好きなことをやってる”はず”なのにしんどい!!どうして!?それはね、→

好きなことを見つけなきゃジプシーになってますか?

こんにちは、なおです。

今日は

  • 「好きなことやってるはずなのになぜだか辛い」
  • 「これがほんとに好きなことなのか分からなくなっちゃった」
  • 「自分が真に好きなものをどうにかして見つけたくてあれもこれもやってみたけどなんかすぐに飽きたり挫折したりして……」
  • 「自分の好きなことがわからないなんて俺はダメじゃなかろうか……」

そんな気持ちをバーンする記事を書いていきます。

わたしは今、大学院で音楽を専攻しています。今はこれがいちばんわたしにしっくりくる場所だ、というおだやかな(アゲアゲキラキラ爆発ハイテンションな訳ではないのだ)実感を得ています。

一方で、このおだやかな実感に行き着くまでにたくさんの寄り道や迷い悩み悶々ジタバタがあったっていうのも事実です(過去記事を読んでくださった方はしつこいぐらいにお分かりかと思います笑)。で、今はそれらも含めてわたしの道のりだったと思っていますが、悶々の渦中にいる時ってすんなりそう思えないことが多かったですね。

という訳で、わたしの経験則から上記の疑問に切り込んでいきますよ。

好きなことやってても辛いことがたまにあるのは当たり前じゃ

「これこそ私の本当に好きなことだ!!って思って今度こそと意気込んで始めたのに、だんだん疲れてきちゃって……しんどくなるってことは本当は好きじゃなかったってことなんでしょうか……」

→好きなことやってても疲れたりしんどくなったりすることがあるのは当たり前です。

こう思った時にやることは、しんどく感じた自分の感情や体を責めることじゃありません。何をどうしんどく感じたのか、具体的にほぐしていくことです。

考えられる理由とヒントになるかもしれない対応

  • 「疲れた」→休みましょう。
  • 「飽きた」→他のことしましょう。
  • 「好きなんだけど人と競ったり人目が気になったりする」→なぜそんなに人目が気になるのか?親子関係のこじれを紐解いたら鍵があるかもしれないす。
  • 「上辺のきらびやかさを見て憧れてたけど、やってみたら中身はそんなに好きじゃなかったっぽい」→何事もやってみるまで実情はわからないから、まずは勇気を出してやってみた自分をメタメタに褒めましょう。

です。

「えっ……そんなん即効性の対応じゃなくない……?私が求めてるのはもっとこう、迷いを一発でバーンと晴らすような啓示っていうか、運命の出会いみたいな言葉であって……」って思った方もいるかもしれません。

確かにそういうのに出会える時もあるんですが、そういうのって皮肉なことに、狙って探してるうちは掴んだと思っても掴めなくて、散々疲弊した末に自分のすっげえ身近かまったく思いもよらなかったところでコロッと見つかって、ガクッと脱力するようなことだったりもするんですね。いわゆる青い鳥なんですね……(  ̄▽ ̄)

だから、結局のところ答えは自分で動いて悩んで人とぶつかったりして時間を惜しまず見つけていくことになるんです。

そもそも一生モノの好きなことを見つけて続けるつもりでいたのなら、それに向き合って試行錯誤する時間だって一生かけるつもりでも良いじゃないですか?

大切なのは、

「疲れた!!休んでやる」「あきた!!やめてやる」「人目が気になって怖くてできない!!」「本当は好きじゃなかった……?」という状態になって、そして実際にその迷いにがっぷり四つで向き合った後で

「……休んだら、またやりたくなってきた!」「……他のことやったけど、やっぱりこれが好きだったみたい」「人目が気になるけど……でもやりたいんや!!」「思ってもなかった一面が見えちゃったけど……それでもこれと付き合っていたい!」

ってなるか、あるいは

「休んだらどーでもよくなってきたー」「他のことのがおもしろくなったったー」「人目が気になるのは単に注目されたいがための手段に使ってたからかも。ならいいや」「げー、こんな面もあるならやりたくないや。バイバイ」

