、私自身は心理の専門家では無いということをあらかじめご了承の上、お読みください。

自分の身が脅かされそうだからです。

イライラも怒りも落ち込みも敵意も、それがあること自体は別に悪いことじゃないんです。否定して抑圧するから辛くなるんで、それらを容認したらラクになるのです。しかし

じゃあさっそく、イライラする他人をどっかに除けよう!傷付けてやろう!なんとか自分の正しさを分からせよう!!!敵意自体が悪くないなら、私が悪くないなら、それをやっても良いんだよね!?と攻めにかかる前に、考えることがあります。

「何で私の心は、自分とは別人の他人であるあの人の、あの単なる行為に、ここまで大きな感情を抱き、反応を示しているのか?」

ということ。

「は?それってどういうこと!?だって誰がどう見ても、ダメなのは、間違ってるのは、あいつじゃん!!私が正しいじゃん!!なんでダメなあいつが更正しないで、正しい私が態度を改める努力をしないといけないの!!??

と憤る気持ちもめっちゃ分かるのです(私も最初憤りました)が。別にあなたの存在自体を否定なんてしていません。そうではなくて

あれが正しい!これが間違い!そのはずなのに上手くいかない!!という考えに縛られて自らが苦しんでいるのだとしたら、

「それは本当に、100人中100人が正しいと思っていて、100人中100人が間違いと思っている考えなのか?」

ということを見直したらラクになるかもよ?という提案のお話なのです。

例:私の場合

「何言ってるのかちょっとよくわかんない」と思われた方のために、私自身の体験した実例を挙げます。

 

「ネプリーグ」というテレビのクイズ番組があります。月曜の夕飯時にはだいたいそれを家族で見ているのですが、私の父は芸能人の回答や字の書き方にダメ出しをするのが好きです。

「きったない字だなぁ」「もっと女性らしい字(←ってどんな字だろうねえ?笑)を書いてほしいもんだ」「書き順が間違ってる」「アナウンサーがこれくらいできなくてどうする」「しっかりしろよ」「東大出でこんなことじゃ困るよ」「法学部出でこれじゃダメだ」「慶応大卒で(以下略」などなどなど。挙げてったらキリが無い。笑

私はその父の言動を受けて、たいてい「そこまでそんな風に言わんでもええやん……」「東大出にも、アナウンサーにも、いろんな人がおるわいな……」「自分だって同じ状況に立たされたらいつものようにできるかわからんじゃん……」と思ったり言ったりします。反射的に、父のディスりの対象を擁護しようとするのです。誰に守ってと頼まれた訳でもないのに。

そういう反応をするのは、私が父のこの言動をイヤだなぁと感じるから。

じゃあなぜイヤだなぁと感じるかと言えば。

「私自身もこういう風にお父さんから裁かれそうで、嫌われそうで怖い」という思い込みが、瞬時に頭をよぎるからです。

ここで父にディスられている人達は私とはまったくの別人なのに、私はそこに自分を投影するから守ろうとしたくなるのです。

同じような他人の言動を目にしても、・まったく意に介さない・一緒になってディスる・その熱心なディスりを面白がる、など、人によって反応は分かれるでしょう。反応が分かれるということは、その出来事自体が問題なのではなく、反応の要因が自分の心の中にあるということです。

「嫌われそうで怖い」という思い込み自体がいけない訳じゃありません。家族に嫌われるのはそりゃ怖いよって私は思っているし、父の言動を見ながら漢字や言葉などに詳しくなっていった面もあったでしょう。

けど……この思い込みが無自覚のうちに膨らんでいくと、別の場面でも影響が出るのです。私で言うなら、たとえば人前で演奏する時に「音楽専攻なのにこんな腕前でどうするの?って思われたらどうしよう……怖い、弾けない……」っていう怖れが出てくるとかですかね。場面は違うけど根本は同じです。

これは父の言動を責めたいのではなく、自分の中の「○○なんだからこのぐらいはできなくちゃ嫌われちゃう」という思い込みに気付き、「いやいや実はそうとも限らないよ」って緩和するためにやっていることなのです。

「音楽専攻なのにこんな演奏じゃダメだ、って言われたら怖い」という思い込みが出てきたら、「いやいや。そう思う人もいるかもしれない。けど、今まで自分の演奏で喜んでくれた人だっていたでしょ?何より私は実際に、音楽専攻に在籍できるだけの能力はあると認められた人間だってことは確かな事実でしょ?」と反証を挙げて緩和する、ってことです。

ちょっと分かりやすくなったでしょうか?

認知行動療法とは何なのか?

この、事実思い込みを切り離し、思い込みの根拠と、根拠を覆す反証を挙げて整理していく。この一連の取り組みを、いわゆる「認知行動療法」と言います。

「認知行動療法」と言うと、そのいかめしい字面や響きのイメージから、「自分の考えや行動が、何か一定の方針に洗脳されて、今の自分が侵されてしまうんじゃないかしら……」という心配をする人がいるかも、何より私自身が、実際に自分でやってみるまでそう思っていました。一時的とは言え心理学部にいたにも関わらずね(例え心理学専攻にいても、専門分野によっては知らないって人もいるのです)。

でも、今の私に言わせると、そのイメージはちょっと違います。

今の自分にまた別の思い込みを上書きするのではなく。

今の自分が過去の経験によって持ち続けている、自分を苦しめるために自分で用意した考えを、自覚し、選んで、自分の気持ちが少しでもラクになるようにそれを捨てたり形を変えてみたり受け入れてみたりする作業、なのです。

