結果論として人生を考えた時、やっぱりここまで生きてみて良かったと思った

昨年秋からココトモに登録させていただいた、いちりえです。
初めての投稿です。

少し、私ごとを書かせていただきながら、初めてのご挨拶にさせていただこうと思い、書き始めました。少しのお時間、お付き合いいただけたらうれしいです。

私のからだには、脳性まひという、障がいがあります。
生まれた直後の酸欠が原因だそうです。

脳性まひにはいくつかの型がありますが、私は「アテトーゼ型」です。

アテトーゼとは「不随意運動」のことを指します。

簡単にいうと、手足が自分の意思と関係なく動いてしまう、そんな状態です。脳からの信号をうまく制御できないのだそうです。

障がいがある人生はどうだったか

私の人生は、半世紀を過ぎました。

今思い返すと、それなりにいろんなことがありました。

ただ不思議なことに、今はどの出来事も通り過ぎてしまって、何を悩んでいたのか、どんな感情の波があったのか、正確に思い出せないのです。

その時々はほんとうにどうしていいかといつも悩んでいました。それは覚えています。でも、今考えると、なぜか、「あまり苦労はなかった」とさえ思うのです。そして、もっと荒波に出ていく努力をした方が良かったのではないか、もしかしたら何かサボってしまったのではないか、とさえ感じてくるのです。

そんなこんなの最近、お世話になっている人が、私に伝えてくれました。

「いや、その時その時、確かに感情の波はあったろうし、それなりに大変だったと思うよ。障がいは一生治らないものだったしね。今はここまで来たから、大したことではなかったと思えるだけだよ」

確かに、いつも私は悩んでいました。

いろんな選択肢の中で、そして制約の中で。

社会の仕組みの中で、人々の意識を感じる中で。

その、いっぱいあった悩みは、どこに行ったのか。

あくまで結果論ですが…

今も私は日々悩んでいます。

からだのことで派生することに戸惑い、悩むこともあります。

それは仕方ありません。このからだが私だから、一緒に悩むしかないですものね。

でも、本当にあくまで結果論ですが、

この人生、生き続けてみてよかったです。

私はむかし、とても短気でした。すぐ腹が立ちました。

辛抱が苦手でした。目の前の人にいつも何かを感じ、いかっていました。いつも誰かが悪いと思っていました。

そんな自分にもいつも腹を立てていました。

それがいつの間にか、変化したようです。

自分で言うのもなんですが、少しずつ、自分が望んでいた方に歩いていけた気がします。

人生、捨てなくて良かった、流されないで、いや、結構流された時もあったと思うけれど、自分で歩いてみて、良かった、月並みだけれど今はそう思います。

そう思いながら、今日の日常の、この心の奥のモヤモヤをどう整理するか、今日の悩みに踊らされているのですが…。

あくまで本当に結果論ですが、今までの悩みがそうであったように、今日の悩みも、真剣に(深刻に、ではありません)悩んでいるうちに、いつか気がついたら、何か血肉になってくれるのでしょう。

そうあって欲しいです。今日までの経験からは、そうに違いないと思えます。

人生何があるかわかりませんね…少し弱気になりそうになったら、結果論を思い出してみようと考えています。

まあ、やってみるだけですね。

 

読んでくださって、ありがとうございました。

 

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