私のあがり症体験記

080612

こんにちは、鷹れんです☆

今でこそこうやって自分の考えや経験を皆さんに向けて発信したり、大勢の人とお話している私ですが、実は中学3年生の夏くらいまでとてつもないあがり症でした。
今日は、そんな私があがり症を克服してこんな立派な(?)ブログを書くにいたった経緯をお話させていただこうかなと思います。

そもそも「あがり症」ってなに??

私のことを話す前に、あがり症について少しだけ説明させてください。
あくまで私個人の見解・意見ですので、「あてはまる!私はあがり症なのかも…」と過度な不安をもったりする必要はありません。専門的な知識を得た人などからすると「うにゃ!違うぞー!」「物足りん…」と感じることがあるかもしれませんが、なにとぞご容赦くださいませ(>_<)
そんな考え方もあるのね~くらいのゆらりとした気持ちで読んでいただけたら嬉しいです(*´`)

どこまでが「緊張」でどこからが「あがり症」?

まず「あがる」というのは、誰にでもあります。
人前に出るとき緊張したり、初対面の人と会話するときに落ち着かなくなったり。特定の状況で感じる不安のことを言います。

あがり症は、それに伴った身体的な症状(例えば赤面したり体が震えたりどもったり)があります。
まわりの人から見えやすくて、それゆえ本人が気にしてしまいやすくなり、深刻化しやすかったりします。

「これができなかったらあがり症」「この症状が出たらあがり症」というような明確なラインは、あがり症にはありません。
特定の場所や状況において緊張や不安をどれほど感じるのか。体に症状やサインがどれくらい出てくるのか。それによって日頃の生活にどれくらい影響が出るのか…そういったものの総合的な判断になるようです。

あがり症になる原因とは

上で書いたとおり、あがり症の人たちが感じる不安や緊張は特別なことではありません。どんな人でも一定は感じるであろう、ごく当たり前の感情です。
そのため、あがり症になってしまう「原因」もなにも特別なことではありません。
また、一概に全て同じケースとは言えず、なにかの体験をキッカケにあがり症になる場合もあれば、生まれつきーなんてこともあります。具体的なキッカケはなかったけれどいつのまにかなってた、なんてこともあるのではないでしょうか。ちなみに私は一番最初の「体験をキッカケ」としてあがり症になったタイプです。
では具体的に、どんな体験がきっかけになるのでしょうか。いくつかあげてみますが、もちろんここに当てはまらないこともあります。書いてあることと同じ経験をして同じ気持ちになってもあがり症にならないケースもあります。

  • 集団の前でのスピーチなどで失敗をした、あるいは「失敗したらどうしよう」という気持ちが生まれた
  • 誰かに陰口を言われた、いじめられた
  • 人前で怒られたなど、批判的行動をとられた
  • 相手に嫌われたくない
  • 「自分の価値」「自己肯定感」などが育てられなかった

具体的な体験もあれば、感情などの抽象的なものもあります。

あがり症の「身体的症状」

お話したとおり、あがり症には身体的症状が伴う場合が多いです。
そしてこれも特別なものではありません。もちろん、当てはまらないこともあるし、ここに載っていない症状がでることもあります。

  • 手足が震える
  • 心臓がドキドキする、胸が締め付けられるような感覚
  • 体が硬直する
  • 汗をかく
  • 頭の中が真っ白になる
  • 口が渇く
  • 頭痛や腹痛、吐き気
  • 声が震える・出なくなる・どもるなどいつも通り喋れなくなる
  • 赤面
  • トイレが近くなる
  • めまい、失神    etc…

ざっと11項目挙げてみましたが、いかがでしょう。
「え、そんなことになるの?!」と驚いたでしょうか、それとも「そんなもんなの?」と感じたでしょうか。
あがり症は、だいたいの場合が、不安や緊張などの心のストレスとこれらの症状がセットになっています。
具体的な治療法は、「心の病」のひとつとしてとてもデリケートな要素もありますし、その人の程度によっても変わってくるものですので、ここでは割愛させていただきます。

続いてお書きするのは、私の体験談。
あがり症になった原因、「あがり症かも」と思ったきっかけ、克服した方法などを書かせていただこうかと思います。もちろんこれも全ての人が共通するものではないので、あくまで参考までに、「へぇ、そんな風に考えてたのかぁ」くらいのゆるっとした気持ちでお読みいただけると嬉しいです(*´`)

