自己開示の本当の気持ち

こんにちは、キュウです。

私は、私の周りにいる他の人たちよりも、自分の悩みや過去を人に話すことにあまり抵抗を感じない人のようです。話したいなあと思った時に、自分の過去を洗いざらい話すことも、今の悩みを話すことも、あまり抵抗なくできてしまいます。今日は、その性質について振り返って分析してみようかな。

よろしければ、お付き合いください(*´-`)

悩みを話すとき

私は今、人に自分の悩みを話すことをあまり躊躇しない人間です。結構何に関してもオープンなので、よく人から驚かれます。

そして、それはよく「すごいね」「羨ましい」と言われる部分でもあります。

そんなときはよく、そんな自分は変なのだと感じては辛くなっていました。自分がなんとも思わずなんの苦労もせずしていることをスゴいとか羨ましいとか言われると、妬みの気持ちや、「あなたは変わり者だ」という軽蔑や差別のメッセージも同時に受け取ってしまうからです。そうして育ってきた私のなかには「人に自分のすべてを話してしまうことはおかしいことだ」「それなのに、人に話さずには心落ち着けて居られない自分はなんて弱いのだろう」という意識が働き、劣等感すら抱いていました。

今でも、羨ましいと言われる度にほんの少しずつ傷ついている自分がいます。私のなかには爆弾が眠っている気持ちになるからです。いつ爆発して、人にすべてをぶちまけてしまいたい衝動にかられるかわかりません。それで人に迷惑をかけてしまうリスクがあることも重々承知の上です。伊達に人に自己開示し続けてませんから、それによる失敗や傷付きもたくさん経験しているわけで、それを羨ましいと言われても、あまり良いとは思えません。

今まで、この「話してしまう苦しさ」を理解してもらえたことはなく、その部分だけで言えば私はひとりぼっちの孤独な悩みを何年も何年も抱えてきました。

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なぜ自己開示をするようになったのか

そもそも、私は口下手で、テレビや芸能人のはなしなどについていけず、同い年の女の子とキャーキャー盛り上がれる時間があまり無かった人です。そんな中、自分が唯一できる話と言えば「自分の話」でした。自分の好きな本の話、自分の好きな人の話、自分の失敗や成功の話、自分の悩みの話。などなど。どう頑張っても、周りの女の子たちの話題には興味が持てず、ついていけず、口を開けず、口を開いても自分の事しかしゃべれませんでした。

今思えば、周りの女の子たちも「自分の好きなテレビ、芸能人」の話をしているわけですから、結局みんな自分の話しかしてなかったんだなあと思いますが、あの頃は「みんながする無難な話題についていけない私はコミュニケーション能力の低い変わり者でダメなヤツなんだ」と思ってました。

もちろん、頑張りました。親になんとか頼んで皆と同じテレビを見せてもらってみたり(こんな番組を見るのはよくない、という親からのプレッシャーがもれなくついてくるため、見てる間ずっとビクビクしてちっとも楽しくありませんでした)、マンガを友達に借りてみたり(その友達は裏では私の事を嫌いで、私はそれに薄々感づいており、マンガを借りるのにもビクビクしてました)、でもそれはとても疲れるエネルギーが要ることだったから続かなくて、結局本の世界に引きこもる、という感じ。

そういう色々を経て、私には自分の話しかできないということを結構早いうちから悟っていたため、「皆にはテレビや芸能人の話題があるけど自分にはないから、私は私のなかにある自分の悩みなどを武器に人とコミュニケーションを取るしかない」と腹を決め、そういうコミュニケーションの取り方をすることにしました。

そうして、そんなことでしか人に振り向いてもらえない自分はなんてつまらない人間なんだと思っていました。

寂しかった

本当は、仲間にいれてほしかっただけでした。

本当は、人に振り向いてほしかっただけでした。

その手段として一番大きく私の手中にあるのは、私の悩みという話題だけでした。それだけは、なにも頑張らなくても私が常に関心があり、常に考えており、いつでも引き出せる話題だったからです。ちなみに説明しておくと、私は幼い頃から人間関係などでいっちょまえに悩み、自己分析し、他者視点でも物事を捉え、反省するという過程を踏んでいたようです。(この間自分の七歳の頃の日記が出てきて、それを読んではじめて知りました。今書いてるブログと全く同じ感じで当時の悩みを赤裸々に描写しながら悩み~反省までの過程をふんでました。)

