両親の死から考える(その4)

こんばんは、やっさんです。

前回のブログの続きです。

父が亡くなる10ヶ月くらい前に、僕と父は、父が通院していた病院の担当医に呼ばれて「すい臓がんが肺に転移している」という話を聞かされました。
その話を聞かされた後、父は入院するのではなく、自宅で抗がん剤を服用しながら治療することを選択しました。

その後、父の体調は悪化し、自力で病院に行けなくなりました。
自宅で自力で排泄することもできなくなりました。
もうどうしようもない状況で、再び僕は父と一緒に病院へ向かいました。

父の担当医と3人で少し話した後、それまでずっと入院を拒んでいた父が、入院することをすんなり受け入れました。
その後、僕と担当医の2人だけとなり、僕は初めて担当医に父の余命を聞きました。
担当医は「お父さんの余命は1ヶ月」と答えました。

余命1ヶ月。
そう聞かされた時に、僕は淡々と受け止めていました。
特に驚きもせず、悲しみもせず。
父に関する重苦しい状況から解放される時が約1ヶ月後になることがわかり、僕は少しだけホッとしました。
先が明確に見えて、穏やかな気分になっていきました。
一方で、切なさのようなものを少しずつ感じるようになりました。

その後、僕は弟に父の余命の話をして、父の余命のことは、本人をはじめ誰にも知らせないことにしました。
当時は事を大きくしたくないと思いがものすごく強かったです。

父が入院してから、弟はほぼ毎日、僕は仕事が休みの日に見舞いに行きました。
僕は見舞いに行くと、まずは父を車椅子に乗せて喫煙所に向かいました。
父が入院してから、僕と父の距離が少しだけ縮まったような気がしました。

僕が最後に生きている父に会ったのは、父が亡くなる4日前でした。
その時の父には、もう車椅子に乗って喫煙所に向かう体力はなく、ベットに鎖のようなものでつながれて苦しそうにしていました。
僕はその時の父を直視できず、すぐに病室を出てしまいました。
近日中に父が亡くなることがわかり、胸が締め付けられるような感じがしました。

父は入院してから、50日弱で亡くなりました。
僕と弟は父の死に目に会いませんでした。
父の死に目に会おうと思えば会えたけれど、父が亡くなる前に僕と弟は死に目に会わなくていいという話をしました。
今でも僕は父の死に目に会わなかったことを後悔していません。

本人や親族に余命を告げるのかどうか。
身内の死に目に会うのかどうか。
本当に難しい決断です。
その決断の良し悪しは、僕にはわかりません。
その人の考え方やその時の状況によって変わると思います。

余命を告げるということに関しては、僕は祖母(父の母)には告げた方が良かったのかもしれないと思うことがあります。
父が亡くなる翌週か翌々週に、当時80代半ばの祖母は飛行機に乗って父に会いに来る予定でした。
父の余命が1ヶ月であることがわかった直後に、僕が祖母に父の余命を伝えていたら、祖母はまだ生きている父に会うことができました。
でも、今の僕だからそのように思えるのであって、当時の僕は祖母に父の余命を知らせたいとは思えませんでした。

仕方ないですよね。
人生って、そのように思うことの連続なのかなと思います。

続きはまた後日に書きます。
それでは。

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