ってなるか、どうかじゃないかなぁ、って思います。そしてどっちもそれはそれで結局アリなんです。やめたからダメとか続けたらイイとかじゃなくてね。

好きなことは、どんだけ手抜いてやっても休み休みやっても一旦離れても結局また戻ってきたり妙な縁で再会しちゃったりします。まさしく「ご縁があれば」って言うやつです。だから一旦離れてみるのがいちばん分かりやすいなーとわたしは思っています。

自分の寂しさを「天職探し」でごまかさないでください。

「自分の好きなことはどこかにあるはずだ!!って思って、予定パンパンに詰め込んでいろんな人と会ったりイベントや習い事やボランティアや副業や職探しやその他いろいろやってるんだけど、なんか決め手に欠けたり、燃え上がってもすぐに飽きたりどうでもよくなったりして……」

→とりあえず休みましょう。そんで、予定を吟味しましょう。吟味どころか、一度ぜんぶ取り止めてスケジュール表を空っぽにしても良いぐらいです。

「そんなことしたら居てもたってもいられなくなっちゃう!!」「予定が無いなんて寂しい人間だと思われちゃう!!」「だっていつでも充実していなきゃ!!」って、恐怖に駆られた人は、何がそんなに自分を焦らせて駆り立てているのか元から辿ってみてくださいね。

  • 周りの友達が充実してるように見えるから→”ように見える”だけで本当のこと全部知ってる訳じゃないですよね。同様にあなたも、相手に見せるために生活してる訳じゃないですよね。
  • 親に怒られる→怒られたからって別に何も悪いことしてないから怯えないでいいです。

「誰の目も見栄も気にしなくていい」なら本当は何がしたいか、って自分に問いかけてください。

予定表がスッカラカンでも大切なことは案外こなせるし、予定が無いなら無いなりの楽しみもあるって、心身から実感したら、焦りが抜けて落ち着くと思います。空き時間はイコール寂しさじゃない、寂しさは悪者じゃない、寂しさは「自分以外の外に何かを見つけたから」と言ってすぐに100%完全に埋まるものじゃない(それを失ったらまた代わりを探さないと寂しさが収まらないから堂々巡りなんです)、と思うのですよ。

焦りと疲れが抜けたら、そっからもっかい、「本当に楽しみな予定だけ」を入れる手帳にしていけば良いんですから。いらないならいらないで別に持たなくてもいいし。

もちろん、「いやいやマジでマジで好きなことがありすぎて時間が足りないぜ!!」っていう人は好きなだけ詰めて楽しんでください。

「好きなことの有無」と自己否定をごっちゃにしないでください。

「好きなことが無いなんて、わからないなんて、俺はダメ人間や……もう生きててもしゃあないんや……」

→別にダメでも珍しくもなんでもないのでとりあえず落ち着いてください。

考えられる理由&対応

  • 「好きなこと」を大勢の目につくことやお金が儲かることに限定している→限定しなくていいです。今食べたいご飯も今着てる服も今持ってるスマホも今見てるこの記事も、あなたの「好き」で選んだことですよね。好きなことあるじゃないですか。
  • 自分&自分の今好きなことを卑下または見ないフリしている→好きなことに大小も優劣もないので、真っ向から認めてあげてくださいね。
  • 「好き」と思ってやってることが実はそんなに好きじゃないから混乱している→何かの依存性的になってる時ってこういう苦しみに陥ることがあると思います。買い物とか食べ物とかお酒とかタバコとか仕事とか異性とかギャンブルとかセミナーとか宗教とか勉強とかなどなど。誰かに相談するのも良いかもしんないですね。

「生涯を通して唯一無二の好きなもの」なんて無理矢理探さなくていいのです。

こういうタイトルの記事を書いといてなんなんですが、あなたがそれを本当に好きかどうかなんてことは他人にはわからないし、まして「やるべきか、やめるべきか」の判断を下す権利や義務も無いんです。自分で決めて自分で始めたことだからね。