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私の話

あがり症になった原因は、先生とクラスメイト

さてさて、ここからは私の話。あがり症だった私が、当時どんなことにストレスを感じていたかというと、

  • 複数人の前で話す
  • 目上の方からの突然のフリに対応する
  • みんなの前で叱られる
  • 人前で絵を描いたりなにか表現をする
  • 社交的な集まり(同窓会とか新年会とか)に参加する

ざっとこんな感じ。もうだめ、無理無理。心臓バックバクで冷や汗とまらなくて頭真っ白。
これ以外にも、色々あったけれど、色々ありすぎて忘れてしまいました。
赤字にしたものは特に苦手でした。その場から逃げ出したくなって、でも足が思い通りに動かないというか。震えが止まらなくなったり。

しかし物心ついたときからあがり症だったわけではありません。緊張しいではあったし、元々「人前で表現すること」は苦手だったけれど、あがり症ではありませんでした。

原因1.先生

まず最初のきっかけは先生でした。小学生の頃でしょうか、「みんなの前で叱る先生」に出会ってしまったのです。
当時、私の通っていた学校には「朝の会」というものがありました。朝、始業前に教室で、当日の予定を確認したり、お昼の呼び出しがされたり、先生がお話されたりする時間でしたが、その中で毎日「スピーチ」の時間がありました。
日直の2人が、テーマにそってスピーチをするのです。

元々緊張しいだった私は、毎回当番になる度台本を用意して、「話す」のではなく「音読する」感覚にすることで自分の緊張と付き合っていました。
けれどある日、あろうことかその台本を家に忘れてしまったのです。不安でしかたなかったけれど、作り直す時間はない。
何度も何度も読み返したから内容は頭にはいってる。大丈夫。大丈夫。大丈夫…。
そう自分に言い聞かせながら、黒板の前に立ちました。

結果、私は無事に話しだせました。直前まで感じていた妙に大きな心臓の音はいつものテンポで命を刻み、声は震えるものの頭の中にある台本の通り喋ることができました。
けれど、無事に話し終われはしませんでした。何故だが、急に涙がでてきてしまったのです。今でもなにが理由でかはわかりません。気づかないうちに緊張がたまって破裂してしまったのか、30人の視線が痛かったのか、他に理由があるのか、それとも理由なんてなにもないのか。
涙を流す私に、クラスメイトたちは怪訝な顔。あぁ、みるみる視線が怖くなっていく。怖い。帰りたい。逃げ出したい。でもやらなきゃ、スピーチしなきゃ…。
なんとか台本の最後まで読み終わり、ほっと一息。あとはクラスメート一人と先生から感想をもらう「感想の時間」になりました。クラスメートは「気持ちがとてもこもっていたと思います」みたいなやさしいコメントだった気がします。

先生の厳しさはわかっていたので、みんなの前で怒られるんだろうなぁと思っていました。
「緊張するのは分かるが、そもそも、このスピーチが初めてではないのに緊張を和らげる方法を見つけていないというのか。やる気がないのか。」
確かこんなこと。
そこで私はつい「いつもは紙を見ながらやるから…」と呟いてしまいました。先生、たいそうご立腹。

「これから色々な話す機会があって、その度にメモを見ながら話ができるわけではない。他の対策は考えず、ひとつに甘えていたのが悪い。自分の感情をあらわにするのは赤ん坊がすることで、小学生は赤ん坊ではないんだから、緊張を感じても我慢をせねばならない。泣いて許してもらえるとでも思っていたのか…」
みたいな話を、大きな声でネチネチとおっしゃっていました(´・ω・`)

そこでも涙が出そうになって、でも「泣いて許してもらえるとでも」という言葉がすごく胸に刺さって、ぐっと堪えました。それから「人前で泣いたり弱い部分を見せることは悪いこと」というルールが私の中に生まれてしまったのです。

原因2.クラスメイト

多分、どの学校にもいたと思うのですが、私たちのクラスには「悪がき」と称される、まぁ口の悪い手癖の悪いじっとできない男子3人組がいました。
そのスピーチの後、他の子は忘れてくれたのですが、3人組は私のところに来て「何で泣いたの?」「感情を出すのは赤ちゃんのことだってよ」「さぁ、今のお気持ちは?!」と散々喚きだしました。

私は心の中の私がどんどんちっちゃくなっていくのを感じました。

もう、注目しないで。放っておいて。自分だって涙が出た理由がわかんないの。かっこわるいな、赤ちゃんみたいだなって思った。ちゃんとスピーチしたかった。今回だってすっごく考えてきたのに。しょうがないじゃん、泣いちゃうんだもん。恥ずかしい。先生はスピーチのときの立ち方や漢字の読み方は教えてくれたけれど、涙を止める方法を教えてはくれなかったよ。教わってないことは、私は出来ないんだ。それって、ダメなことなのかなぁ。私ってダメな子なのかなぁ。

