いじめ・不登校で家にも学校にも居場所を失ったけれど、今、生きています

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こんにちは、鷹れんです(*´`)

皆さんは、『ココトモ通信』をご存知ですか?
ココトモのメール相談を利用してくれた方やココトモに訪れてくださった方に向けて、「ココトモに来てくれた人にほっと一息ついてもらいたい」という想いのもと毎週配信しているメルマガです。
がんばりたい人には背中をそっと押せるような、お休みしたい人にはそっと隣に寄り添えるような、そんなメルマガを目指しています。

どうしてそんな話を始めたのかといえば・・・
なんと9月から、私・鷹れんが『メルマガ編集長』に任命されたからです!
今では毎週、たくさんの方にココトモ通信をお届けしています♪

9月のココトモ通信では、4回に分けて「私の半生」を書かせていただきました。

鷹れんの体験談:いじめ&不登校で家にも学校にも居場所を失ったけれど、今、生きています

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小学生のころの話

我が家は両親と4つ上の兄、そして私の4人家族。

兄は小さい頃から喘息やアレルギーを持っていて、「学校に行きたいのに行けない」「自由に外で遊べない」生活が続いていました。

両親も兄につきっきりのことが多く、

元気な私は学校に行かなきゃならない…
これ以上親に負担をかけてはいけない…

上級生からいじめを受けたときも、友達とケンカをして傷ついたときも、私は「相談しない」という選択肢をとりました。

ずっと「迷惑をかけてはいけない」と思いながら生きてきました。
全てをちいさな身体で背負って、私は「子ども」でいることを辞めたのです。

イイ子でいたら、迷惑をかけずに済むと思いました。
いつか、私も抱きしてもらえると、熱を出したときの兄のようにかまってもらえると、期待していたんです。

けれど実際には、そうではありませんでした。

親は「あの子は大丈夫」と、私を放っておきました。
「イイ子」な私は「手のかからない子」として、いつまでも孤独だったのです。

ずっと、認めてほしかった。褒めてほしかった。愛してほしかった。

…抱きしめてほしかった。

イイ子でいてもそれは叶いませんでした。
中学生になってからも、親には本音のひとつも伝えられれず……孤独な毎日をおくっていました。

中学生になってからのこと

中学校に入学して間もなく、私はいじめを受けはじめました。
誰にも相談できなくて、平気なふりをして、虚勢を張り続けて……でも結局、我慢し続けることは出来ませんでした。

引き金が引かれたのは、ある体育祭の日でした。

「遅刻するぐらいなら学校来るなよ。邪魔だな」

クラスメートの男子からいわれた言葉です。

「私はここにも居てはいけないんだ」
帰ってすぐ、不登校になりました。

幸い親はすぐ受け入れてくれて、学校を休むことを許してくれました。
やっと、逃げれたと思いました。
親に抱きしめてもらえると思いました。
泣いていいんだと思いました。

でも実際にはそうではなくて、一ヶ月も経つと両親は「学校に行きなさい」というプレッシャーをかけてくるようになりました。
当時は「学校に行くことが当たり前」と私自身も考えていて、自分の「学校に行っていない」という状況は申し訳なく思っていました。
その負い目もあって、私は父と一緒に、放課後担任の先生へ会いに行くことになったのです。

そして学校へ向かう途中、俯きながら歩く私に向かって父親が一言。

「どれだけ嫌でも、一回外に出てしまえば意外と大丈夫なんだよな」

約束が決まった日から、逃げ出したくてしかたありませんでした。
でも「親のため」「これ以上迷惑をかけてはいけない」と、必死に自分の心を抑え込んで、学校へ向かっていたのです。

……あぁ、この人は私の声を聴く気なんてないんだな。

その瞬間から、私は両親に相談することをやめました。絶望でいっぱいで、家から逃げるように私は再び学校に行きだしました。

けれどそこにも、私の居場所なんてものは無かったのです。

学校に行き始めた私を待っていたのは、結局「いじめ」でした。
より陰湿に、悪質に。いつも慰めていてくれた女の子がそのいじめの主犯でした。

「あんたのことみんな嫌ってるよ」
「学校に来んな」
そんなメールがほぼ毎日届きました。

「なんで今私が一人で耐えて生き続けているのか」
理由が分からなくなりました。

結局すぐ行けなくなってしまって、私は学校を転校することにしました。けれど、転校先でもまた私はいじめを受けることになります。

どうして私はこの世に生まれたのか。
その答えが、分かりませんでした。

そんな私が何故生きることができたのか。
それは、ある先生との出会いがあったからです。

ある先生との出会いが、私の人生を変えた

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とある先生との出会いが、生きる理由さえ見えなくなってしまった私の人生を変える大きなきっかけとなりました。

