フィルターの不思議

前の仕事で、自分のこれまでの経験上初めての経験をしたので、今日はそれを書こうと思います。

皆さんは、自分のフィルターを通して人を見たことがありますか?

と言うよりも、この『フィルター』がない人は、この世にはいないんじゃないかなぁと思うのですが…。

私も、勿論この人を判断するフィルターを持っています。

私の経験上、これまでの人生で、悪い印象から良い印象になったり、無視された人から好かれたり仲良くなるパターンはほとんどなかったのですが…

今回の職場で、人見知りのせいか、初めて会った時から、無視とか私に視線をほとんど向けない女性がいました。

人見知りなのかなぁ?と思ってあまり気にしなかったのですが、話を奪う感じのコミュニケーションがとてつもなく嫌で…

私は、その職場内で、どんどん言葉を発しなくなりました。

しかも、居眠りが凄い(後にこれ、持病だと知ったので、この子だけの問題ではないと解りました)

自分を嫌ってて、仕事姿勢的にもどうかと思われる行動を取っていたら、そりゃあ嫌いにもなる。しかも、多分向こうも嫌いだろう、的な。

昔だったら、もっと病んでいたかもしれないけど、この子に嫌われることが問題ではないことや、評価者はこの子ではないし、意識しないことに努めました。

でも途中から、もう少し意識を変えてみました。

そもそも、居眠りって悪いことか?

私は出来ないけど、これが出来るって、この子は凄いかもしれない。

ちょっとぶっ飛んだ解釈かもしれませんが、世の中「昼寝」を推奨している会社もあるくらい。

一見、自分や周りがタブーだとしてることが、世の全ての常識ではないと、敢えていつも自分が見ていたフィルターではなく、逆の視点?と言うか、自分の見ているその人の姿に、真逆の判断を下してみたんです。

悪い、嫌いというフィルターで人を見れば、どんどん悪いところや嫌いなところが見つかるだろうと思って。敢えて。

そうしたら…世界って変わるもんだなぁと思いました。

その子と出会ってから4ヶ月くらい。

仕事の最後の日は、その子とLINEを交換して、Wordを教えたりしたことを感謝されて、私もその子に質問した時色々教えてくれたことを感謝して、恋バナまで聞く程仲良くなり、最後を終えました。

その子に対して凄く尊敬したことは、どんなに忙しくなっても、愚痴はあったけれど、周りに対して怒りや憎しみをぶちまけなかったこと。

凄く忙しくて夜も遅かったけれど、先に帰る人に対して、なんとも言えない憎しみを持つことが、その子だけはなかったような気がして…。

他の人は、「他人の為…みんな疲れてるんだから…」みたいな気遣いが凄くて、でもそのせいもあって、忙しさからの余裕のなさや、自分より楽な人への憎しみ?(憎しみと言うと大げさかも…)が強くて…でも割と、その子はどこか天真爛漫なところがあって、自分を大切にしていたせいか、『自己犠牲』みたいな感覚が良い意味で薄くて、多分私が真逆の性質を元々強く持ってたので、なんかとても尊敬出来た気がします。

自分を無視して、嫌われてると思ったところから、ここまで一転して、頼り頼られるようになったことは、これまでの自分の人生では割と大きな出来事で…

見方を変え始めてから、その子の良いところや尊敬出来る部分がどんどん見つかって、最後には良いところしか見えなくなりました。

些細な、小さな変化かもしれないけれど、私自身にとって、これはとてつもなく大きな出来事で…

自分の考え方や捉え方が変わるだけで、こんなにも人は大きく変わるんだ。

私が変わって、その子の良いところを見られるようになったのか、はたまたその子が変わったのか…

ダメな奴、と思うと、その人は本当にダメになるという話を聞いたことがあります。

現実を、私達が生きてるんじゃなくて、「現実」という映像を、私達が見ているという捉え方があります。

どちらの考え方にも共通していることは、「自分フィルター」を通して、自分は物事を見ているということ。

誰かを嫌な奴と思うことも、良い奴と思うことも、自由です。

大嫌いな親を、無理矢理良いように見たり、自分をいじめている人を、良く見ようと言う気もありません。

でも、現実として、こんなことは実際によくあることでもあるように思います。

この見方を学んでも、過去に嫌な思い出がある人物やら親やらに、凄く良い見方が出来る訳ではないけれど…

自分がいつも見ている捉え方を少し変えるだけで、人は、世界は、少しずつ変わってくるかもしれない。

ついでに言うと、仕事を辞めた後に、今回辞めた経緯がちょっと特殊だったのですが、その経緯に関して相談した人がいました。

面接とかって、割と良いように言ったり、嘘ついたりとかしなきゃいけないってなりがちじゃないですか。

私は、とりあえずそんなもんだとこれまで思ってました。

私の今の働き方は、少し特殊なので、それも踏まえて今後のことを相談したところ。。。

「今回のことは正直に話して良い」とのことでした。

ビックリ…正直に言って良いんだ…。。。

自分の常識って、ホント何年もそうだったから、どこでもそうって訳じゃなくて、狭い世界のもんなんだなと思いました…。

世界は、広い。

見え方は、1つじゃないし、どれが正解かも、自分にとって心地イイかも、分からんもんですね…。

今回のこと、色々と凄く勉強になったなぁと心から思いました。

自分の見え方で、世界が変わる。

実体験として、これまであまり実感することはなかったけど、今回は大きな宝を貰ったような気がしています。(頑張り過ぎて体調崩したのは事実だけどね!!!でも良い経験だったさ!!!w)

長くなりましたが、今回の経験を忘れずに、次の仕事場所はもっと遊ぶように仕事してみようと、今日遊びに行った先の人とも話して、楽しく帰っている今です笑

長くなったけど、読んでくれた方ありがとうございました!!!

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初めまして。 オハナと申します。 ライフチェンジカウンセラーとして、自信がない人や、生きにくさを感じている人…そんな人を笑顔にしたり前向きにしたりする仕事をしています。ココトモの次のステップを後押しするチャレトモのほうでは、キャリアアドバイザーとして活動しています。 私は、『救う』と言うよりは...

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全2件のコメント

  1. オハナ 2018/10/17 16:36

    ぬいさん☆
    興味深くて、「純粋経験」とか、「唯識思想」とか、色々調べちゃいました笑
    何となく、ぬいさんが話してくれたことが、分かった(気がします笑)。
    自分のフィルターは、こうした経験とかで初めて分かるのかなぁ?なんて思います。
    自分だけで考えて、自分のフィルターを理解するなんて至難の業なのかなぁ?と。
    でも、フィルターに気づいて、何か行動した時に、こうして変わる、経験することもあるんだなぁとは思いました。
    本やブログなどで情報は得ても、実際やってみなきゃ分からないから…。
    大発見、か。。。私にとっては、今回のことは本当に「大発見」でしたね。こういう時に『人生って面白いなぁ』と思って、ちょっぴり生きる活力が湧きます笑笑
    生きていくことで自分のルーツが分かる、ルーツを知ることで、生きやすくなればと思います。

  2. ぬい 2018/10/17 12:03

    西田哲学の純粋経験なんてのが
    フィルターを通さない
    外界との接触方法なのかなと思いました
    五感で感じることと心の中に再現された物は別物である
    仏教の唯識思想みたいですね
    意識すると自分がどうしてそれについて
    そういうふうな見方をするのか
    そのルーツみたいなのがあったりするのかななんて思ったりします
    なかなか自分のフィルターは自分で気づけないことは多いのですが
    見つけられたら大発見だなと思いました

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