あの頃の自分に戻りたい

タイトル通り、そう思うことありませんか?

社会人になると、『学生時代に戻りたい』とよく耳にします。

いじめとか人間関係とか色々あった私としては、学生時代に戻りたいとは思わないのですが、ある戻りたい時期、があります。

それが、『大学時代のアパレルのアルバイト』

1番、人生で輝いていました。

入った瞬間に、『これこれ、これがやりたかったの!』と思ったこと。

周りの20後半バリバリ仕事してる人達に、19歳の私はとても可愛がられて、ステキな人から正社員並みの良い教育を受けました。

この時受けた教育態度や接し方は、その後私が人に教える時に心がけていることの基礎を作っています。

その後最初の店は閉店。その後異動した新店舗で夜番のリーダー的なポジション、アルバイトの教育。

個人予算比全国ナンバー1。

夜遅くなると、なぜか私1人の時に売れだして、数時間で昼間の何倍もの売上を上げたり…

仕事場の世界が、まるで自分中心に回っているように感じました。お店は、売上は最悪っちゃ最悪だけど、個人予算で頑張ってる私がいるから維持出来てる。お店は潰れないぞ、と…。

店長は信頼出来てよく褒めてくれる人。スーパーバイザーにも褒められ、就職先として勧められてもいました。

この時の店長とは、結婚式、新居訪問、子供が出来た後も付き合いがあり、先日会った際、『あなたはとてもお店に貢献していたよ』と改めて言ってもらいました。

10キロジョギングで激やせしたことも重なり、この時の自分は、結構自分の中で誇りだったように思います。

でも途中で私はスランプに陥り、売上が全国最低レベルだったお店は閉店。

私はIT会社に就職しました。

あの頃の『世界が自分中心に回ってる』感、あの独特のマイワールドがあったあの感覚をもう一度味わいたい。

その想いには、新卒で鬱っぽくなり、仕事を辞めまくり、親なり家族なりと不仲になり空気が悪くなり、一人暮らしを始めて、ココトモに出会い…と10年経ても、同じ感覚は得られなかった。

過去の栄光みたいなものにどこかすがって、その時期の自分と比べては、自分をどこかいつも常に否定していました。

でも、その栄光という光。

今思えば、あれは『周りの評価』に結構重点を置いたものだったなぁと思っています。

数値として、全国個人予算売上というものがあり、店長や周りの評価があり、初めて成り立っていた『私の栄光』。

ありのままの自分、何もない自分なんか、良い評価出来ないかもしれないけれど、あそこまでの成績は我が人生中々頻繁に出るもんじゃありません。

だからこそ、まず何もなくても、自分のこと認めて、周りの評価云々を言っている場合じゃなくて、『基盤』を整えることが大切だったんだなぁと感じました。

周りの評価が何より大切だった昔。

痩せた自分は勿論誇らしかったけれど、痩せてなかったら多分私はダメでした。

人間関係に恵まれたけれど、もしそうでなかったら多分『栄光』ではなかった。

社会人になってからは、どの会社でも、あの時の感覚が味わえないことに絶望して、苦しみました。

これは違う。これも違う。もっと、もっと違う。。この繰り返し。

でもそもそも、私の過去への栄光に対する軸はブレブレで…

ちょっと違ってたなぁと思いました。

今は、実はあの時のマイワールド感、味わうことがここ数年出来ていて…。お金はあまり関わってないことなのだけど、数値を出すより何より、面白いと思えるもの、本来何が楽しかったのか?を理解する転機が訪れて…。

昔アパレルで味わった時と同じような思いはきっと出来ないけれど、違う経験を通して、凄く良い気分に、あの感覚に何度も出会えたら良いなぁと思っています。

夢中で何かに取り組み、楽しくなにかを追いかける感覚。あの楽しく走り抜けて怖いものがない!みたいなやみつきのお味、生きてる中であと何回味わえるかなぁ?と、自分の日々を楽しめるように。

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初めまして。 オハナと申します。 ライフチェンジカウンセラーとして、自信がない人や、生きにくさを感じている人…そんな人を笑顔にしたり前向きにしたりする仕事をしています。ココトモの次のステップを後押しするチャレトモのほうでは、キャリアアドバイザーとして活動しています。 私は、『救う』と言うよりは...

