ブラコン克服への第一歩

こんにちは!アイスです。突然ですが『ブラコン』について、皆さんはどう考えていますか?

今日は私の実体験に基づいたブラザーコンプレックス(略してブラコン)についてお話ししようと思います。ブラコンとは、男兄弟に対して強い愛着・執着を持つ状態のことを言います。

私には3歳年の離れた兄がいます。私は兄が好きです。実の兄に対して、一方的な片思いをしていました。この気持ちに気づいたのは、いつだったかは覚えていませんが、幼い頃から兄のことが大好きで、いま現在でも兄のことが好きです。

私は物心つく前から、兄のことが好きだったのだと思います。幼い頃は兄と一緒に遊び、兄のお下がりを喜んで着るような女の子でした。今でも兄の着なくなった服を貰っては、どうコーディネートをするか、自分の持っている服に合うのか?など考えている時間が楽しくなっています。

兄はいつも私に優しく接してくれました。兄弟喧嘩も勿論したことがあります。喧嘩のきっかけは、いつも些細なことで、私は喧嘩に負けると、いつも大声を出して泣いていました。

兄が小学生になり、運動系の習い事を始めると、親は兄に付きっきりになりました。私は親に兄を取られたみたいに感じ、親が兄を習い事に送迎するたびに、私は親について行って、兄の習い事の様子を見ていました。そこに居た兄の姿は、いつもよりキラキラとかっこよく輝いて見えました。兄の同級生は、私のことを可愛がってくれました。兄の同級生に名前を覚えてもらえるのが嬉しくて、私も「兄と同じ習い事をやりたい」と思う気持ちが強くなっていきました。

私は小学生になると、親に頼んで、兄と同じ習い事を始めました。少しでも長く兄と一緒に同じ時間を過ごしていたかったのです。私の目標は「兄のようになりたい」となり、習い事に励む日々が続きました。その時、初めて挫折を味わうことになるとは思ってもいませんでした。

私は「兄のようになりたい」と習い事を頑張っていましたが、どんなに努力をしても、兄に追いつくどころか、差は広がっていきました。当たり前のことですが、兄は私より3年早く生まれていて、しかも兄は男の子なので、成長と共に現れてきた、性別の差やどんなに変えようと思っても、変えることのできない『3年、歳が離れている』と言う大きな事実にぶち当たりました。

月日は流れ、兄は中学生になりました。兄は小学校を卒業すると同時に習い事を辞めると、私も兄の後を追うように、習い事を辞めました。私の目標は前述したように「兄のようになりたい」だったので、兄が習い事を辞めた今、私は目標とする人物がいなくなり「兄がいない習い事は、続けても意味がない」と感じ、習い事を辞めたのでした。

兄が中学生になると、今まで(私が小学校低学年の頃までは、喧嘩もしたけれど、仲良く遊んでいた頃)のように遊んで貰えなくなりました。兄が勉強や部活で忙しくなると、今までとは接し方が変わってきました。私は兄から構ってもらえなくなり、とても寂しかったのを覚えています。

兄は中学・高校と運動部に入りましたが、私は中学・高校とも文化部に入りました。兄のように運動できないと知った小学生の私が「兄とは違う部活に入りたい」とそう決意させました。

しかし、運動だけではなく勉強面でも、私は兄のことを意識していました。兄は中学生の頃、学校の成績が悪くなると塾に入りました。私は塾に入るのが嫌で、勉強を頑張ったのを覚えています。今思えば、塾に入った兄のことを少し軽蔑していたのでしょう。まるで「勉強のできない兄と私を一緒にしないで欲しい」「兄と私は違う」と周りにアピールしたかったのだと思います。私が兄と学力を比べているだけで、周囲の人は誰も兄とは比べず、私を見てくれていました。

兄が高校生になると、勉強や部活でお互いに忙しくなり、口数が次第に減っていきました。兄は学校のことを一切話そうとしなかったし、私は学校のことを聞けなかったので「兄が学んだ学校に行って、兄が見た景色を見たい」と言う思いから、次第に私の志望校は、兄の通っている高校となりました。それでも、兄と比較されたくなかったので、同じ高校の兄とは違う学科に入学しました。そこで得た物は「私は兄とは違う方向に歩みを進めていいんだ」と言う確信へと変わりました。

