3年越しの再会と想い

何度かブログで、「親友を失ってみて気づいたこと」とか、何度も、大事な友達と悲しい別れ?一時的な縁切り?を、したことを書いた。 今でも、あの時の感情は鮮明に思い出せるし、正直死にたくもなる。だから、あまりリアルには思い出さないようにしていて、時が流れて、薄くなっていくことを期待している。 この前、あまり開かないメールアプリに、メールが届いた。 グループを離れた時に、メールアドレスにわざわざ連絡をくれた優しい子だ。 何も聞かずに、グループを離れたことを静かに祝福してくれた子が1人だけいた。 その子に感謝する機会が数年越しに訪れて、やっとお礼を言えた。 その子の言葉があったからこそ、私はあの時の自分の選択に少しだけ自信を持てたし、100パーセントの絶望感を感じなかったし、死にもしなかったような気もしてる。 お礼と共に、あの時離れた人達の近況をいくつか聞いた。 人のことなので、詳しくは書かないけれど、気になっていた懸念点が、現実のものとなっていて、私の中で心配な気持ちが吹き出す事件が起きて、予想以上に、ある1人の友人への感情が自分の中に残っていることに気付いた。 親友が、幸せでないかもしれない。 他人の幸せを、私がジャッジするなんて、失礼だしおこがましいかもしれない。 話を聞いていて、私がもうその子と関わることが不幸になる可能性が高そうなことが分かったし、今の選択で良かったことがとても分かったのに、なぜかとても会いたい気持ちと、もう関係修復は望まないほうがいいこと、両方の思いがあって、葛藤した。 関わりたくないけど、もう一度会えたら… もう会わないし、私は一緒に過ごしたり出来ないけど、幸せになってくれたら… 色々な感情が出て来た。 久々に、会えたその子に感謝して、感情が物凄く乱れたけど気になってたある友人の近況を知れたことに感謝して、同時に色々悲しくなった。 関わらないほうが、お互いの幸せだ。 そんな風に、何となく確信が芽生えたことは、正直悲しくもあったし、これが人間関係で、人は変わっていくし、これがなんら変なことじゃなくて言うなれば自然なこと。 後悔はない。 でも、「時間が経てば…」みたいな可能性がとても低いことは分かって… 縁切ってから3年経つのに、未だに思い出を思い出して、自分の本音や、自分と向き合い自分を知る機会を与えてくれることが多くて、どれだけ良くも悪くも大きな存在だったか、今でも思い知ることがある。 一緒に過ごしたかった。 でも、あなたも私も、変わったんだよね。 結婚するしないでも、大きく変わってしまう。 価値観は、違う。 違う価値観を、認め合えない関係は、辛い。 そんな事実を、もっとおおらかに、穏やかに、受け止めて、今抱いている悲しいとか、辛いとか、何にも代え難い深い苦しみが、もう少し楽になるのは、結構時間がかかりそうで、 それを抱えたまま、「生きろ!」と言われるのは正直辛くて。 いっそ、「死んでも良いよ」と言われた方が、私は生きるのが楽なタイプなんだと、最近とても理解することが出来た。 ポジティブな励まし?よりも、ネガティブな励まし?柔らかい励まし?のほうが、私は心地いい。 あのグループでは、厳しい言葉やいじりが多く飛び交っていたし、頑張れる子や強い子が多かった。 もう、染まらなくて良い。 でも、同じ声や楽しかった思い出は、あの瞬間だけの物だ。 取り戻したくても、取り戻せない。 時間は巻き戻らない。 また接することがあっても、同じようにもう信じられない。きっと、あの時みたいに楽しくは過ごせない。違う形になっても、それは私にとって心地良く感じない可能性が高い。 万が一…85歳くらいになって、お互い価値観とか言わずに、もっと大らかに…丸くなっていたら… もしくはあの世で… 縁側でお茶出来たら良いのかもね。 今は… もしかしたら今世では、、、 サヨナラかもね。 この別れを、後悔はしていない。 仕方ないことだったとしても、 あなたもわたしも、幸せになっていこうね。 そんなことを思った、ここ1週間でした。 ...
2018/09/270 DownloadsDownload