重いうつ病の父と宗教にのめり込む母が離婚しました

コメント:6件 閲覧:99人 最終更新:3 ヶ月前 作成者:toyohashi

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ココトモニュース

私は二人のことを愛しているつもりですが、
反面どちらに対しても深い憎しみがあります。

私は誰も愛せない冷たい人間なのではないか、
父のようにうつ病になり
子供に辛い思いをさせてしまうのではないか、
私が駄目な娘だから、私が生まれなければ、、

自分が「家族」を壊してしまうのではと、
彼との結婚にも前向きになれません。

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コメント一覧

6件の投稿を表示中 - 1 - 6件目 (全6件中)
  • 恭子
    恭子
    ココトモメンバー

    こんにちは。ご両親の離婚は最近のことでしょうか。短い文面ながら、人生の重大な決断を迫られている状況。。とお察しいたします。筆舌に尽くしがたい想いを長くかかえてtoyohashiさんはここまでこられたのでしょうね。お二人が別れるまでのこと。。それを目にしてきたtoyohashiさんの気持ち、もう少し詳しくお聞かせ願えたらと思うのですがいかがですか。もし思い出すのが辛く困難であるならば無視して下さってかまいません。これまでの両親への気持ちが、そのまま自分にむけられるかもしれない恐怖で身動き取れなくなっている状況をほんのちょっとでも動かせたらと思い書き込みました。ご迷惑じゃなければ何度かやりとり出来たら幸いです。

  • 坊主
    ココトモメンバー

    toyohashiさん
    お悩み拝見しました。最近読んだウ・ジョーティカ著『ゆるす』を思い出しました。著者は僧侶なのですが、若い頃はすごい冷たい人間だったそうです。仏道修行は、慈悲の心を育てるのが大切なのですが、それが全くできなかったのが悩みだったそうです。それは、子供の頃、親が自分に対して無関心であって、まったくかまってくれなかったことが、著者にとっては虐待のようにひどく感じられたからです。親から愛情を受け取れなかったわけですね。ですが、あるとき、父親をゆるせるようになり、そして、こうやって本を書くような有名な僧侶になられたのです。私も、自分が冷たい人間で、十数年修行してても思うように慈悲が育たなかったので、とてもこの話に救われました。「宗教の話はもううんざり!」と思われないなら、ご一読をおすすめします。

  • toyohashi

    davidさん

    ご丁寧なコメント、誠にありがとうございます。
    母のお腹にいるときから強制的に勉強会″のようなものに参加させられていたので、宗教関係の話は過敏に拒絶してしまう傾向にありますが、信仰心がある事自体は悪だとは思いません。

    「慈悲の心」というのは素敵であたたかい言葉ですね。昔から人に対する執着心からか、本当の意味で人をゆるす、寛大になる事ができていないと感じていたので、是非そちらの書籍を手にとってみたいと思います。

  • toyohashi

    恭子さん
    あたたかいお言葉、誠にありがとうございます。
    両親の離婚はつい最近ですが、父のうつ病は15年以上前から、母の信仰は私が生まれる前からです。鬱病の父が、ある日から目を合わせてくれなくなったこと、家族で同じテーブルを囲んでご飯を食べれなくなったこと、母が家庭を省みず仏を信じて熱心に遅くまで勉強しに行っていたこと、信仰を強制され泣きながら宗教活動に参加させられていたこと。そのすべてが、楽しい思い出を霞ませてしまうほど、私の「家族の記憶」として根深く心に焼き付いております。
    しかし、がんばり屋の父は家族を守るために心を病んでしまった、純粋で優しい母は信仰を世のため人のためと信じて続けていた、そんな二人を許せないのは私の心が幼稚で冷たい人間だからだと感じています。
    そんな両親を心から許すことができない私が、他人や、自分の子供を最期まで愛せる自信が全く無いのです。

    このような場に書き込みをするのは初めてですが、相談できる親族や兄弟がおらず、拙文ながら、ご相談させていただいた次第でございます。

  • 坊主
    ココトモメンバー

    toyohashiさん
    返信ありがとうございます。『ゆるす』はたまたまブックオフで200円くらいで売ってたので試しに読んでみたら、思いのほかいい本でした。書き忘れてましたが、その本の内容は、ウェブ上で無料書籍として公開されています。ここで立ち読みしてから、買うかどうか決めてもいいかもしれません。

    ウ・ジョーティカ『許すこと』全訳 _ ミャンマー仏教書ライブラリー ~英緬仏教書の翻訳・公開~
    http://myanmarbuddhism.info/2013/06/09/forgiveness/

  • 恭子
    恭子
    ココトモメンバー

    コメントバックありがとうございます。私もね、toyohashiさんと似たような子供時代を経てきました。そして子をもつタイムリミットを残念ながら迎えてしまいました。toyohashiさんはまだ間に合う年齢ではないかと思うので、何だかすごく必死になってる自分がいます。あのですね、ムリに許さないでいいのですよ。頑張って清廉潔白な理想の大人になろうとしなくていいのです、どこか許せないというホントの気持ちにキレイな蓋をかぶせても過ぎ去った子供時代に変わりはないのです、ひとまずそのままにして見え方を変える方に切り替えてみるのも手なのかもしれません。少しだけ気持ちを急かすのを止め肩の力を抜いて楽になり、リラックス。。すると見えてくるものもありますからね。
    私もね、かなり足掻きました。どうしても許せなかったんです。親たちが。でもね、長い時間をかけてたどりついた心の変化は、「二人とも憎み切れなくなってしまった」というものです。私の親たちも、親の資質という目線で見たら上っ面だけ見れば立派ではありましたが、親としては完全に落ちこぼれ組で、思い出すとなんていうか哀しく心細い幼少期の記憶しか出てきません。二人とも、子供。。というよりは家族全体に向き合う事から、仕事へ逃げ、遊びに逃げてたという感じでした。ずっとなんで私が生まれたの?と思ってみてきました。ごめんなさい、私の話ばかりになっちゃって。
    二人ともそんなに悪い人間じゃないのに、家族という形態をとると不協和音を起こす人に実は共通することがあります。二人とも、もしくはどちらかが不安に彩られた子供時代を経験しているということです。世間的にごく一般的平均的なご両親が揃っている家庭だったとしても内情は外からみて正確にはわかりません。むしろ平均的であるからこそメンタル的な訴えは贅沢だとして誰からも聞き流されてしまう傾向があるからです。ただでさえ苦しいのに、誰にもわかってもらえない。。これで更に追い打ちをかけられてしまい自分で抱え込んでしまう・自己完結しなくてはと自戒癖がついてしまうようなのです。そしてそのまま大人になり、伝えるべき愛ってなんだかわからぬまま親になる、という家庭の土台が出来上がってしまう。。。お父様とお母様が出会い、結婚にいたるまでのお話、どんな子供時代を送ったかそれぞれから聞いたことがありますか?ごめんなさいね、長々書いてしまいました。お返事、ゆっくりで大丈夫ですから。また苦しくなるようでしたら読み流していただいても大丈夫ですからね。

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