許し方。

3 137 06 1 年、 1 ヶ月前

自分の許し方について伺いたいです。

自分は以前から、過去の出来事の事についてずっと悩んでいます。
親やカウンセラーの方にも話を聞いて頂いたのですが、両者とも「もう気にしなくていいのでは。」と言ってくれました。

しかし、自分はずっと気持ちが晴れぬまま、現在に至っています。
色々ネットを見たりして、「自分を責め続けてもいけない。」「自分を許すことも大事。」という記事を見たのですが、自分にはその過去の出来事に「相手」がいます。
その「相手」のことを考えると、「自分を許す」云々ではないと思ってしまうのです。

出来事自体、色々な要因が絡み、また色々なタイミングが重なって生じたものなので、簡単に「どうである」という判断が下し辛いものであることも、悩みを深める原因の一つなんですが…。

誰かに「許す」や「気にしなくていい」と言って貰うと、一時気持ちが少し楽にはなるのですが、
どうしても割り切れないのです。

いくら自分が「もう過去のことだ。この経験を次に活かそう。」と思っても、「そんなにさらりと流していいのか。」「相手の気持ちはどうなるのだ。」と考えてしまいます。

ずっとこのような状態でいると、周りに迷惑をかけますし、自分の今後にもよくないとは分っています。
また前を向くことが必要であるということも分っています。

なのに、どうしても自分が許せず、許そうとすると頭の中に「相手」の存在が出てきてしまいます。
数年前の出来事なのに、常に頭のどこかにあり、思い出してしまいます。

また、この件のことを深く悩み鬱の様な状態になる。→「割り切って前を向こう」と割り切ろうとする。→状態が持ち直す。→しかしまた悩んで鬱に…という悪循環がずっと続いています。

どうしたら「相手」のことを割り切り、自分を許すことができるのでしょうか。

自分の中でも整理できていない部分、不明瞭な部分があり、分りづらい文章があったかもしれません。
申し訳ありません。

ですが、何かアドバイスなどありましたら、教えて頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。

コメント一覧

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  • おっくんです。
    その苦しみこそ、「罰」なのではないでしょうか。
    その罰に、逃げずに向き合っている、向き合える強さを持っているのではないでしょうか。
    そして、その「罪」からたくさんのことが学べるのではないでしょうか。
    苦しんだ分、優しくなれるのではないでしょうか。
    離れられないなら、それを自身の力にしてみるのも手だと思いますよ。

  • 2016/10/04 21:36

    こんにちは。
    自分の中で答えが納得されてないのでしょう。
    それを、気にしなくてよいと、許すと言われても、納得できない。
    これは、自分が悪いのか、相手が悪いのかで、
    答えが違ってくると思います。
    それと、その時の自分が正解を知らなかった場合とか、
    他人の誘導により、浅はかな行動をしてしまったとか、
    種類がありますよね?
    それら全ては自分の価値観に基づいて判断されてます。
    価値観を作るのは自分であり、個性でもある。
    確立された自分というものを持っていないから、
    自分というものを自分が知らないから、わかっていないから、
    適切な判断を下せないのだと思います。
    絶対的な自分というものを自分が知っていたのなら、
    迷うことなく、決断できますよね?どうですか?
    それと、相手のことを考えすぎです。
    と同時に、自分のことをないがしろにしすぎです。
    自分を許すことができないのは、許す自分を知らないんです。

    私もネットを見ますけど、
    全ては書いてないと思います。
    途中までとか、自分なりに問題点を見つけて答えを出す必要があると思います。
    ネットに書いてあることって、たぶん、本にも書いてありますよね?
    そして、本より圧倒的に情報量が少ない。
    本って誰が書いているのでしょうか。
    人間ですよね。
    どこもかしこも似たり寄ったりの内容です。
    書いた人がみんな同じ思考回路をしているか、もしくは盗用です。
    でも1人の意見として扱える。
    簡単に考えて、本1冊に1人の思考が詰まってるとする。
    そうすると、本もネットも書いてあるもの全て誰が考えたかというと人間です。
    全て繋がってるんですよね、思考で繋がってます。
    誰でもわかることを今言ってます。
    ですが、こういうことは必要なことです。。
    人間は生きてます。
    学べば自分の経験として還ってきて自分の実りとなる。
    普通に考えて、自分の実りとなるのは、
    勉強の学校、社会の会社とわかりますよね?
    だけど、本当にそれだけですかって意味です。
    他にもないのかなと考えたことはありますか。
    そういう普通に生きていたら必要ないこと、
    でも自分には必要なこと、自分の実りとして行きましょう。
    ということを、自分で見つけ出すんです。
    そういうこと必要だと思いませんか?
    相手のことを考えるとき、自分のことを知らず、どう表現するのでしょうか。
    私は思います。
    今は後ろを向くことが必要だと思うのです。
    なぜ前を向くのでしょう?
    前を向くことを知っているのでしたら、
    後ろを向く必要もわかってると思います。
    後ろと前、2つで1つだと思うのです。
    相手がいて、自分がいる。
    だぶん、自分を失念しています。

  • おっくんです。
    「◯◯で、あるべき」という思考の迷宮に入っている感じを受けます。
    そして、「◯◯でない」場合への恐怖心を感じます。
    もう少し、シンプルに考えてみませんか?
    何かに疑念を持つことは、大切なことです。
    しかし、過度になると思考という行為自体が目的となります。
    本質を見逃してしまうこともありますよ。
    そして、この世界には完璧なものも、完全なものもありません。
    全てのものには、必ず矛盾が生じるからです。
    強いていうなら、完全とは「無」だけです。
    でも、無も”存在しえない存在”として、矛盾を持ち合わせています。
    完全を求めることをやめませんか?
    曖昧なもの、矛盾したものを認めてみてください。
    それが、許すきっかけになると思いますよ。
    思考の迷宮に入らないで、シンプルに感じとってみてください。

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