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音楽小説 『ベートーベンとミストレス』 ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #13『フルーティーゴリラ、愛を説く』
小説もくじ
前回からの続き。
#13『フルーティーゴリラ、愛を説く』
あーあー、いわんこっちゃない。
――――。
ぼくの名前は吉田好美(よしだ よしみ)。
好美。
女みたいな名前だ、と自分自身でも思う。
『生まれてくる子どもは、絶対に女の子に違いない』
そんな風に、なぜか思い込んだ両親がつけた名前だった。
名前だけではない。
そんな風に、育てられた。
「いってきまーす」
いつものように、少し屈んで家を出る。
背筋を伸ばしたままだと、玄関に頭をぶつけてしまうのだ。
カバンの中には、今日も相棒がいる。
『女の子のような名前を付けられ』
『女の子のように育てられ』
『女の子が受ける習い事を習い』
女の子が欲しい。
そんな風に育てられ、
そんな両親の希望とは裏腹に、
スクスクト育って育ちすぎ、身長は2mを超えた。
プロを目指す、音楽大生。
小心者で、恥ずかしがり屋の大男。
専攻する楽器は、フルート。
それが、ぼくだ。
◆
『フルート』
多くの人が、金属製の横笛をイメージすると思われる。
銀色の、美しい横笛。
ヴァイオリンと並んで、お嬢様に持たせたい楽器のひとつだ。
ぼくは、『フルート』が好きだ。
美しい音が出て、見た目も綺麗。
金属製だが、見た目よりも軽く、
持ち運びも他の楽器に比べれば楽である。
文句があるとすれば、二つ。
一つは、水がすぐ溜まること。
もう一つは、軽いくせに、すこぶる方が肩が凝ることである。
こればっかりはどうしようもない。
また、オーボエほどメンテが面倒でないにしても、やはり数カ月に一度は手入れが必要となる。
今日はそのメンテナンスのために、都市近郊の大型ショッピングに来ている。
ここは、休日でにぎわうフードコートの一角。
「ほーんとに! ひどいんだから! タクトは!」
ぼくと清和さんは楽器を楽器店に預け、コーヒーを片手に楽しくおしゃべりをしていた。
「あはは、相変わらず仲が良いねー」
「良くない! ぜんっぜん良くないから! いっつも消えてほしいって思ってるから!」
清和さんは、世の理想を体現したような女の子だ。
遠目からもわかるような、すらっとした長身。
芸能人のように小さい顔に、涙袋を備えた、ぱっちりとした二重の瞼。
緩やかなウェーブを描く、品位を落とさない程度に染められた髪。
季節感を大切にしたファッションはオシャレで、隙がない。
ぱっと見た感じは美人で近寄りがたいのに、実際に話してみると、とっても気さくでフレンドリー。
音大生でヴァイオリンの演奏力も高く、学校からもプロの奏者からも将来を期待されている。
きっと、ぼくの両親はこんな風に育ってほしかったんだと思う。そんな、少しだけ複雑なところはあるけれど。
清和さんは、大柄なボクのことを怖がらずに接してくれる……
ありがたい友人の一人である。
そして、おそらく……
「だからね、タクトが入院した時も私は……」
「うんうん」
「あいつがロクにメールの返事も寄越さないせいで……」
「だねー、タクトはそういう所あるよね」
「でしょ! ほんっとにひどい奴なの!」
……というより間違いなく、ぼくたちの楽団の指揮者、卓人の事が好きなのだ。自覚はないのかも知れないが。
柊卓人は、ぼくらにとって、スターだ。
ピアノが弾けて、指揮がうまくて、音楽の事ならなんでも知っている。
そして、ヴァイオリンの清和さんとは幼馴染で、すごく仲が良い。
ぼくたち団員としては、いつ二人がくっつくのかなーと、ドギマギしながら見守っている。
なので、少しだけ意地悪な質問をしてみた。
「ねえ、清和さんとタクトって、まだ付き合ってないの?」」
もちろん、二人が付き合っていないのは分かっている。
ただ清和さんの反応が見たかっただけで、いわばジャブだ。
そして、その問いに対して清和さんは……、
『ぶふーっ!』
っと、口内の空中にコーヒーを散布し、顔を真っ赤にして取り乱すという、分かりやすすぎるほどに分かりやすい反応だった。
「つつつ、付き合うって! そんな!? ないない! アイツはそんな対象じゃないし!」
そんな対象だと思うけどなー。ほかの人はアウトオブ眼中って感じだし。
などとは口が裂けても言えない。
「えー、ぼくはいいと思うけどなー」
二人の夫婦漫才を見ていると、鶏が卵を温めている様のような、微笑ましい気持ちになるのだ。
