TAKの昔話【第1章】虐待はしつけじゃない!  ~毎日が命がけだった子供時代~

本ブログを心待ちにしていた皆様、お待たせしました!

更新が遅くなってしまってすみませんでした(>_<)

実は、バイトや個人的な用事がいっぱいあって、中々時間を割くことが出来ずにいました。

これからは、もうちょっと早いペースで更新できるように頑張りますので、よろしくお願いします!(^^)/

また、最後のまとめは、親御さん向けと子供向けにそれぞれ書きましたので、読者様自身に近いほうを読んでみてください。

虐待(ぎゃくたい)の始まり

プロローグ

今から20数年ほど前、僕は、整形外科医(骨のドクター)の父親と、元作業療法士の母の間に生まれました。

両親が医療関係の仕事に携わっている人だったので、当然のように、医学の道へ進むように言われていました。

特に、父親には、一般の人は立ち入り出来ない、病院の医局(学校でいう、職員室のような所)に特別に連れて行って貰ったり、色んな検査室を案内して貰ったり、時には家で内視鏡手術の映像を見せて貰ったりと、医者の子供じゃないと経験できないような事を色々させてもらい、父親の仕事の素晴らしさを知りました。

そんな父親の背中を見て育った僕は、自然と父と同じ、医者になることを夢見るようになりました。

しかし、この先に悲劇や失望、そして恐ろしき地獄の日々が待っているとは、まだ知る由も無かったのです・・・。

最初にして最大の虐待

あれは、僕がまだ5,6歳くらいだった頃のことです。

ある8月の暑い日、僕は、家族で海水浴に行きました。

暑い日の海は、すごく気持ちよく、クーラーとはまた違った涼しさがあって快適でした。

海水浴から帰るとき、近くにあったショッピングセンターに寄ったのですが、母曰く、その時僕は、ちょっとしたワガママを言ったそうです。

多分、暑いから車にずっといたいとか、アイスが食べたいとか、その程度だと思います。

ところが、駄々をこねている僕を見て父は大激怒し、僕をエンジンを切った車の中に置いていったのです。

「ワガママばっかり言ってんじゃねえよ!そんな奴は、パパ達が帰ってくるまでずっと車ん中にいろ!!」

絶対的権力者であり、尊敬もしていた父の言葉に、まだ幼稚園生だった僕は逆らうことも出来ず、言われた通り、車の中で待っているしかありませんでした。

ここまで読んで下さった方は、なんとなく気づいているかと思いますが、真夏の炎天下にエンジンを切ったまま放置された車は、瞬く間に灼熱地獄と化します。分かりやすく例えると、車の中はすぐにサウナ状態になってしまうということです。

まだ、小さな子供だった僕は、そんな科学の常識も知らないので、サウナのような、もしかしたらそれ以上かもしれない暑さの中、二人が帰ってくるまでひたすらじっと耐えるしかありませんでした。

しかし、当然の如く、その小さな体は、厳しい暑さに耐えきることが出来ず、徐々に意識が薄れていきました。

そんな中でも僕は、「パパもママも、もうすぐ戻ってくるだろうし、許してくれると思うから大丈夫だよね。」と自分に言い聞かせ待っていました。

一方で、僕を置いていった二人はというと、母曰く、いつものように買い物をしていたそうです。

そのショッピングセンターで買い物をしていた最中、母はすごく嫌な予感がしたらしく、父に僕の様子を見に行こうと、一旦車へ戻ることを促したそうです。

しかし父は、「大丈夫だよ。あいつは男の子だし、心配すること無いよ。」と言い、買い物を続けようとしました。

それでも母は、その不安が無くならず、僕のことがますます不安になっていったので、父を説得し、様子を見に行くことにしたのです。

様子を見に行くと、僕は顔が青白くなっていて、意識もなくなっていました。呼吸も少し弱くなっていたそうです。

様子を見て、母はもちろんのこと、さすがの父もかなり焦り、すぐに病院へ連れて行ったそうで、僕は一命を取りとめることが出来ました。

あの時、もし母が、父に車へ一旦戻ることを促していなければ、僕は今こうしてココトモメンバーとしてブログを書くことはおろか、生きることさえ出来ていなかったかもしれません。