「好きだから今やりたい」も「好きだけど今はやりたくない」も「前は好きだけど今はどうでもよくなった」も、どんな気持ちもあって良いんですよ。

好きなことだからって無理矢理続けなきゃいけない義務なんて無いし。続いたからと言って好きなこととは限らんし。そもそも目先の好きなことややりたいことってコロコロ移り変わるし(やりたいと感じる根本的な理由は同じだったりするんだけどね)。

いちいちひとつのことや目標に自分を縛り付けようとしていたら、自分の変化や成長にも無理矢理フタすることになっちゃいますからね。

 

わたしの場合、たまたま小さい頃からやってた楽器の演奏が、今も続いています。けれど小さい頃は練習もイヤだしレッスンもだりぃって思ったことが多かったし、中学卒業の時点で特定の先生について習うことは一度やめました。

高校以降も部活とかで好きな時に独学でやったりしてたけど、心理学に目移りしたりゲームやインターネットに目移りしたりもしたしそれもそれですごい楽しかったし。大学辞めて就活してた時は出版とか医療に目移りしてた。一日数時間まとまって楽器を練習してたのって、二度目の大学進学してからですね。それでもやらない日もあったし今でもあるし。

大学で音楽やっても尚進路の悩みはあったし、院に入ってさえ「これでいいのかこれでいいのか」と悩んでたし(「うるせーこれでいいのだ」とバカボンのパパ返しをしたい)。

そんなもんです。小さい頃から英才教育一日何時間も練習ぶっ続けでキャリアバンバンに積んで、みたいな人に憧れが無いわけじゃなかったけど、自分がやりたくもないのにその人達の行動の上辺ばっかり真似したって自分はその人にはなれない。し、あの人達もどんなに逆立ちしたって私にはなれない。ってこともわかったからね。

どんなに経歴だけ、数字だけ、量だけ、無理矢理積み重ねてもそれは表面のことで、「好き」という気持ちとか充実感とか集中力の中身も無くちゃ空っぽになっちゃうのです。5時間イライラしながら気もそぞろに無理矢理楽器弾くより、30分間夢中になっての練習が楽しいですよね。

まとめ

というわけで……いつもと結論は同じになるんですが……

・とりあえず休んでねん。

・好きなことだって飽きたり疲れたり辛くなったりはするので、その感情は否定しないでねん。

・今自分の目の前にあることと大切に向き合ってねん。

・イヤなことはさっさとやめてねん。実は好きなことだった、って後から気付いたらその時戻ったって良いのだから。

です。

ではでは、また(* ̄∇ ̄*)読んでくれてありがとう。

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全2件のコメント

  1. なお 2016/11/23 23:50

    歌穂さん、コメントありがとうございます!ブログ拝読してます(* ̄∇ ̄*)

    比較して落ち込む気持ち、すごく身に覚えがあります。
    試験の成績発表見てはクサクサピリピリして、先生の評価にビクビク怯えて、いろんな子に嫉妬燃やして、自分の演奏も自分もゴミクズにしか思えなかったりなんかしました(そして今でもたまにそうなります☆)。

    でも、「弾けない」人から見たら、確実に私達は「弾ける」人で、それは紛れもない才能であり特殊能力で、良いか悪いか優か劣かに関わらず、純粋な事実なんですよね。って、
    音楽とまったく関係ない業界の人達と交流した時に、しみじみ感じました。

    陰ながら応援してますね(((* ̄∇ ̄*)))

  2. 歌穂 2016/11/23 15:04

    私も、高校の音楽科でピアノを専攻しています。

    将来的には音楽療法を本命に活動するつもりですが、附属の大学にピアノ科で行く方向に落ち着くまで、色々ありました。

    学校の人だけじゃなくて、テレビに出てる自分より年下の天才少女と比較してみたり、音楽学校に行ってる人全体だとワーストなんじゃ…なんて思ってみたり。

    でも、ピアノを弾くこと自体は好きなので、こうなるのはどうしてだろうってずっと気になってました。

    ブログを読んだ後、そんな気持ちの謎が解けた気がしました。

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