もっと言えば、
というより、周りの団員から相談される身として、はできるだけ早くくっ付いて、白黒はっきりつけて欲しいというのもある(切実に)。
つい最近みたテレビドラマで、主人公のヒロインが自分の本当の気持ちに気付いたその瞬間、好きな男が別の女とくっついてしまったというものがあった。
そんな風に二人が『トンビに油揚げ』を食らわないか、心配している場面もある。
例えば、卓人が事故に遭った際、清和さんがドイツから、代理の指揮者を連れてきたことがそうだ。
正指揮者の卓人は、演奏会の帰りに事故に遭った。
大学のオーケストラとしては、指揮者がいないと練習ができない。
そこで、清和さんが見つけてきたのだ、代理の指揮者のショーンだ。
音楽団としては助かっているが、ぼく個人としては、どうかと思うところがある。
おそらく清和さんには、『卓人が留守中の演奏力の低下』や『他のタイプの指揮者と演奏することで、音の幅を広げる』等の目論見があったのだと思う。
その目算は一見すると成功しているけれど、ボクの目からすると、代理指揮者のショーンはどうみても、正指揮者の座に座ろうとしているし、
何より清和さんを、ただの音楽仲間以上の目で見ている気がする。
そういう点では、彼女の心遣いが空回りして、トラブルの種になっていないか、心配でもある。
「清和さん、あのね……」
そんなわけで、ドラマの話は出来ないが、意地悪をしたお詫びとして、ぼくは少しだけお節介を焼いた。
「だから、ちゃんと気持ちは伝えたほうがいいと思うよ。二人とも、不器用で素直じゃないから、どっちかが大人にならないと」
「大人に……うーん。……そうね。けれど……私、今まで恋愛とかそういう関係になった人がいないから、よくわからなくて……」
お、これはまんざらでもない返答だ。
「清和さんも、タクト以外に気になる人がいるわけでもないでしょ?」
「それは、まぁ。うん……でも、いきなり恋愛とか、そんな勇気、私には……」
「タクトと清和さんなら、いつものままで大丈夫だよ」
「ほんと? あの感じで良いの?」
「そうそう。あんまり重く考えないで、ケジメは大切だけどただお互いの意思を確認するだけだから」
「意思を確認……うん、それなら……いける、かも。」
「大丈夫。大丈夫。団のみんなも応援してるから! とりあえず、どこか、二人で遊びにいこって誘うといいんじゃないかな」
「……誘う……うん。わかった。やってみる」
清和さんは、頬を赤く染めてうなづいた。
恋する乙女になった彼女は、本当に可愛らしい。
そんな彼女の表情を見て、
(よし! 整った! あとはゴールを決めるだけ!)
ぼくは心の中でガッツポーズを決めた。
そして、
その数分後。
ぼくらは、あの光景を目にした。
謎の一枚布の少女が卓人と二人。
手を繋いで、ショッピングモールを闊歩しているそのさまを。
その様子を見てぼくは。
あーあ。いわんこっちゃない。
心の底から、そう思ったのだ。
#14[彼女への質問状]に つづく
#12[清和聖(せいわひじり)の恋愛]←いっこまえ
更新がギリギリになりまして、もうしわけございません。
今回と前回は、語り手と視点を変えまして、すこし箸休め的な回です。
次からはまた、紫音中心の話になるはずです。
楽しみにしてくださってる方、いつもありがとうございます。
さて、
世間はGWですね。
私も、社会人になって初のGWを迎えます。(これまではサービス業だったので、……察して下さい)
生憎、遊びにいくお金もないので、勉強したり、近場をドライブしたり、
自分のために時間を使いたいと思います。
みなさまも、どうかご自愛くださいませ。
よいGWを。 こたっちゃんより。
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全2件のコメント
まるまさんへ
コメントありがとうございます!
そうなんです、今回は色んな視点から書いてみました。面白いと思って頂けて何よりです(о´∀`о)ノ
不器用な彼らですから、第三者の方が彼らの事をちゃんと理解している。そんな所が伝わればありがたいですね( ̄ー ̄)
暑なりましたねー。気温には充分気を付けます。
まるまさんも良いGWをお過ごし下さい(* ̄∇ ̄*)
こたっちゃんさん、いつもありがとうございます!毎回楽しみにしております(^^)
箸休め的な回も面白かったですよ!いろいろな人の視点から物語を見るのも面白いですね。
GW!楽しみたいものですね!
暑くなってまいりましたのでこたっちゃんもご自愛くださいね。