どんなに悩みを話したくないと思っても「悩みを打ち明けるのが怖い、嫌だ」という気持ちよりも、「寂しい、孤独は嫌だ、人に振り向いて欲しい」という気持ちが勝ちました。「悩みを話すのは気がひけるけど、人に振り向いて欲しいならこの悩みを話すしか方法を知らない」という辛い気持ちで自己開示してる時期も長くありました。

そう、本当は、私の悩みを聞いて欲しいのではなくて、私と友達になって欲しかったのでした。

悩みを話す奴は嫌われる

こんなフレーズを聞いたことありませんか?

「悩みを話す奴は重い」とか、「そんなことで悩むなんて子供」とか、「人に悩みを話すなんて心の弱い奴だ」とか、「悩みを話される側が迷惑だしかわいそう」とか。「本当に死にたい人は誰にも話さない」「話してしまうお前はただのかまってちゃん」「死にたいとか言う奴とりあえず消えろ」とか。ほかにも色々。

私はこんなフレーズたちを、ネットサーフィンをしながら、いろんなお悩み相談掲示板を見て、次々覚えて行きました。

挙げ句の果てには、そんな言葉を本気で受け取る方が悪いとか、そんな書き込みもありますよね。私が当時どんな掲示板を見ていたのか正確には思い出せないし、言葉も正確に覚えているわけではありませんが、そう言う情報ばかり見ていたので、私の中には自分を責める言葉のボキャブラリーがたくさんありますし、今まで自分に向けてたくさんたくさん使ってきました。

そうして、人に自己開示をするたびに、自分で自分にその言葉を投げかけ、自分で自分の心を追い詰め、死にたい気持ちに自らハッパをかけていたのです。

当時はそんな風な分析もできずにただパニックに陥ってましたから、どうして自分が死にたいのかも、どうしてこんなに苦しいのかも、どうしたら楽になるのかも、全くわからないままでした。

また、不登校をしたり通信高校に通ったりと、対人コミュニティの中にいる時間が同年代の子と比べて少なかったためなのか、あまり周りの人とコミュニケーションを取る機会や能力に恵まれていなかったため、いじめなどに会うことはなかったけれど、それと同じくらい「友達」という存在との繋がりの暖かさを感じる機会もなく、そのネットの心無い言葉を真実かのように受け取ることに何の疑問も抱きませんでした。

そんな歪な心のまま、私は不登校から回復し、対人社会に徐々に復帰して行き、人とのコミュニケーションの取り方がわからず上記のように自己開示をするようになり、無意識のうちに人に振り向いて欲しいと感じて自己開示をするけれど、【そうすることで人から嫌われるに違いない!】という考えにも固執しているという、なんとも矛盾した思考回路が出来上がっておりました。

そんな矛盾した思考回路では、満たされるわけなかったんだなあ。

今なら、今ならこうやって色々と過去を分析できるし、そのループからも抜け出せます。ああ、本当に良かったなあ。

悩みを話すことの辛さ

自分の悩みを人に話すと、その人なりにしっかり聞いてくれる人が多かったと思います。また、自分の悩みを話してくれる人も多かったです。そうして、その瞬間は深いところで繋がれたような感覚になることが多かったと思います。(もちろん、理解してもらえず傷付くことも多々ありましたし、それで苦しむこともありましたが。)

それでも私が満たされなかったのは、そういうネットサーフィンで得た「自分を責めるフレーズ」に囚われ、受け入れてもらえて心と繋がれた喜びに身を任せることを自分に許すことができなかったことも要因の一つでしょう。

また、昔、自分が人から依存された時の辛い経験から「人に依存してはいけない」という思いがあったことと、自分にもメンヘラ気質があるのではないかと思っていたため、自分が人に依存しやすいことも理解しており、それで(以前自分が潰されてしまったように)誰か大切な人を潰したくないと言う思いから、同じ人に何度も悩みを話すことを避けていたことも要因の一つでしょう。

