私にとっての『親友』

こんばんは、オハナです。

先日、色々訳ありで離れていた幼馴染から、連絡がありました。

詳細はすごーく昔に書いた気がするけれど、本当に書きたいことが長くなりそうなので割愛。

その友人とは、ごちゃごちゃしたことがあった中で支えてくれていたけれど、結果迷惑をかけて苦しめてしまったり、また私が地味に苦しんだりして、今思うと思ったよりも価値観が違っていたり、生きる方向性や志向がかなり違っていたように感じています。

当時はかなり一杯一杯だったので、今でこそ何と無く思う事ですが…。

その友人からは、何気ない連絡で、特に深くは話していません。

「久しぶり、元気?」というありふれたやり取り。

子供が実は産まれた、という報告。

妊娠も出産も、なーんにも聞いてませんでした。が、この連絡が遅めに来たのは、私に要因があるので、連絡が来た時に、多分その報告だろうな…なんてことは分かっていました。

「家族みんな、体調気をつけて」

そんな気遣いをしつつも、もうあまり迷惑をかけたくなかったし、自分で仕事をしようとしていて、会社というものへの考え方が違い過ぎているところなど、多々色々あって、やんわりと連絡を途絶えさせた私なのでした。

はい、本題はここから。

このやり取りの前に、最後にやり取りしたのは去年夏。

そこから1年以上経ち、私は見た目はともかく、中身は大きく変わりました。

仕事、メンタル、体調(は割と良くなったけど)、考え方、価値観、知識、お金との付き合い方、などなど…

自分の価値や存在を、昔より大きく見られるようになりました。

シンプルに言うと、自信がついた。

自分のことを好きになった。

と言うより、その事がいかに人生において大事であるかを、きちんと納得して理解した。

ということが、本音です。

劣等感、無価値観、それは親との関係から生まれたものでもありましたが、幼馴染(親友)とのやり取りでふと過去を振り返って、今の自分を省みて、気づいた事。

私が無価値観を自分に感じていたのは、親友のほうが頭が良くて機転が利いていて、素晴らしかったからだ。

とても悪い言い方をすると、親友の出来が良過ぎて、自分の頭の悪さがとても誇張されているように思えた、ということでした。

勉強が出来たり、英語が出来たり、先読みが出来たり、気を遣えたり…。

でも、私はそこまで出来ない…。

そう、周りの出来が良過ぎた。。。

一時期は、親友の言う事が間違っている訳ない、とすら思っていました。

私のほうが、間違ってる。

私のほうが、出来ない。忍耐力やうまく世の中を渡る能力がない。

私の劣等感は、悲しいことに、大好きだった親友が作り出したものでもありました。

私の支えであった存在は、私の劣等感を悪化させる存在でもあった。

親友がとても頭が良くて、世渡りが上手いというのは、私の勝手な捉え方によるものであるかもしれません。

でも、私には素晴らしい存在に思えました。

私は、親友からもいじられることが多かったし、褒められる事もありませんでした。

強いて言うなら、「オハナのそーゆー天然なところ、良いと思うよ。」「その明るい雰囲気良いよ〜。」とたまーに褒めるくらい。

なんか…仕事で役立つ訳でもないし、頭が良い印象を受ける褒め言葉でもない。

明るくても仕事が捗る訳ではない。

私が欲しかった能力や要素とは、かけ離れた言葉が多かったんです。

理想の言葉を言って欲しい、なんて、わがままかもしれません。

でも、褒め言葉よりいじりのほうが圧倒的に常に多くて、尚且つ機転良さとか毎回見せられたら、そりゃあ劣等感も強まる訳で…(特にその時の私の場合)

先読みが得意な人は、頼れるしとても居心地が良かった。

でもその代わり、私が自分を貶める機会も、増やして行っていたのではないか?

悲しいけれど、そんな真実に気付いてしまいました。

今、親友の性格を思い出しても、そんな風に劣等感は感じていません。

別に、親友はそんな事を私にしようとしていた訳でもない。

その時の私は、そのカラクリに気付いていた訳でもない。

離れてみて、久々にやり取りを交わして、こうして年月が経ち、私が変化したからこそ、気づいた事実。

彼女には、色々助けてもらい、深く感謝しています。

やり取りを今後していくのか?縁が完全に切れてしまうかどうかは、風の流れに身を任せようと思っています笑

あの時一緒にいて、自分が心の奥深くに感じていた劣等感。

あの感情は決して良いものではなかったけど、素晴らしい親友のように、私も機転の利く人とか、目指せるもの、真似出来るところがあったら良いな。

そんな風に、今は思います。

今の感情としては、親友に妬みとかそーゆー負の感情はありません。

あの時は、もしかしたら心の奥底の劣等感とともに、そういった感情も、あったのかもな…

彼女は、子供をとても欲しがっていたので、無事産まれて安心しました。

親友がこの先、家族含めて幸せになってくれることを、今もこの先も、私は祈っていると思います。

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初めまして。 オハナと申します。 ライフチェンジカウンセラーとして、自信がない人や、生きにくさを感じている人…そんな人を笑顔にしたり前向きにしたりする仕事をしています。ココトモの次のステップを後押しするチャレトモのほうでは、キ...

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全4件のコメント

  1. オハナ 2017/09/16 23:54

    ぬいさん☆
    その通りな気がします。
    相手のことを大切にするには、まず自分のことを…。私はそれが分かりませんでした。ううん、知らなかったのかも…本当の意味で。やり方も知りませんでした。
    だから、きっと今だからこそ、色々分かったのだと思います。
    自分を信じることで、本当に誰かと信頼関係を築くことが出来るかもしれませんね。
    なんだか今回のことは、色々と身に染みて分かったことのような気がします。

  2. ぬい 2017/09/15 20:48

    相手のことを大切するためには
    まず自分のことを大切にできること
    私はそんなふうに思います
    なかなか自分を大切に思えるようになるのは難しいのかもしれませんが
    自分を信じられるようになると
    もっと相手と深い関係になれるのかもしれませんね

  3. オハナ 2017/09/14 15:14

    アンデスメロンさん
    親友って難しいです。
    近いからこそ色々他の人には抱かない感情を持ってしまったり、それがいつの間にか依存になってしまったり…。
    難しいですよね…(^_^;)

    親なんだからもう少し〜してよ‼️親友にも同じ気持ちを抱いたりしたこともあったのかもしれません。
    私の劣等感も、案外独りよがりな気持ちから来ているものだったのかもしれないけれど、そんな関係から脱出出来たらご縁、それで苦しく別れてしまったらそれもご縁がなのかなぁ?と思います。

    今回ブログにした親友は、他の理由もありますが、後者のほうになってしまうかな?

    仲良い人なのに、難しいですね…

  4. アンデスメロン 2017/09/11 20:14

    オハナさんこんばんは。

    親友とは、こういうもの、親友ならこうすべき、それを破るなんて許せない、私が思い付くことです。以前はこんなことばかり考えていて苦しい気持ちが大半でした。

    オハナさんは、劣等感を感じておられたのですね。劣等感も辛いですよね、いっしょにいると。

    私は…
    いっしょにいても、携帯ばかりさわっていたり、メールの返信がなかったり、急に避けられてる気がしたりして、すごく寂しくて辛い思いをしました。でも、あとから思うと、とても1人よがりだったとなぁと笑

    親友って難しいですね。

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