これが、僕の受けた最初にして最大の虐待です。

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父親の息子に対する期待・・・

小学校に上がってから、父の僕に対する期待は日に日に高まっていきました。

特に、医者にとって大事になってくる、算数や理科の点数にはものすごく神経質だったと思います。

また、学校で出された宿題でも、理科や算数の問題での間違いは絶対に許されませんでした。

惨すぎたアメとムチ・・・

それらの教科の点数が悪かったり、問題を間違えたりしただけで、殴られたり、蹴られたり、髪の毛を引っ張られたり、頭突きをされたり、60℃以上の湯船にずっと入れられたりするのが日常茶飯事でした。

そういうことをされている時は、多種多様な暴言も、もれなく付いて来ました。

「バカ野郎!」「お前なんか、人間のクズだ!!」「こんなのも出来ないおまえは、人間じゃない、家畜以下だ!!」「こんな問題も出来ないのが医者の息子だなんて、恥ずかしくて友達に紹介出来ねえよ!」など、数えだしたらキリがないくらいに、色んな事を言われました。

それでも僕は、口答えせずにひたすら頑張って、耐えていました。

こんなことをする父親でも、仕事においては輝かしい実績があり、先輩・後輩関わらず色んな先生から慕われていたのを間近で見て、尊敬していたからです。

それに、ごく希にではありましたが、褒めてくれることもありました。

その時だけは、虐待されて傷ついていた心と体が、少しだけ楽になった気がしました。

でも、今思い返してみても、父との思い出は、ほとんど虐待されたことしか残ってません。

それくらいたくさんの虐待を、僕は受けていたという事なのかもしれませんね・・・。

その後、僕は地元の公立中学校へ進学するのですが、そこでは父親や友人関係に関わる、色んな悲しく辛い出来事と、終りの見えない「地獄の迷路」が僕を待っていたのです・・・。

・・・2章へ続く

本章で伝えたいこと(まとめ)

子育て中の皆さまへ

今回の章は、かなり重たい内容だったと思います。

しかしながら、僕はこの章を通して、読者の皆様にお伝えしたいことがあります。

それは・・・

虐待は何も良いものを生まない

そして、

子供には、一生傷が残る

ということです。

僕の今までの話を聞いていれば、なんとなくわかるかと思いますが、子供が中々自分の思い通りに行かないからといって、力だけで威圧して、押え込んで、教育しようとしても、子どもの心は教育出来ないのです。自分の思い通りに子供を成長させることは不可能なんです。

子供の受けた虐待は、その時だけではなく、それから10年、20年と経っても、「心の傷」として、癒えることなく残り続けるのです。

読者の皆様の中には、子供を育てている方もいらっしゃるかと思います。

子供は、何も考えずに、困ったことをするかもしれません。自分の思い描いた通りに育たないかもしれません。

そうして、ストレスや怒りが溜まった時、子供に手を上げそうになるかもしれませんが、そんな時はこのブログを思い出してください。

そして、あなたが今しようとしている行動は、果たして本当に正しいのかどうかよく考えてください。

虐待を受けている子供たちへ

今まさに虐待を受けているみなさん。

虐待を受けていることって、学校の先生やお友達には言いにくいよね。

そんなときは、僕、TAKを頼ってみてください。

メールでも電話相談でも、どちらでも良いですよ(^-^)/

虐待を受けた者同士なら、分かり合えることが多いはずですし、ココトモは秘密厳守(ひみつげんしゅ)で、誰にもバレることがないので、安心して相談出来ると思います。

自分自身の中でかかえている、辛い気持ちを少しでも吐き出すことができれば、少しは楽になるはずです。

また、同じような経験をした、僕だからこそ出来るアドバイスもあります。

今まで、ココトモメンバーになってから、虐待で苦しんでいた子達をたくさん担当してきましたが、僕のアドバイスで、みんな良い方向に向かうことが出来ました。

中には、自傷行為に走ってしまうような、重い問題を抱えていた子もいましたが、その子も最後には、やめることが出来るようになりました(^-^)

相談してみたい人や、気になった人は、クリックしてプロフィールを見てみてね(^-^)/

本章は、以上で終わりです。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

 

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