無責任とは、余計な責任を背負う必要は無いということ
edit2016.03.20 2,534
どうも、NAOKIです。
他人に対する責任というものについて感じるものがあったので記事を書きます。
責任感が強くて何か良くないことがあった時に自分を責めてしまうことが多い人には個人的に読んでほしいかなという見解です。
人として生きていく中で責任を持って選択・行動しなければならないことは幾つかあります。
進路のことであったり、就職のことであったり、生活のことであったり、自分が生きるために責任を持って選択・行動しなければならないことが多いでしょう。
でも人は生きていく中で意外と他人に対して責任を取れないことって多いんじゃないでしょうか。
僕はこれを悪いことだと思いません。仕方ないことだと思います。自分のことだけでも明確な正解がわからない中で責任を持って行動しなければならないことが多すぎるくらいなのですから。自分と異なるルールや価値観を持って生きている他人に対して、責任を持って何か尽くすというのは難しいし、例え同じ屋根の下に住む家族であったとしても、ほとんど無理なのではないでしょうか。
明らかに自分に原因があるのに他人のせいにして、自分が本来背負わなければならない責任を他人に背負わせてしまおうとする人はたまにいます。こんなひどい人に対しても、優しくて「思いやりを持たなければならない」と強く責任感を感じるような人は、本当だったら背負わなくてよい責任などを背負い込んでしまうかもしれません。
でも僕はそんな人に伝えたいんです。「無責任には、余計な責任を背負う必要が無いという意味もあるんじゃないでしょうか。自分の人生に対して必要な部分にだけ責任を果たせるようにすればよいんですよ。」
今は情報社会といわれることもあって、いろいろな情報が飛び交っている時代です。飛び交う情報の中には嘘も交じっていたり、無駄に人を混乱させたり、不安を煽る情報も多々含まれます。つまり情報発信という行動に責任が問われにくいような環境が出来上がってしまっているのです。
だからこそ、自分が何に対して責任を持つべきなのかを正しく見極めることは不可欠だと思います。
自分が背負わなければならない責任を他人に押し付けるような人、余計な情報を流して自分を混乱させたりするような人に本当だったら楽しく過ごせる時間を減らされるって冗談じゃありません。人生を楽しく生きましょうよ。
余計な責任を背負わずに楽しく生きることをこの記事で提案できればと考えております。
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