認められることと、タイミング

父親の還暦祝いで、実家に帰りました。

母親と話す機会がとても多くて、今日こんな話になったんです。

もちろん、実名で私を呼びますが、ここではオハナにします。

『オハナはこれまでの人生で、人間関係に色々苦労してきたからこそ、人間関係でうまく立ち回ってることがあると思う。

一人暮らしだから心配だし、前向きに生きる為にも、これまでのことをネガティヴに思ったり、後ろ向きな気持ちになることなく、生きていって欲しい。』

この言葉は、とても喜ばしい言葉だと、思います。

転職に対しても不安を煽ってきたら、認めてくれなかった母親が、私が転職を繰り返してきたことや、頑張って生きて来たことを、認めてくれたのだと、私の頭では理解しました。

理解、はしました。

でも、とても憤りを感じ、正直、イラっとした自分がいました。

本当は、もう少し長くこの話をされて、今後の生き方を私に説いて来た母親。

でも、黙って聞いていられない位、ムカついていました。

なぜだろう?と自分に凄く疑問を持つと同時に、すぐに1つだけ、とても強く感じた思いがあります。

「今更?」と。

社会人になって8年程。治らない症状もありつつ、仕事をしたりしなかったりを、繰り返してきました。

私にとって、私の捉え方が悪かっただけの事もあったとしても、私にとってこの8年は決して思い出して気持ちの良い時間ではなくて。

恋愛したり、楽しかったことはあったけれど、『安心感』とか、『私は休んで良いんだ』と思ったことなどは、贅沢なのかもしれないけれど、一度もなくて。

口に出しては言いません。でも、私の問題以外にも、親の接し方にも一因があったと、今でも思っています。

認めてくれたことは、嬉しかったです。確かに。

でも、私にとって、それを今言われたところで、時間は戻せません。

体が完治していないことも、今の仕事で体をかなり壊していることも言えないので、私にとっては、全てを過去にして、100%前向きに生きることは、まだ出来ないのです。

母親にとっては、私と色々あったことも、私が仕事を繰り返したことも、それをあまり理解出来なかったことも、過去なのです。

過去にして、前を向いて歩いていく。

そんな前向きな意見を、なぜか私は、受け容れることは出来ませんでした。

むしろ、受け容れるどころか、

『5年前、いや、7年前に、最初の仕事を辞めた時にそんな風に思ってくれたら、私の体は今、少しは違っているんじゃないか?こんなに自信を失くすことも、こんな風に未だに残るものがあることも、なかったんじゃないのか?』と。

不思議なもので、諦めた相手に、時間が経って受け容れてもらっても、自分がその時、その苦しかったことを本当に活かせていたり、過去のものとしてきちんと消化出来ていたり、または完治していなかったり、そうしていなければ、いくら相手が

『まぁ昔は色々あったよ。今はあなたの行動とか受け容れてる。仲良くしようじゃないか?』

みたいなこと言われても、握手が出来ないんです。

私にとって、過去は過去だけど、残るものがあって消化しきれていない以上、全部まだ過去には置いていかなくて、『今』に残っていて、そのものに苦しめられることがあるんです。

その事実を話せない以上、仕方のないことだし、しょーがないのだけど、変な話、母親の友好条約?みたいな握手に、笑顔で手を出せなかった自分が、なんだか疑問で、気持ち悪くて、変にストレスに感じたんです。

転職者が私以外いなかった我が家。人ごとだと思っていた、鬱、や転職は、私しか経験していません。

母親も、ストレスだったでしょう。当たったことも、あります。

今は一人暮らしで生きています。適度な距離感だと思っています。

母親と、私のタイミングは、見事にすれ違いました。

申し訳ないと思いつつも、あまりに腹立たしくて、少し本音は言ってしまいました。

私は、あなたや、家族が思っている一般論が、正解だと思ってた。

転職はあまりしない方がいい、3ヶ月無職期間があるとやばい、転職回数が多いとヤバイ…ネットにも情報はあったし、恐怖と焦りを何年も繰り返しました。

そんな時にもし、『これまでの経験を活かして、あなたはちゃんとやっている』と、今回のように認めてくれていたら…。

でもそれは、過去の話です。

『でも過去は変えられないんだから、しょーがないじゃない。今更何に囚われてるって言うの?』

それに対して、本音を、事実を言えない私は、この先母親と話を続けることは出来ませんでした。

いつか、全てが終わった時、私の中で過去になった時に、母親に話す事は出来るでしょう。

でも今、事実を話して、一緒に解決策を考えてもらったり、共感を得ることは、出来ません。

なぜなら私が、もう諦めてしまっていること、信用していないこと、それが、浮き彫りになったような、そんな出来事だったような気がします。

世間では、親と仲良くしないこと、認めていないこと、信用していないこと、分かり合えないことを、『悪』だと思う理論が、沢山あります。

間違ってはいないと思います。

でも私は、別に仲良くないことも、諦めていることも、信用していないことも、悪いことだとは思いません。

一人一人の人間なんだ、と思えば、その人と合わないことは、自然だと思います。

友人と合わないことを、すごく責める人はいないと思います。

でも、親とは、血縁関係があるゆえに、分かり合えてないことは、いけないことだと言われたらします。

でも、人だから。頑張っても、無理にやっても、出来ないことは出来ない。

いつしかそう思うようになって、私は逆に楽になりました。むしろ、これを思ってから、優しく接したりするようにもなりました。

求めたり、執着したり、どうして理解してくれないの?と思ったことは何度もあります。

今回理解してくれたことも、タイミングが合わなかったけれど、私の生き方が間違いじゃないと受け容れてもらった機会であることは、ある意味事実であって…。

今、憤りや怒りを感じていても、5年後、10年後は、誰にも分かりません。

今は、これで良いと思ってます。いずれ、真逆の気持ち、真逆の関係として、信頼関係を結んだとしても、それならそれでも良いと思っています。

今こうなっている事実を、自分や、誰かに、『それはダメだ!』と否定されることが、ある意味1番辛いと思うかもしれません。

親と子の関係は本当に難しい。でも今こうしていることや、自分が思っていることを、せめて否定だけはせずに、受け容れて、冷静に見ながら、時間をかけようと思っています。

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オハナ
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初めまして。 オハナと申します。 ライフチェンジカウンセラーとして、自信がない人や、生きにくさを感じている人…そんな人を笑顔にしたり前向きにしたりする仕事をしています。ココトモの次のステップを後押しするチャレトモのほうでは、キ...

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