その先生とは、中学二年生のときに出会いました。
不登校が原因で転校したものの、相変わらず私は学校が嫌いで、先生や大人のことを信用できずにいました。そんな状況で会ったものだから、当然私はその先生に対しても「どうせ体裁と世間体しか気にしないくせに」と感じていたんです。

しかしその先生は、前の中学校での出来事を全て知ったうえで、他の生徒と変わらない接し方で接しながら、適切なフォローをしてくださいました。

合わせて半年以上の不登校期間があった私は、勉強が著しく遅れていて、特に英語や数学はもはや呪文の領域でした。笑
分からないからやる気が起こらず、やる気がないから余計遅れて、遅れるからもっと分からなくなって……という悪循環を繰り返していました。

そんな私に対して、数学担当だった先生は数学はもちろん他の科目も含めて、放課後にはほぼ毎日勉強をみてくださいました。
勉強以外にも相談に乗っていただいたり、ただでさえ忙しいだろうに、何時間も付き合ってくださいました。

ひとつ、印象に残っているエピソードをお話させてもらいますね。

私は転校先の中学校でもいじめを受けました。

陰口悪口の嵐、プリントを配布するとき私の分だけわざと落とされて踏まれたり、グループ活動で私だけハブられたり、どんどんクラスで孤立していきました。

また不登校に逆戻りなのかな。
そんな不安を抱えながら、何度も自分のことを殴って、何度も自殺を考えました。

けれど、もう逃げたくはありませんでした。
そもそも私に逃げ場所なんてなかったのです。

闘うしかなかった私は、いじめグループの一人を呼び出し徹底的に一対一の口論をしました。

その騒ぎが大きくなって、結局は先生も含めて話し合うことになったのですが、初めて「いじめに対抗した」瞬間でした。

先生と、私と、いじめグループで話し合いをしたときには、先生の、一方的にどちらかの味方をするわけでもなくゆっくりと事実を確認していく姿勢が、かえって信頼できました。

話し合いを終えた後の言葉が、今でも忘れられません。
「君は強い人だよ。前の学校での出来事が信じられないくらいに」
この言葉が、私の命を救ったのです。

先生とは、今でも年賀状などで数年に一度やりとりをします。

いくら感謝してもしきれません。
あのときの希望を、感動を、泣きたいくらいのうれしさを次の人へ渡していくため、私が「伝える側」になるために、私は今、生きています。

数学を好きになれたのも、今学校の先生を目指しているのも、全てはあの先生との出会いがあったからです。

先生、本当に、本当に、有難うございました。
私は、今もこうして踏ん張れています。少しでもあのときの先生の背中を追えるよう、私なりにがんばってみます。
あなたが私に割いてくれた時間を、決して無駄にはいたしません。

現在とこれから

小学生の時に子どもとして生きることを辞め、
中学生の時に学校にも家にも居場所を無くし、
何度も「いっそ死んだほうが楽なんじゃないか」と考えました。
それでも死ねない自分を、一歩手前で怖気づく自分を「弱虫」と非難していました。

誰かを信じて傷つくくらいなら、のばした手が空を掴むくらいなら、自分で自分を傷つけたほうがマシでした。救いなんてないと、私は孤独なままだと、人から愛されることなんてないと、諦めたほうが楽でした。

けれど、ココトモや大学、いろいろなところでたくさんの人と出会って、「私の存在を愛してくれる人」がいることに気がつきました。
私がなにをできるとか、なにをしてるとか、そういう話じゃなくて、行動の奥にある気持ちが好きなんだと。そう伝えてくれる人たちに出会えました。

正直、こわさもあります。

傍に人がいる心強さを知ってしまいました。
人を守りたいと思ったときにどれだけ自分が本気になれるかを知ってしまいました。
人に触れたときのあたたかさを知ってしまいました。

またひとりぼっちになってしまったら、私は耐えられるのでしょうか。きちんとひとりで立てるでしょうか?
随分と弱い人間になりました。
やっと、自分の中にある「弱さ」を許せるようになりました

今では、過去の自分のように「学校・家での居場所の無さ」に苦しんでいる10代のためのコミュニティサイトを立ち上げるまでに至りました。
そしてなんと、そのサイトがテレビに取り上げていただいたのです。

放送されたのは、合計で2分。

2分。
とっても短いけれど、とっても長くて、とっても大切な時間です。

『子供(私)の声は、誰かの心を動かすことができる』
そう教えてくれる2分間でした。

「鷹れんちゃんが自分のことを許すことで、別の誰かが許されてるんだよ」
と言ってくれた人がいます。

いつだって、人の言葉で傷つきました。

いつだって、人の言葉で救われてきました。

言葉で傷ついたからこそ、今、傷つけないように言葉を選ぶことができています。
言葉で救われたからこそ、今、人のために言葉をつかうことができています。

不登校やいじめを「あって良かった」とは思わないけれど、どうせあったことなら活かさないと勿体無い!