くろ~い気持ちがぐんぐん心の中に生まれてきます。
黙ってうつむいてるとやがて3人組は飽きてどこかに行ってくれましたが、このとき私の中にうまれたものは今でも残っています。
「失敗すると、バカにされる」

ルールと恐怖が、私の自信を奪ってゆく。

このときから、「失敗をするかもしれないこと」をすることに異常な恐怖心を覚えるようになりました。
他にも「失敗を報告すること」も苦手になりました。宿題を忘れたことを言うのがとても恐ろしくなりました。

失敗してはいけない。弱みを見せてはいけない。人前で泣いてはいけない。助けを求めてはいけない。

当時は自覚していなかったかもしれませんが、こんな風にどんどんルールが増えていきました。ルールでがんじがらめにされた私は、挑戦を嫌い失敗を隠し本心を言わないとってもズルくてビビリな子に育ってしまいました。

その後すぐ転校することになって、転校先では裏方の役割を積極的にかってでました。
初対面の人ばかりで緊張しまくってはいたけれど「ちょっと恥ずかしがりの女の子なのかな」くらいで流してもらえていたし「転校生」という特別なポジションの力もあって、なんとか溶け込むことができました。
見知ったクラスメイトとなら私の緊張は発動せず、もともと知識欲のある賢い子どもだったし、ルールの影響で「いい子」(無茶しない、言うことを素直にきく、反抗しない)になっていたので、わりといい印象をもたれていたと思います。

そして中学生になった頃、自分は病気なのではないかと思い始めました。
極度の緊張しいといってしまえばそれまでだけれど、それにしてもひどくないか?
ひょこっと心の中に出てきた疑問は消えず、少しずつ大きくなってきました。

当時「心の病」なるものの存在は知っていたのですが、理解は遠く及ばず、「特別な病気」というような印象をもっていました。
私は人間として欠陥があるのか。病気なのか。病院にいかなければいけないのか。入院するのか。薬を飲むのか。いろいろなことをきかれるのか。一人で生きていけないのか。
ぐるぐるぐるぐる疑問がまわり、インターネットで異常なほど調べるようになりました。

対人恐怖症や社会不安障害、赤面恐怖症、あがり症…インターネット上に公開されているありとあらゆる診断表でチェックをしていきました。
「あなたは○○ではありません」と出ると、安心半分不安半分。病気じゃなくてよかったという気持ちと、じゃあ私はなんなんだろうかという妙な恐怖心がうまれました。
「○○の疑いがあります」と出ると、やっぱり安心半分不安半分。本当に病気だったらどうしようという気持ちと、私は病気だからしかたないという安心がうまれました。

結局私は「自分は○○という病気だから仕方がない」というレッテルがほしかったのです。自分の中の実態のない存在に名前をつけたかったのです。いまにして思えば、それで苦しんでいる人に対してとても失礼な態度だったと思います。

結局病院にいく勇気は出ず、両親に話す勇気も出ず、「○○かもしれない」「欠陥があるのかもしれない」と、可能性の不安にかこまれる日々でした。だから今でも「本当にあがり症だったのか」と言われると、「お医者さんに言われたので!」とは言えません。
レッテルがほしいにも関わらず、明確な名前が出てしまうと不安になる状況で「あがり症」というのはとてもちょうどよかったのだと思います。特に「あがること自体は誰にでもある」という事実が、とても心の支えになりました。私はトクベツではないと思えました。

私があがり症を克服した経緯

もうそろそろ終盤ですね。
ここまで感情たっぷりに書かせていただいちゃいましたが、いかがでしたでしょう? ちなみにここからも感情たっぷりです。もはやヒートアップです。頑張ってください←

いよいよ、私があがり症を克服した経緯になります。
といっても、明確に「これで一発解決した!」というわけではありません。

とても小さな、小さな、他の人には見えないくらいのところからスタートしました。
私の場合、原因は自ら作り上げてしまったルールであることは明確だったので、それを壊すことが最終ゴールになりました。そしてそれは「考え方を変える」しかないこともすごく明確。色々な本を読み漁り、話を聴き、情報を仕入れに仕入れ…けれど中々解決の糸口は掴めませんでした。

