家族からの期待や自分の失敗が怖い

コメント:8件 閲覧:82人 最終更新:2 ヶ月前 作成者:yosh

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私は今大学生です。
中学生の頃に不登校児だったこともあり、両親に本当に迷惑をかけて育ってきました。
定時制の高校に通い始めたのですが、父や姉や妹に勉強ができないのをバカにされるのがつらくて、無理して近くの良い大学に入りました。
大学に合格すると、みんな手のひらを返したように私をバカにもしなくなり、両親も私に期待してくれているようでした。
今になって、それがとても重荷に感じてしまって、けれどそれに応えたくて給付奨学金をとったり、必死で大学でいい成績をとったり自分の身の丈に合わないことを繰り返してきました。
けれど、今日遂に必修である実験の単位を落としてしまいました。
もし単位を落としたなんて言ったら両親は僕を見放すかもしれません
もう前のような自分に戻りたくないのに、ここからどんどん崩れていってしまう気がしてどうすればいいのかわかりません
友達ができなくて、昔不登校だったことも誰にも言ったことがないし相談もできません
やっぱり身の丈にあったことをすべきとわかっているけれど、もう今更どうすればいいのかもわかりません
結局泣き言が言いたいだけかもしれません。ごめんなさい

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コメント一覧

1-8件目(全8件)
  • JUN
    JUN

    頑張って進学した大学で良い成績を取る為に努力してきたのに、実験の単位を落としてしまって、前みたいに家族から馬鹿にされたり、見放されたりするのではないかと恐くてたまらないんですね。それで、このことを周りに話せる人がいなくて心細さや不安を感じていらっしゃるんですよね。そういう感じですよね?

  • yosh

    JUNさんコメントくださってありがとうございます。
    その通りです。
    誰かに相談したいけれど、今では家族と顔を合わせるのも怖くなってしまいました。前のように戻りたくなくて、とても不安です。
    ただ、これまで自分の悩みを誰にも打ち明けたことがなかったので、誰かに悩みを読んでいただけただけでも、ほんの少し楽になりました。
    ありがとうございます。

  • 過去のメンバー
    ココトモメンバー

    私も「良い子」をやってきて、親に褒められたくてガンバって来たところがあります。
    同じではありませんが似たようなところもありますので、少しは共感できるかもしれません。
    さて、私は親に褒められた記憶がほとんどありません。
    yoshさんはご両親の期待に応えたいのですよね。
    ここは考えを変えて自分のために…ということになるのでしょうが、それができれば悩まないですよね。
    こうずるく考えてはどうでしょうか。
    大学を卒業して良い会社に就職するのは純粋に自分のため…と。
    親の期待は、親の自己満足や価値観の押し付けでしかない…と。
    そして、時折休みを入れながら、また歩き出す。
    もちろん、自分のために。
    余計なことですが…目先は、単位を落とした必修科目のことだと思います、
    正攻法なら、親に謝って留年を許してもらう、そうでなければ先生に再テストを認めてもらうしかないとおもいます(大学のシステムが分からないので、再テストが可能かどうかわかりません、スミマセン)。

  • yosh

    camposさん、コメントありがとうございます。
    進級条件は単位数のみで、来年度に再履修していれば留年は逃れられるようです。必修科目が被っているということもないようでした。
    ただ、留年しなくとも、両親の期待を裏切って失望されるかもしれない、ひょっとして来年もダメで本当に留年したらどうなってしまうのだろう、誰にも認められなくなったらどうすればいいかもわからないと悩むうちに、両親と姉や妹に会うことも怖くなってしまっています。時折漏れ聞こえてくる声が自分への批判かもしれないと思うと、不安や焦りで何も考えられなくなってしまいます。

    純粋に自分のために頑張っているとはあまり考えたことがありませんでした。結局家族に認められなくなると居場所がなくなるのが怖いだけかもしれません。

    今まで上限いっぱいに授業をいれていたのですが、休むという意味で今期は少し履修課目を減らすことにしました。家以外の居場所を作るという意味で、アルバイトも始めようと思います。本当に恥ずかしいのですが、不登校となっていた負い目から、そのような新しいコミュニティに所属するのが怖くて逃げていました。

    まだ全て自分のためと割り切るのは難しいのですが、アルバイトのお金が入ったら、自分のためだけに使ってちょっと出かけてみたりしようと思います。(奨学金などは全て両親に渡していて、あまりまとまったお金を持ったことがありません)
    小学校以来まともに遊んだことがないし、突然お金をたくさん使ったりしたら家族から変な遊びを覚えたと失望されるかもと不安だけれど、行き過ぎないように気をつけながら、少しずつ自分のためのことを試していこうと思います。

    気づけば長くなってしまいました。情けない話ですが、誰かが自分の話を聞いてくれて、意見を言ってくれて、なんだかそれだけで本当に嬉しくて、どこか救われた気持ちになりました。ありがとうございます。