「いや!この自分の心を痛め付ける苦しみこそが、今の自分にとって必要なのだ!ほっといてくれ!」って言う人はたぶんそれがその人にとっての幸せなので、まったくやらないで別に良いと思います。

これが効くのは、以前の(今でもね)私みたいに「訳が分からないのに苦しい、イライラする、自分が嫌いで辛い」っていう悶々状態になっている人、とかじゃないかな。

他人にすべての責任を求めると……

なぜ悩みが起きたときに、相手ではなく自分を省みるのかと言うと。

結局のところ、イライラする他人を全部除けていったらキリが無いんです。完全な独りを選べる人ならそれでも良いのかもしれない。実際それができたとしたらどうなるか、っていうのは、ぜひドラえもんの「どくさいスイッチ」を読んでみてください。

読むのがめんどい人のためにざっくり説明すると。

イライラするママやパパやジャイアンやスネ夫や先生に対し「邪魔な人はいなくなればいいのに」と思ったのび太。そこにドラえもんが「どくさい(←ど臭い、ではなく独裁)スイッチ」を渡します。

これは、「誰々なんか消えちゃえ!」と言いながらボタンを押すと、呼んだ相手の存在自体が、人々の記憶も含め、一切抹消される道具。ドラえもんは「悪いやつは皆消してしまえ。住み心地の良い世界にしようじゃないか……」と、のび太にささやきかけます。

さっそくのび太は独裁者気取りで、気にいらない相手をどんどん消していきます。最初はせいせいする、でも次第に「存在自体が無かったことになる」という恐怖を実感していきます。

それでも止まらなくなったのび太。家族も消し、ドラえもんも消し、しまいには「みんなみんな消えちゃえ!」と叫びます。そして誰もいなくなる。完全なひとりぼっちの世界で、自分のしたことを悔いて泣くのび太。そこへ……

オチは自分の目で確かめてください(丸投げ)。

「デスノート」も同じ道具ですね。主人公の月は自分の中の正義感を人に押し付けた結果破滅していくんです。結局のところ、誰かの正義は万人の正義では無いから。

……どんだけ漫画が好きなのかって?はい、とても好きですとも。笑

おわりに

いかがでしたでしょうか。

この記事を読んだからといって、即効で他人への感情がラクになるかと言ったらならない人もいるかもしれません。

けど、他人にムカついた時、どーにもならない他人を力ずくで動かそうとする以外にも、ムカつきを和らげる方法があるのだよ、ということを知っていただけたら嬉しいなと思います。

じゃあ誰のために認知行動療法をするのでしょうか。他人に優しくなるため?社会に適応するため?

私も最初はそう思って、「なんで他人のためにこんな自分を直視する作業なんて……」「これができなきゃ、私は不適応のダメ人間ってことなんかいな……」としんどがっていましたが。それはやっぱり違うとだんだん考えが変わりました。

私が認知行動療法をやるのは、自分のためです。

自分がよりラク~に、ゆる~く、他人や自分の一時の感情、表面上の出来事に依存しないで、身軽に生きていくための練習なのだと、今は思っています。

自分で変えられること、自分だけじゃ変わらないことがだんだん見分けられるようになり、不要な苦しみが減ってきたことが、私にとって良かったなという感想です。

あと、こういうことってやっぱりいくら本で読んでも自分でやってみるまで実感を得づらいので、対人援助や心理の職を志す人は、何らかの形で一度まとまった期間どれか心理療法を受けてから自分の適性を見定めてほしいな、って思っています。自分が何で人を援助したいと思うのか、人の心を知りたいと思うのか、についての深い理由を理解するためにね。

その結果、見たくなかった自分の本音が見えて志望が変わるかも、あるいは変わらないかもしれませんが、見て見ぬふりして封じ込めて他人と接した結果自分が苦しむよりもいくらかラクだと思います。自覚せずにいると、助けたかったはずのクライアントや利用者さんにものすごい敵意や嫌悪感を向けて困惑する、っていうことも起こり得ますから。

何しろ私自身が、心理学部に籍を置いたり障害者のヘルパーをしたりボランティアをしたりしながらも、他人を助けることで自分の居場所を他人の中に作ろうとする自分をまざまざと実感してしんどくなる羽目になったから。カウンセラーを目指しながらも、自分がカウンセリングを受ける側になることを想定していなかったという矛盾を無視していたから。

これから心理学部に行く人が、私と同じ轍を踏んで、訳もわからないうちからせっかく選んだ道を廃棄しちゃうならちょっと悲しいなぁ、と思うからです。

ではでは、今日も読んでくれてありがとうございました。

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全2件のコメント

  1. なお 2016/09/23 09:51

    未優さんこんにちは。その後どうですか?
    詳しい状況は分からないけれど、私が言えるとしたら
    ・親や家族にいらつくのは当たり前。なーんにも変なことじゃないし、いらつく自分を責めなくていい。
    ・自殺することが勇気な訳じゃない。死にたい気持ちをここに打ち明けてくれたのもひとつの勇気!
    ・いらついた時の状況と、その時頭によぎった考えを紙に書き出してみるのはどうでしょう。
    ってことかなー、と思いました。

  2. 未優 2016/09/12 16:40

    悩んでて何がなんだか自分ですらわからなくなってきてます。
    家にいたくなくて、居場所がなくて・・・辛くて、自殺しようとしても勇気がありません。どうしたらよいのでしょうか。親と弟にいらつきます。

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