それから、悩みを話すことで嫌われてしまった・拒否されてしまったショックな経験たちも要因の一つになっているのでしょう。

いつの間にか、誰でもいいから「今この人に話そう!」という直感を感じるタイミングが来た人に、その時に悩みを聞いてもらうようになっていました。初対面の人に話すこともあれば、年に数回しか会わない人に話すこともありましたし、毎週同じコミュニティで顔を会わせるような人たちに話すこともありました。すごく年上の人に話すこともあれば、年下や同い年に真剣に話すこともありました。ただ一つ言えるのは、いつも継続的に私の心の側にいて親身になってくれる人は一人も居るように思えず、私もまたそのような人を作らず、そこまで深く人を近寄らせず、誰にでも心のシャッターを開いているようで、誰にでも心のシャッターを閉ざしてました。

気軽に遊びに誘える友達など、一人もいませんでした。

悩みを話したあとは大抵の人が「あの子は大変みたいだから」と、私をそっとしてくれました。でも、私の本当の望みは「悩みを聞いてほしい」ではなく、「友達になって欲しい」だったので、結局悩みによって一時的に人に構ってもらうだけで望むような友達にはなれない事が苦しく、あんまり心も癒されませんでした。

それなのに、それ以外の手段はやはり私の中には無いのでした。そんな蓄えは無かったのでした。そして、手段を蓄えることも難しかったのでした。

転機

そんなわけで、私は、自分が自殺しようと企てるまで、悩みを誰にも話せないという人たちの気持ちが全くわかりませんでした。悩みを話すことでしかコミュニケーションをとれなかった私ですから、無意識のうちに「私からそれを取ってしまったら人との繋がりが無くなる」と思っていたのかもしれません。もしかしたら、不器用すぎてそれしかできなかった私の場合は、悩みを話すことは「自らが対人社会で生きるために必要不可欠なこと」であり、そうでない人の視点に立てたことはなく、それが故に理解できない感覚だったのかもしれません。

ようやく自分もそういう気持ちになれたのは、自殺を決意し、計画し、実行に移したときでした。

誰にも言いませんでした。誰にも言いたくありませんでした。

今までは、人との繋がりを求めて自己開示をしていたものが、死を決意したことで、人との繋がりが不要になりました。生きるために自己開示する必要に迫られることは無くなりました。だって、もう死ぬのですから、人と繋がっても仕方ないのです。無理に人と繋がらなくても、もう寂しさからも解放されます。

その時、心に安心を覚えました。

【私でも、ちゃんと人に悩みを話したくないと感じるんだ。そして、話さない選びができるんだ。私は普通になれたんだ】

【これで、もう誰にも変に思われなくなるし、誰にも迷惑をかけずに済む】

、、、

私の自殺を止めてくれたのは、当時ボランティアで教えていた6人の子供たちの記憶でした。

私には子供たちがとても大切でした。彼らに【先生が死んだ】という事実を残してはいけないと思いました。知らされるのがいつになっても良い気持ちは受けないだろうし、万が一すぐに知ってしまった場合など、心に大きなトラウマを残す恐れもあります。純粋で無垢で愛する彼らに、そんな重荷を残したくないと思いました。

そんな気持ちになったとき。私は死ぬのをやめました。

とはいえ、不器用さは残る

死ぬのをやめ、今までの自分は死んだと思って新しい人生を歩み始めたとき。世界が少し違って見えました。

でも、違って見えたのは世界だけでした。私の性格やクセや病気や悩みやコミュニケーション能力など、私を構成するものはなにもかも(当たり前ですが)死ぬ前とあとで劇的に変わるなんてことは無く、私は私のままでした。

ただ少しだけ変わったのは、死のうとすることは割と簡単だったことから、「いつ死んでも良い、いつでも死ねる」という死への覚悟と、「どうせ死ぬならその前にあれぐらいは試しておきたい」という、死ぬために生きる計画を立てる発想を手にいれたこと。

どんなに怖くて踏み出せないと思っても、「まあ、無理なら死ねば良いから」と死ぬ気で未知の世界に飛び込むそのエネルギーは、ビクビク怯えながら生きていた頃の私とは確実に違っていました。

死ぬ気で生きることにした私には、妨げになるものなど無くなりました。恐怖という気持ちにさえ、何度負けても再び自らを奮い立たせるエネルギーが湧いてくるようになりました。自分の中の常識を破り続けるエネルギーが湧いてくるようになり、どんなに失敗して心がおれてカッコ悪くても、死にたい気持ちにどんなに囚われても、「今死んでもいいけどどうせ死ぬならもう少し限界まで生きてみたい」と、簡単には死んでしまいたくない気持ちを持てるようになりました。