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全5件のコメント

  1. オハナ 2019/01/17 20:12

    ぬいさん★
    そうなんです。あの時あんなにステキな想いをしたのに、今はもう違う…そんな経験は何度もあるから…。
    過去のあの時はあの経験が、きっと私にピッタリだったんでしょうね。

    『老いる』が、前に出来ていたことが、楽しかったことが、もうそうじゃないって、ある意味で悲しいと思います。
    でもだからこそ、意味があるものだとも思っていて。悲しいだけじゃないことも分かってる。

    ぬいさんの言う通り、一瞬一瞬を大切にすることは、本当に大事なんだと思います。
    未来とか夢とか、色々言うけどやっぱりこの瞬間って今しかないんですよね…。
    過去にキラキラした瞬間があって忘れられないと、中々手放して自由になるのは難しいけれど、それでもそんな事がこの先の未来も沢山、違う形で待ってることを信じたい。

  2. ぬい 2019/01/17 14:11

    過去は確かに素晴らしいものなのかもしれません
    けれどそれはその瞬間だからこそ価値があったことで
    同じことを今やっても同じ価値を得られるわけじゃないので
    世の中は無常で常に変化していく
    だからこそその一瞬一瞬をしっかり大切にすることがとても大切なんじゃないかと思います
    そしてその今は過去があっての今なのかなと思います

  3. ぬい 2019/01/17 14:07

    老いる
    人間は二十代頃から身体的には老化は始まるわけで
    今までできていたことができなくなっていくことを経験していくわけで
    それは生涯ずっと続いていく
    それにどう向き合っていくか
    それは一つ生きていくことにおいて課題としてあるのかもしれません

  4. オハナ 2019/01/09 18:23

    cameoさん
    深いコメントありがとうございます。
    私は、このアパレルを通して、自己承認をしていたんだと思います。
    自分を解放して、自由で、最高な気分。それを裏付ける数値など、後ろ盾もある状態。
    でも、それがあったからこそ、この経験をするよりも、足枷はこの後増えていきました。

    cameoさんのコメントを通して、私もマイナスから始まった人間だったけれど、私は足枷を外した後の自由をひたすら夢見て来た人間であると同時に、マイナスがこのアパレルの経験を通して一気にプラスにまで転じた人だったんだろうなと思いました。

    この世の中心に自分がある!みたいな感覚は、麻薬的とも取れるような陶酔感があったように思います。正直、陶酔感と共に、この夢が、幸せがいつか終わってしまうような不安感も、何となく持っていたんですよね。

    ですが、それが終わり、思った通り絶望したこともあった訳ですが、cameoさんの言う通り、『基盤』なるものはちゃんと作られたように思います。
    不安を取り除く、足枷を外すことは素晴らしいし、栄光に縛られることは決していいことではありませんが、cameoさんのように、戻りたい過去はないのに、忘れ物をしたような気持ちになることもあるのだと思いました。
    それもそれで、実は寂しいことなのかもしれません。cameoさんに、寂しさはないとおっしゃってはいましたが…。
    栄光を感じて挫折することは、もしや見る人によっては、それ全体が幸運だと映るのかもしれませんね。

    もっと言えば、戻りたい過去があるなしはは、そんなに重要ではなくて、自分の『今』の気分や気持ちが、良いのか悪いのか、全てはそこなのかもしないとも、コメントを書きながら感じています。

    興味深いコメント、ありがとうございました。
    お互い、足枷とか気にせず、基盤(自分軸をしっかり持って)を支えに生きていけたら良いですね(^^)

  5. cameo 2019/01/09 11:02

    冒頭の問いかけから、僕にはどうやら『戻りたい過去』が無いということに気づかされました。

    もっとも、100あるマイナスをどうにかこうにか減らして減らして……という今日までだったので、戻ったら水の泡じゃ!と思うのも自分として納得がいくのですが、何か少し妙な、なかしさというのでもないし、さびしさというのでもないし、『忘れ物』めいた不安な感覚があるのに疑問が浮かびます。

    戻りたいと思えるほどの栄光の過去をもっていることと、過去に戻りたいと思わないほど堅実に歩を進めることとを比べたときに、後者であるはずの自分が『忘れ物』を感じるとすれば、何なのでしょうか。

    確信なく、ただの予感として、『開放』にまつわるものかなと予想しました。

    オハナさんの体験を例とさせていただくと、アパレルでの成功《世界が自分中心に回ってる感》というのは、とても大きな開放感を伴ったはずです。「私はこの仕事をちゃんとできるだろうか」と不安に思っている状態よりも、様々な枷が外されていて、自分を肯定するもの(数値や評価など)に背中を押されて、解放されていたのではないかと思います。

    それ故に、その開放感が閉ざされてしまって《戻りたい》《これは違う》となってしまった。

    反面、僕は枷を外すことばかりに注力しすぎていて、風景というものが見られていなかった気がします。いくら多くの枷を外そうとも、枷の外れた足で走り回ろうと願わなければ意味がありませんでした。

    いつか完全に開放される日がくるにしても、こないにしても、また閉ざされるにしても、揺るぎないものとして下支えになる自分の『基盤』なるほどと思いました。何の障害があろうと『解放』を目指す『基盤』を僕も培いたいです。勉強になりました。ありがとうございます。

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