そんな私に、出会いがありました。私の心に1つの言葉を残してくださいました。
当時私の心の中には、数々のルールと共に「“人の期待に応えられない=失敗”だから期待に応えなければならない」という考えがありました。しかし、そんな考え方はあっさりと崩れ去ってしまったのです。

私は複数人に注目されたり叱られたり笑われることには恐怖心を持っていましたが、それ以外では(失敗する恐怖から非常にストイックではあったけれど)なにも抱えていなかったので、人から頼まれたことは確実にこなしていたし、人間関係も狭くはあるけれどそこそこな関係を築けていました。
「叱られたくない」という想いから「先生に気に入られる術」「親に気に入られる術」「友人と円滑に過ごせる術」は心得ていました。

そのため褒められることは多かったし、「正義感」やら「真面目さ」を振り回すのは得意でしたから(これによってクラスメイトから反感を買うことはありましたが“怒られる”わけではないので、たくさん傷ついたけどこの真面目さがなくなることはありませんでした)先生からは割りと好かれていました。

「鷹れんは真面目だなぁ」「クラスにいると助かるよ(雑務の受け口!)」「鷹れんちゃんがいてくれるおかげで授業にやりがいがあるよ」「優等生だ」「大人」「頼りがいがる」「頭がいい」「(他の子に教えたりもしてるから)テストの平均点があがる」等々…。
最初は認められているように感じて、本当に嬉しかったです。自信がついていくのをひしひしと感じていました。理想像をもてることが幸せでした。

けれど、あるときからそれが負担にかわりました。
「鷹れんは真面目だなぁ」は、真面目でないことをしたら嫌われるのではないか。
「クラスにいると助かるよ」は、雑務を引き受けなくなったら無価値になるのか。
「鷹れんちゃんがいてくれるおかげで授業にやりがいがあるよ」は予習復習しなくなったら言われなくなるのだろうか…。
全てを「そうじゃなかったら私は悪い子判定されるのかな」という風に置き換えるようになってしまいました。

すごいと言われる度にすごい自分でいなければならないと縛られ、理想像と現実のギャップに悩まされ、しかし「頼りがいのある私」はイコール誰かに頼ってはいけない私で、つまりはそのギャップは自己解決するしかない…。折角育んできた自信にヒビがはいる音が聞こえた気がしました。ポキッと折れてしまったように感じました。

とにかく褒められることをプレッシャーに感じた私は、ルールで縛られた自分を思い込みでさらに縛り上げたのです。今考えると、当時の私はなんてバカなんだろう。期待に応えつづけるなんてできるはずがないのにね。

「人が愛するのは“短所”よ。期待に応える必要なんてないの。」

期待に応えられない自分に悩んでいたとき、意固地になって中々相談できずにいましたが、偶然同じようなことで悩んできた方と、インターネット上で知り合いました。その女性は、否定するでもなく同調するでもなくアドバイスするでもなく、私の話をただ聴き続けてくれました。
そして、この言葉をくれました。

「頑張り屋さんな貴女が、真面目な貴女がステキと人は言うでしょう。けれどね、人が愛するのは“短所”よ。期待に応える必要なんてないの。貴女が生きているだけで貴女を愛する人が絶対いるよ」

「失敗してはいけない」「弱みを見せてはいけない」「期待に応えなければいけない」私をがんじがらめにしていたルールや思い込みが、ばらばらと崩れていくのを感じました。
彼女とはやがて疎遠になってしまったけれど、その後の支えの中枢になるものをプレゼントしていただいた気がします。改めて、当時は有難うございました。

そして、今。

「失敗していい」「応えたい期待に応えればいい」そんな風に思えた瞬間、とても楽になりました。
今でも失敗することは怖いし、怒られることは怖いけれど、人前で過度に緊張したりはなくなったと思います。

まずはコンビニのお姉さんにお礼を言ってみるところから。まずは相槌を打つところから。
緊張するなら、最初の数秒深呼吸をしよう。見渡してみよう。みんな、攻撃しようとしてるわけじゃない。悪意のある人もいるけれど、好意のある人もいる。
全員が全員、スピーチできなきゃいけないわけじゃない。

そうやって気持ちに向き合い小さな一歩から踏み出してみると、意外と人前で話すことは恐怖ではないことに気がつきました。
人に語りたいことはたくさんありました。将来の夢があるんだ。こんなことを出来るようになりたいんだ。私はこんなことが得意で、これは苦手だから助けてほしいんだ。そして、こんなことが大好きなんだ。