そして、それこそが、当時の私が変化するために最も必要だったものでした。

本当に必要だったのは

私は、自信がない事がいけないんだと思ってました。

自分を責める気持ちがいけないんだと思ってました。

死にたくなることがいけないんだと思ってました。

病気なことがいけないんだと思ってました。

コミュニケーション能力の低さがいけないんだと思ってました。

恐怖を感じることがいけないんだと思ってました。

でも、本当は違いました。私は自信がなくても、自責の念にとらわれることが多くても、死にたくなっても、病気でも、コミュニケーション能力が低くても、色んな事に恐怖を感じては体調を崩しても、そんなのは全く「いけないこと」ではなく、むしろそれは今の私の長所になるほどの「大切な気持ちや感覚」でした。

つまり、私の変化に必要な妨げになっていたのは、全然そこではなかったんです。

【自分の意思で自分の行動を選び、自分でその責任を取るという決死の覚悟】

と、

【それができない自分を許す逃げ道】

それこそが、当時の私に足りなかったものだったのでした。

 

決死の覚悟をしたあとの私は、【できなければ死ねば良い】という逃げ道に支えられながら、何度も新しいことみ、不器用に失敗しては反省を繰り返し、死にたくなっては死にたいなあという気持ちに浸り、逃げたいときは好きなだけ逃げ、その後は好きなものを選ぶようになり、自分の決意を守り続けられなくても、心の変化に気付いては、変化した心に合わせその都度歩みを修正していく人生の方が生きやすいだと気付いては許し、気付いては許し、どんどん生きやすく変わっていきました。

そうやって生きてるうちに、心から好きなものや気になるものを選ぶようになり、趣味だと思えるものができました。趣味の話をすることで同じものを好きな人たちが寄ってきて居心地の良いつながりが得られることとか、親から「よくない」と言われプレッシャーでずっと押さえつけていたけれど本当は好きだった趣味も見つけたし、これからもどんどん新しい自分の人生を開拓していくであろう希望と喜びも感じるようになりました。

そんな今では、以前の私は趣味が無かったのではなく、私の好きなものが親の「これはよくない」というプレッシャーの下にあるものが多すぎて好きな気持ちを自分に許せず、表に出せ無かっただけなんだなあと思っています。いい子で居るためには、自分の欲求よりも親の要求を汲み取って呑むことが大切でしたから。

それが、だんだん親の要求よりも自分の欲求を大切にできるようになってきて、自分の好きなものを選べるようになり、自然と話題の引き出しも増えていった結果、心地よい友達もだんだん増えていったのだろうと思います。

それまでは悩みの自己開示でしか取ることのできなかったコミュニケーションが、そうではない、趣味や好きなものの話で心地よい時間を過ごすことができるようになり、友達が増えました。

それだけでなく、辛いながらも自己開示し続けていた事が功を奏した面もあり、こうしてブログに赤裸々に気持ちを綴ることや、色んな人に自己開示をすることで得られる不思議な繋がりの心地よさも知ったので、自己開示する部分とそうでない部分を選べるようにもなってきました。

私の出会いは一期一会

そんな今、感じていることは、私の出会いは一期一会なものが多かったし、これからもそうなんだろうなあということです。

初対面の女の子を家に泊め彼女の悩みを聴くことで、とても深くて濃い時間を過ごすことができたこともありましたし、1度しか会っていない子を次に会うときに家に泊め、彼女の悩みを聞いたり私の悩みを話すことでお互いに癒されたこともありました。どちらも、その一度きりで、あとは全く連絡を取っていません。いつか運命が重なることがあればまた会えるといいな、と思っていますが、そんな瞬間が来るかどうかもわかりません。そういう、1度だけ深く繋がって「またいつかどこかで会いましょう」と別れる出会いが私の出会いの殆どを占めています。(そんな人たちとどこで出会うかって、ココトモハウスや、職場や、教会や、自分が生きてるコミュニティすべてでなぜかそういう出会いに重なります。)