それでも、私は自分が信じた道を歩いていく自信がなく、兄の後ろを追いかけようとしました。兄というお手本を見ながら、後ろをついて行く方がずっと心強かったのでした。兄が大学に進学すると、私も同じ大学に行きたいと思い、進学の準備を進めていましたが、受験で思った通りの結果が出ず、専門学校に入学し、大学に編入する気持ちでいました。

兄は大学を卒業して、社会人になりました。そこで私は「兄のいない大学に通っても意味がない」と思いました。ここに来て、ようやく私は兄が大好きで、兄の後を追いかけて生きてきたことを、ハッキリと自覚しました。

私は兄が大好きで、幼い頃は何でも兄がやったことをやりたがり、同じ習い事を始めたり、兄が見た景色と同じ景色が見たくて、同じ漫画を好きになったり、同じ高校に入学したりしました。

『私は兄になることができない』と言う想いは、所々でありました。中学生の頃は兄のようには、なれないと気づき、意識的に反抗しました。高校生の頃は、兄になることができないのならと開き直り、兄が経験したことを経験したいと思っていました。今思えばストーカーのような行動をとっていたのかもしれません。兄が大好き過ぎるあまり、周りが見えていなかったのだと思います。

私は「兄が好き」だと自覚しつつも、兄のようになりたいと思っていました。でも、兄のようには、なれませんでした。いつしかは私は「兄のようになりたい」という気持ちが大きくなり「兄になりたい」とすら思っていました。何でもできる兄が誇りで、憧れで、大好きでした。

兄が私のことを、どう思っているのかはわかりませんが、私は一時期「兄がシスコン(シスターコンプレックス=女姉妹に対して強い愛着・執着を持つこと)だったらいいな」と思っていました。兄が私に対して、妹のことが大好きで、いつもしつこいぐらいに構って欲しかったらいいなと思っていました。でも、その考えは間違っていました。いつも構って欲しかったのは、私の方で、私が兄のことを大好きでいました。兄が私を(家族として、兄弟として、はたまた恋愛的な意味で)好きだと思うことで、自分の気持ちを正当化しようとしていました。「兄が私を好きなら、仕方がないよね?」と上から目線でいました。

過去を振り返ってみて、もう一つの出来事に気づくことができました。それは、私が好きになった男の子は、兄の代わりとして好きだったと言うことです。なぜなら私が好きになった人は、年上で、優しく接してくれて、雰囲気が兄と似ていて、思わず「お兄ちゃん」と呼びたくなるような人を自然と好きになりました。

私は『兄が好き』だと言うことを自覚していたと思っていましたが、このブログを書いていて、途中心が苦しく、押しつぶされそうになりました。私は自分が自覚している以上に、本当に兄のことが好きなようです。それでも、私は兄という枠を超えてまで、恋愛的な意味で兄のことを好きではないと気づきました。

私にとって、兄は今まで一緒に過ごしてきた大切な存在であり、心の支えで、大げさに言うと人生の道しるべだと思っていました。そんな兄を嫌いになることは、いつしか自分の中で侵してはいけないタブーとなりました。兄は完璧な人、神様などではなく、ただの人間なので「兄のこういう所、嫌いだな」と思える部分だってあります。私は、きっと兄の嫌いだなと思える部分を認めたくなかったのだと思います。そうして、兄の良いなと思える部分だけを美化して、私は兄を過剰なまでに大好きでいたのでした。

これからは、自分の理想像を兄に押し付けないように、兄に執着することなく、唯一無二の存在である自分自身、そして兄のために、自分の意思や兄の意思を尊重していけるようになりたいです。

兄弟・姉妹のことで悩みがある人や恋愛に悩みがある人は、いま一度ご自身の過去を振り返ってみてください。新たな発見があるかもしれません。

長い間お付き合い頂き、ありがとうございました((。´・ω・)。´_ _))ペコリ

アイス

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