いつしか、それがとても楽しみになりました。
まだアドリブに急に応えることは苦手だし、人と比べると緊張しいではあるけれど、だいぶよくなったと思います。

以前「できなければいけない」ということを今は純粋に「できるようになりたい」と思えるようになりました。
そして感謝を伝えたい人がたくさんいることに気がついたんです。
数学の魅力を教えてくれた先生。あがり症で会話に困ったであろう私を受け入れてくれた部員たち。「独創性がない」と笑われてからやめて、けれど好きでやめられなかった絵を「あたたかい絵だね」と言ってくれた子。転校して心細い想いをしていた私と真っ先に友達になってくれた子。世間の厳しさを身を持って実感させてくれたクラスメイトたち(笑)。私がやっとの思いで助けてと言ったとき、力になってくれようとした人たち。私の言葉を否定せず聴いてくれた人たち。

人に傷つけられたり裏切られたりしたときもありました。私の中にあったルールや思い込みは人のせいかもしれません。けれどルールや思い込みを崩してくれたのも人でした。傷ついた心を癒してくれたのも人でした。信頼することに臆病になった私のかわりに真っ先に私を信頼して「信頼」のあたたかさを再確認させてくれたのも人でした。
これから先も多分、傷つけたり傷つけられたり、裏切られたり裏切ったりするんでしょうけれど、助けたり助けられたり、信頼されたり信頼したりもするんだろうなぁ…。

…ふふふ、なんの話をしてるやら。
とにかく、私の「あがり症」を治してくれたのは少しの努力とたくさんの人のちからでした。
…なんて、なんのアドバイスにもなりませんか(´-`)しゅん。。。

まとまる気配もなく、このまま延々とおんなじようなことを書いてしまいそうな気がするので、ここらへんで終わりにさせていただきます。
最後までお読みくださったあなたさまに、最大限の感謝をこめて。

以上、ココトモライターチームの鷹れんがおおくりしました(*´`)

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数学をこよなく愛する大学二年生。 小学校2年生、はじめていじめを受けました。 中学生になってからもいじめられて、はじめて不登校になりました。 不登校になってから、家にも居場所を失いました。 「助けて」と言えなく...

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全4件のコメント

  1. 鷹れん 2015/09/29 13:23

    いだっちさん
    いだっちさんにも、そんなことがあるのですね。

    “「それを壊すことが最終ゴール」、そのためには「考え方を変えるしかない」”というのを気づくきっかけは特になかったように思います。
    というのも、今回のブログに書いたことに悩まされる前から、いろいろ不器用だったのもあって対人関係諸々問題が起こりやすかったんですね。その時から自分の考えを曲げて生きてきたので、私にとって「考え方を変える」というのがとても身近なことだったんです。

    後は、一度自分宛に書いた手紙がよかったのかもしれません。その話は、いつかまたさせていただきます^^

    “「人は全ての質問に対する答えはもっていない」”とってもステキな言葉ですね。
    人間どれだけ生きてても知らないこと、できないことの方がたーくさんあるんだから、考えてみれば当たり前なことだけど、つい「応えてくれるはず」なんて考えてしまうような…;
    ステキな言葉を有難うございます(*´`)

  2. いだっち 2015/09/23 19:09

    「自ら作り上げてしまったルール」に苦しめられることは僕もよくあります。
    「それを壊すことが最終ゴール」、そのためには「考え方を変えるしかない」と、気付くのはとっても難しいことだと僕は思うのだけど、何か気付くきっかけがあったのかな?
    そして誰かの言葉が「ルール」を壊してくれること、僕もよくあります。
    たくさんあるけど、そのうちの一つ!
    「人は全ての質問に対する答えはもっていない」☆

  3. 鷹れん 2015/09/22 00:16

    くわさん
    褒めていただけて、とっても嬉しいです。ありがとうございます(o^^o)
    ひとつでも共感や発見があればと思い書いたブログだったので、ほんとうに嬉しいです。もう…嬉しいです(ボキャブラリーが少なすぎて…!)

    読み応えは溢れんばかりにありますね笑
    くわさんのブログも、楽しみにしてまーす♡笑

  4. くわ 2015/09/20 21:42

    鷹れんさん

    あがり症についてあまり深く考えたことがありませんでした。単純に緊張しやすい人のことだと軽く思っていましたが、そんなことはなかったんですね。

    鷹れんさんの体験談や感じていることを読んでいると自分自身と重なる部分があって共感が止まりませんでした。

    読み応えがあって、勉強にもなって、さすが鷹れんさん‼と思いました(*´∀`)

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