また、たまーにしか会わない友達と気が向いた時に約束を作り、会うことで、2-3時間軽く近況や悩みを語り合うこともあります。女の子なら泊まりで、男の子ならご飯で、がスタンダードな会い方かな。そして、一緒に過ごした時間でその時のお互いにとって有益な心の変化をもらって帰ったりとか。そういう人たちとは普段から連絡を取るわけではないけれど、図らずとも偶然会ったりして、今度話す時間を作ろう!となる事が多いです。多分これからも定期的に会うことになるんじゃないのかな。その人たちには数ヵ月先にまた会える気がします。

普段からよく連絡する友達は本当に一人か二人しか居ませんし、その人たちとも意識して連絡を取るわけではないので私の中では皆近いようで遠い存在たちなのですが、フッとタイミングが重なり会うことになった時に悩みで繋がると、癒される経験になる事が多く、また私の友達も少なからず心のどこかで私にそういうのを求めて会いにくるんだろうなとも感じます。

そして、その繋がりが心地いいです。

また、最近では、そうして繋がった人たちと趣味でも繋がったり、悩みに関係なく遊びに行ったりすることも出てくるようになり、だんだんと心を許せる友達のような感覚になってきました。

その「友達」もまた、心地いいです。笑

きっと、私の基準は人と違う

多分、私の無意識の世界では【悩みが話せる=深い友達】では無いんだと思います。だって、私の悩みや過去の話は、その気になれば誰にでも話してしまえるから。

でも、何度も気軽に遊びに誘えたり誘われたり、定期的に連絡を取り合うような関係を築くことは私にとって難しく、それでいて長らく求めていた関係でもあるので、そういう友達の方が心の距離は近く「特別」だと感じていると思います。

周りの価値観は、どちらかというと悩みを話す事が深い友達になるのかな?わかりませんが、もしそうなら私は人とズレています。

今でも傷付くのは

きっと、今でも「悩みを話せるなんて羨ましい」と言われ傷付くのは、最初にも書いた通り”あなたは普通じゃない”というレッテルを貼られているように感じるからなのでしょう。そしてそれは、人と同じで居なきゃという意識が私のどこかでまだ働いていることを意味します。

また、「悩みを話せるなんて羨ましい」と言われることで、以前の自分を思い出し、私は【コミュニケーションの取り方がわからず人に悩みを話してしまう自分】よりも【悩みを話さなくても人とうまく繋がれる人たち】の方がどうしようもなく羨ましかったいう気持ちが蘇ってくるのでしょう。

そして、その心の傷はまだ癒えていません。というか、こんな心の傷があったなんて、このブログを今書いてみて初めて自覚しました。でも、今自覚したからこそ、これから少しずつ心を癒しの方向に向けていけるといいなあと思います。

終わりに

私の自己開示についてのお話は、いかがでしたか?

私は結局、前よりは器用になってきたけれども、まだまだ不器用にしか人と繋がれません。自己開示してしまうことのメリットよりも、デメリットに目を向けては落ち込んでしまうことだって多いです。

こんな不器用な私にも、今は、好きだと言ってくれる&自分も心から好きだと思える友達が居ることが、本当に不思議です。

これからも、こんな感じで心の傷を見つけては癒し、見つけては癒し、元気な心になっていけるといいなあ。

 

皆さんの心の傷はなんですか?

それはどのようなものですか??

 

心の傷は、まず自覚することから癒しが始まると思うので、よかったら分析してみてください(*´-`)

 

では、次回のブログでお会いしましょう!

 

キュウ

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全2件のコメント

  1. キュウ 2016/11/12 20:57

    artさん、コメントありがとうございます。
    私の記事がartさんの心のモヤモヤの助けになれたこと、本当に嬉しいです(*´-`)

    私もまだまだモヤモヤの途中で苦しいこともたくさんありますが、artさんのコメントで私も励まされました。記事に共感してもらうことで一人じゃないよと私を認めてもらえた気がして。こういう出会いも本当に嬉しいです。

    コメント、本当にありがとうございました。

  2. art 2016/11/12 20:11

    読ませていただきました。読んでたら途中からなぜだか涙が出てきました。私は嫌われたり重いと思われたくなくて、友達はもちろん家族にもなかなか悩みや考えている事を打ち明けられません。今もそうです。気軽に遊びに誘える友達が一人もいなかったという部分を読んだ時、自分も同じ状況であることに気づきました。読んでいて、凄く、心に響いてきました。自分の中にあったもやもやしたものが少しすっきりした気がしました。

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