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幸せを比べてしまう…

閲覧数693 コメント数3 person退会したユーザー edit2017.03.14

私はどうしても自分の幸せと人の幸せを比べてしまいます。

自分に幸せなことがあっても、
友達に更に幸せなことがあると、
こんなのに喜んでいた自分がバカみたい…。って思ってしまって、
自分の幸せがとてもちっぽけに思えてきます。

それと同時に、友達の幸せを心から喜んであげることも出来ません。
友達は私の幸せを自分の事のように喜んでくれるのに、とても申し訳ないんです。

どうしたら自分だけの幸せを大事にして、
相手の幸せも心から喜んであげることが出来るのでしょうか?
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コメント一覧

  • refresh約7年前
    退会したユーザー
    kiiisukeさん

    はじめまして、私は「ミモザ」と申します。

     人は人と比べて相手より有利になりたい勝ちたいという本能があるので、相手の幸せを喜ぶことは容易ではありません。

     私は免疫の難病のために就職をすることが難しい状態です。外見は健康そうなのですが、薬で免疫を抑えているので抵抗力が少なく疲れやすくなるからです。また、無理をすると再燃のリスクが高まる恐れがある理由もあります。
     毎年、テレビで放映される入社式の様子を目にすると心が痛むので、直視しませんでした。
    「仕事ができる人になることが幸せ」という価値観に縛られていたので、それができないことに侮辱感を抱いていました。

     そんな私の意識を変えるきっかけがありました。昨年、ココトモハウスにて数多くの方のお話を伺ったりココトモメンバーとしてメール相談に携わるようになってから私の認識は徐々に変わり始めました。
     就職をしても長時間労働を強いるブラック企業やパワハラ。人間関係のトラブルなどで心身を病んでしまったり、結婚して子供がいても、家族内でのトラブルに苦しむといった辛い現実を抱えて生きている方が意外にも多くいらっしゃることを知りました。
     外見では幸せそうだと思っていたことが裏側を読むと、本当は何かしらで苦労している方が多いということに気が付くことができるようになりました。私にはこうやって支援してくれる家族がいるし、病気のことを理解してくれている他人の方々だって存在するということを。

     幸せとはその人の人生によって異なるものです。オーダーメイドの服のように一人一人違います。他人に与えられた幸せが自分にとって幸せになるとは限りません。逆に、自分に与えられた幸せが他人にとって幸せになるとは限りません。なので、人間の幸せとは平等なのです。
  • refresh約7年前
    退会したユーザー
    比べることは、仕方ないです。
    他人を見て、自分を知ることが人間ですから。
    それよりも、自分が幸せに感じている時は、素直に幸せを受け容れてみてください。
    自分を許す…とも言い換えられます。
    幸せを感じることに、資格もなければ、人に承認を得るもの必要もありません。
    幸せを感じることに恐れないでください。
    当然のことなのですから。
    幸せの温かさで、自身の心を温めてくださいね。
  • refresh約7年前
    退会したユーザー
    kiiisukeさん
    私たちは凡人なので、
    なかなか、聖者のような心にはなれません。
    私はかつて20代の頃、自分の心があまりにも愛がない、
    冷酷で、自分勝手すぎると思いまして、
    心を変えようと仏道修行や、キリスト教をやってきました。
    聖者とまでは行きませんが、
    やらないよりはマシかなと。

    また、おそらく、自分の中の悪い心は、
    なくすのは不可能に近いと思います。
    座禅で説明しますと、その悪い心が見えてきても、
    うろたえない、平常心を育ててゆくことだと思います。
    私も嫉妬心もあるし、毎日死んだ方がマシだと思っていますし、
    自分の冷酷さに嫌気がさしてもいます。自己嫌悪もある。
    なくそうと努力してきましたが、なかなか消えません。

    だから、マインドフルネスで、その感情に100%溺れているよりは、
    20~30%でも、その感情から距離をとっていられる、
    というようなことを私が座禅を習った小池龍之介さんが、
    『平常心のレッスン』で書いてました。

    完璧な聖人君子とはいきませんが、
    ご自分が尊敬する聖人みたいな人の本を読み、
    少しずつ少しずつ、その心に近づけるように
    してゆくしかないと、私は思います。
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