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音楽小説 『ベートーベンとミストレス』 ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #14『彼女への質問状』
音楽小説 『ベートーベンとミストレス』
小説もくじ
前回(フルート吹きは見た!)からの続き。
#14『彼女への質問状』
吸い込まれるように、濁った瞳。
俺を捉える双眸は、けれど、何も映していないのだ。
都市近郊の、大型ショッピングモール。
午前中の快晴が嘘のよう。
午後を過ると、とたんに雲の影が足を延ばしはじめた。
空はくゆり、今では今にも泣きだしそうな不穏な空模様である。
そしてまた、このショッピングモールの一角でも、何かが起こりそうなほどに空気が張り詰めていた。
フードコート内の狭い通路を隔てたところ、
友人のフルート弾き(2m超え)と幼馴染のヴァイオリニスト(私服)に俺は出くわした。
二人は、驚愕の二文字を顔に張り付けた表情のまま、フリーズしている。
対する俺と、俺の手の先には、少女の左手。
彼女は、盲目の少女、紫音である。
買い物途中の二人が、同じく買い物途中の俺たち(手を繋ぎ中)を目撃した形となる。
驚くのは無理もない。
「誰? その人……」
ぽっかりと開いた口から洩れた疑問は、友人の吉田から出たものだ。傍らにいる聖もまた、言葉にはしないものの、同じ疑問を持った事だろう。
「えっと、こいつは。昨日会ったピアノ弾きで、……その、」
と、俺がなんと説明すればよいか、まごまごと悩んでいると、
「私が朝起きたら、裸のこの人が一緒に寝ていた。ただそれだけの関係……」
隣から、機械音声のような無機質な声で、
最悪なアシストが飛んできた。
「「…………!!」」
知り合い二人の形相が、般若のそれへと変わる。
火にガソリンを注いでくれた。盛大に。
こうなればもう、場が修羅場となるのは必至である。
あんなに優雅な朝を迎えていたのに、
なぜいま、このような危機に見舞われているのか。
話は、この日の朝まで少し巻き戻る……。
――――――――――
その日の朝。
柊卓人は、新宿地下のあるBarで、優雅に朝食をとっていた。
時間が止まったかのような静寂。
四方をコンクリートで固められた薄暗い店内。
あたりには、性別不詳のマスターと、盲目の少女に、白い猫がいっぴき。
「はい、どうぞ」
目の前には味噌汁がほんわーと湯気を上げている。
ご飯に味噌汁、
小鉢には、納豆。生卵。
そして白菜ときゅうりの浅漬けと味付け海苔が乗った皿が二つ。
美しい朝食。
これぞ『正しい日本の』と言わんばかりの、である。
カウンターの中で腰かけるマスターも、俺と同じ朝食を食べていた。
チューチュー……。
そんな豪勢な食卓を前にして、
チューチュー……。
「…………」
盲目の少女、紫音は、チウチウと携行ゼリー食品を摂取していた。
10秒チャージで有名なアレだ。
うぃだー、うぃだー、うぃだー、うぃだー。
なんというか、その。
シンプルに過ぎるというか、
無機質な朝食だった。
うへぇ、という。俺が不思議そうに眺めているのに気が付いたのか、
「その子、それしか食べないのよ」
と、味噌汁をすすりながら、マスターが教えてくれる。
「朝食は絶対にウィダー?」
俺の言葉に、「違うわ」とマスター。
「朝食も、よ。超がつくほど偏食家なの。その子がまともな食事をしているの、私は見たことないわ。……携行食品を否定する訳じゃないけど、三食はねぇ……」
「ウィダー……おいしい……」
「好きなものを食べるってのはいいことだけどねぇ……」
行き過ぎだ、と、マスターはため息をつく。
確かに、随分と心もとない食生活だ。食事は主菜、副菜をバランス良く。栄養失調にはならないのだろうか。
驚愕する俺を余所に、紫音はキリキリと二本目のウィダーに手を伸ばし、再びチューチュー吸い始めた。