だから私は、発信し続けます。
この声が、誰かの心に届くってことを、私はもう知っているから。
もう私は、なにもできない可哀想な女の子じゃありません。

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体験談を書く中で、気づいたこと

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ココトモで活動させていただいていることもあって、様々な場面で自分の体験談をお話してきました。

イベントで。ブログで。普段ココトモハウスで過ごしているときに。相談にのらせていただくときに話をすることもあったかな。

けれど、ココトモ通信は2000人以上の読者さまがいるメルマガです。そんな大勢の方へ向けて自分の人生を(それも4回にもわたって!)おおくりするなんて、これまで経験のしたことのないものでした。

普段イベントなどで話をするときには、浮かんできた言葉をそのまま素直に吐き出してしまうのですが、メルマガでは「同じような経験をすこしでも踏んできた人がいたら、その人の心を楽にできたらいいな」という想いから書き始めたものなので、何度も書いては消し、書いては消しを繰り返し、「先生との具体的なエピソードをいれたほうがいいだろうか」「暗い話が多すぎやしないだろうか」とたくさんのことを考えながらつくっていきました。こんなに考えて文章をつくったのは久々です。ちょっと疲れました。笑

「記憶」というのは、頭の中にあるものをそっくりそのまま引っ張り出しているわけではないんだそうです。
そうではなくて、思い出そうとするたびに「構築する」んだとか。だからいつも思い出すのは純度100%のそのままの過去ではなくて、今の自分の環境や気持ちがすこしずつ影響してできあがった「過去」なんですね。

あんまりその実感はなかったのだけれど、今回書いている中で、それが少しずつ分かってきました。

当時、私は絶望の真ん中にいるような状況でした。(誰よりも不幸だとかいう話ではなくて、私は私なりにつらかったっていう話です)
希望なんてものはなくて、まわりは真っ暗闇で、どこから手が伸びているのかすらも分からなくて。目の前の手が、私を助けようと伸ばされた手なのか、私をまた絶望の底へ突き落とすために伸ばされた手なのか、私の勝手な幻想なのかすら分かりませんでした。それまで信じてとってきた手は、すべて私を突き落とす手でした(その突き落とされた出来事の根底にあるものが善意なのか敵意なのかは分からないけれど、とにかく誰かの手をとると、誰かを頼ると、それは裏目にしかでなかったのです。)

けれど、今、当時のことを思い返しても、そこまで絶望しないのです。
当時、どれだけのあたたかい手が差し伸べられていたのかを知っているから

当時私は「死にたいけど死ねない」んだと思っていました。
けれど本当は、死にたくなかっただけなんです。死にたくなかったから死ななかったんです。生きる理由がいつだってあって、でもそれを手にしているときには気づかなかっただけなんです。

そのことに気づいてから、私は過去を振り返っても泣かなくなりました。
今でも人に話すときにはときどき泣いてしまうのだけれど(笑)、それは当時の私に対する「がんばったね」って涙であったり、今の私を受け入れてくれているまわりへの「ありがとう」って涙だったりで、「悲しさ」ではなくなったんです。
だから今は、過去を話していることそのものよりも、私の話をきいてくれている人が涙ぐんだりしたときに涙腺が緩みます。笑

「泣くこと」に対するネガティブなイメージがなくなったってのもあるかもしれません。
涙には、ストレス解消やむくみ解消、たくさんのうれしい効果があるんだそうです。

「泣いちゃだめだ」と思っていた当時はわけもなく涙が流れていたのに、「泣いてもいいんだ」と思ってから途端にあたたかい涙ばかりになるのだから、不思議ですね(*´`)

これからのこと

これからも私は「メルマガ編集長」としてココトモ通信を毎週お届けしていくことになります。

私の体験談を話してから、いろんな人に声をかけてもらいました。
「あのコーナーよかったよ!」
「もっと鷹れんさんと話したいと思った」
などなど・・・あたたかいメッセージばかりで、胸があつくなりました(*´`)

そしてこれからは、別のメンバーさんたちの体験談をお届けしていこうと思っています。
もちろん体験談だけではなく、東京代々木のコミュニティスペース『ココトモハウス』のことや、読者さま同士が交流できるようなものも考えていきたいです。
ちょうど今月は、メンバーの「みな」ちゃんが体験談をお話してくれています。そちらもいずれブログにまとめる予定ですので、そのときにはぜひ読んでいただけたら嬉しいです^^

ではでは。

また次回のブログでお会いしましょう^^
(メルマガでも会えたらうれしいな♡笑)

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このブログを書いた人

鷹れん
鷹れん

数学をこよなく愛する大学二年生。 小学校2年生、はじめていじめを受けました。 中学生になってからもいじめられて、はじめて不登校になりました。 不登校になってから、家にも居場所を失いました。 「助けて」と言えなく...

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