  • 過去のメンバー
    ココトモメンバー

    こちらこそご丁寧にありがとうございました。
    再履修できるのですね。
    それでは単位をとれる可能性が十分にありそうですね。
    よく知らずに失礼しました。
    ちなみに…もし仮に留年されても親兄弟に後ろめたい気持ちになることはないと思います。
    大事なことは留年ではなく卒業だと思います。
    実験がうまくいかなかったのは、多分実験が苦手だったのではではと思います。
    例えば、不器用だった場合。
    それは、実験などは苦手だと思います。
    もちろん、努力でカバーできるところは大きいと思いますが、残念ながら、持って生まれたものってあり、それは埋められないと思います。
    だったら、器用になるための努力ではなく、実験を成功させるための努力をすればよい、そんな風に頭を切り替えればよいと思います。

    また、不登校のことを後ろめたいと思っているご様子。
    でも、不登校を克服し学校を卒業し、大学にも通われている。
    それって素晴らしいことだし、むしろ誇らしいkとだと思います。
    そしてそのことをこの掲示板などで生かせばよい。
    きっとyoshさんの言葉にうなづく若者は多いと思います。

    御自分の無理ないぺ-ㇲでやってよいと思います。
    そして、空いた時間で自分を解放してあげればよいと思います、
    小学校以来遊んだ音がほとんどない、余程余裕がなかったのですね。
    自分を解放するといっても「自分探しの旅」などに身を置く必要はないとおもいます。
    自分を理解するよう、自分を客観的に見つめればよいと思います。
    私は自分を理解することでようやく自分を解放することができました。
    大学を卒業して30年。
    遅すぎました、
    私は今、不治の病で寝たきりで、あと数年の命となってしまいました。

    こちらこそ長くなりスミマセン。 

  • JUN
    JUN

    返信ありがとうございます。
    これまでのコメント見ました。家以外の居場所を作るためにも授業を少し減らしてアルバイトをしようと思われているんですね。たしかにこれまでの状況からすると、人間関係的に家族への比重がとても大きくてバイト仲間、サークル仲間、趣味仲間、授業仲間、ゼミ仲間など他の人間関係の比重が小さかったようにも思えますよね。人間関係的に家族への依存度・執着度が高くなってしまっていたのかもしれないですよね。
    それで、「家族から認めてもらえないこと」をとても恐れていらっしゃるんですよね。「認められる」そして「認められない」って、つまりそれぞれ具体的にはどういう定義で考えているのでしょうか?

  • yosh

    camposさん返信くださりありがとうございます。

    確かに手先が器用な方ではありません。
    以前の実験と同じように取り組み、これまでの実験で良い評価だっただけに、その落差で突然前が見えなくなるような思いでした。
    実際には実験が得意とは思えないし、 突然限界に当たってしまったのかもしれません。
    自分を客観的に見るためにも、少し落ち着く時間を作ろうと思います。

    闘病生活の中、わたしの相談を聞いてくださっていたのですね。
    私には病気についての知識もなく、考えなしに軽はずみな事を言うとあなたの大切な何かを否定してしまうかもしれません。
    けれど、あなたが私の相談に乗ってくださって、私は支えてもらえたような気持ちになりました。大袈裟だと思われるかもしれませんが、本当にそう思います。ただその感謝を伝えたいです。ありがとうございます。

    JUNさん、返信くださりありがとうございます。

    私は、人間関係の輪の中にいる状態で、その要員に蔑まれて接されると、その人間関係の中に認められていない、と感じます。
    人間関係の輪の中にいる状態は、互いが気を許して、コミュニケーションをとる事を拒否しないような関係を持っている状態です。
    (人間関係の輪の中にいることを)認められるか、認められないかを気にしてしまいます。

    アドバイスとは思えない批判だったり、直接的な悪口だったり、そんな言葉を使って誰かが私を蔑む時は、(無意識かもしれませんが)私がその人間関係の輪に入るのに足りる性格や能力を持っていないと感じるけれど、直接私とのコミュニケーションを拒否すると、他のメンバーから性格が悪いとみなされて自分が人間関係の輪から追い出されるかもしれないから、遠回しに私はその人間関係の輪に入るべき人間じゃない、と伝えようとしてるんじゃないか、と思ってしまいます。

    すみません、分かりづらい言い方になってしまったのですが、結局人間関係の輪から追い出されるのが怖くて、私の人格を批判されるとどうしていいのかわからなくなって、それが嫌だから、誰にも追い出されず、人格を批判されないような、自分に都合のいい状態を、認められている、と呼んでいるだけかもしれません。
    家族以外と関わらないため、そんな認められている状態があり得るのかも分かりません。

  • JUN
    JUN

    返信ありがとうございます。
    「認められる」というのは「ある集団の中で、メンバーから追い出そうとされず、メンバーから人格を否定されることがない状態」かもしれないと今は思っていて、一方、「認められない」というのは「ある集団の中で、メンバーからの批判や悪口によって間接的に追い出されそうになったり、メンバーから人格を否定される状態」かもしれないと今は思っている。そういう認識でよろしいでしょうか?ちょっと違いますかね?

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