本当に、変な女だ。
俺はまた、その変な女に向って質問を投げかけた。
こいつの存在が強烈であればあるほど、興味は尽きない。
「なぁ、お前」
「…………」
「名前を呼んであげないと、伝わらないわよ」
マスターが豆腐を頬張りながら教えてくれる。
そうか、こいつは目が見えない。
あらためて呼びかける。
「紫音」
「?」
お前では分からないくせに、声の方向は分かるのか、紫音はウィダーを吸いながら、体をこちらへ向けた。
彼女の目。
吸い込まれるような、濁った瞳。
俺を捉える双眸は、きっと、何も映していないのだ。
「なに?」
「お前はその、他人の演奏をコピーすることができるよな」
「できる」
「どこでその技術を習った? 学校はどこか通っているのか?」
「学校、通っていない」
「ピアノの先生は誰だ? 誰について習った?」
「……せんせい、いない」
独学。という事だろうか。
「マスター、こいつはいつからここにいるんだ?」
「そうねぇ、二ヶ月ぐらい前かしら」
少し思案しながらマスターは答える。
意外に短かった。
「ひとりで練習してきたのか?」
「練習……しない」
ありえない返答だった。
「いや、練習なしでどうやって上達するんだよ」
プロの演奏をぜんぶ耳コピして、再現する。
並大抵の技量ではない。
とうぜん、毎日高度な訓練を積んでいなければ行えない所業である。
ところが、紫音の返事は変わらなかった。
「練習、しない」
「毎日ピアノに触れはするだろ?」
「そう。ピアノ、弾く」
それは、練習と言うのでは……。
俺の腑に落ちてない様子が伝わったのか、マスターは、
「紫音ちゃん、ちょっといつもみたいにピアノ弾いてあげなさいよ」
と、言ってくれた。
「わかった」
紫音は椅子から立ち上がると、杖もなしに、スタスタとピアノまで歩いていく。
まるで、目が見えているかのような動きだ。
よく見知った場所なら、躊躇なく行動できると、マスターが教えてくれた。
紫音がピアノの蓋を開けた頃、マスターはラジオを流し始めた。
ピアノの、クラシックBGMの番組だ。
しばらくすると、紫音はその番組で流れた音楽を、そっくりそのままコピーし始めた。
それもまた、あきれるほどに。
当たり前なほどに、完璧だった。
「あの子はね、毎日決まった時間。アレをあるの」
「もういいんじゃない?」のマスターの声に、紫音はまたバーカウンターへ戻ってくる。そうしてまた、机の上にあるウィダーをちうちうと吸う。
「どのくらい弾いてるんだ?」
「そうね。合計すると一日……6時間ぐらいかしら?」
6時間……技術を保つには、十分な練習時間だ。いや、練習ではないのか。
「りはーさる……」
これはリハーサルだと、紫音は言った。
なるほど、出来ないことを出来るようにするのが練習なら、
なんでも弾ける人間にとって、練習など必要ない。
本番までの最終調整、リハーサルなわけだ。
ははは、
一夜明けて改めて思う。
化け物である。
俺は、どうしてこんな怪物が出来上がったのか、ますます興味が沸いてきた。
そして、俺の中の音楽家としての血が、直感する。
こいつは、ただのコピー女ではない。
この女はまだ、恐ろしいほどの可能性を隠している。
それはひょっとすると、俺に必要な何かかも知れない。
#[彼への質問状 1/2]に つづく
#[フルーティーゴリラ、愛を説く]←いっこまえ
コメント:サイトの不調とネットの不調のため、更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
さて、
GWも終わり、夏の気配がしてきました。
梅雨前の過ごしやすい時期ですが、
頑張りすぎて5月病にならないよう、皆々様も気を付けてください。
程よく遊び、結構休む。
大事です。
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