誰かの決断に乗っかり、自分に責任を持たないこと
edit2020.10.19 1,926
こんばんはーオハナです。
私は今、仕事上の決断の真っ只中です。
しんどくて、当初辞めようと思っていたのですが、この「決断」のタイミングで、色々考えてズルズルしています。
ダメですね〜コロナで変化や行動することに躊躇してしまう今日この頃…。
ダメだけど、決めなきゃならんのですよ、決めねば。なんて、真面目な性格なのでね。会社の人にも散々「真面目だよね〜」って連呼されてさ。
こんな自分…
とかなんて、思ってました。
今日ね、面白いことに気づいたんですよ。
経緯をダラダラいつもみたく説明するんですが。
まぁいつものごとく、仕事頑張って我慢も限界でこれまたいつも通り体に支障が出始めて。
職場の人相談し、その方に上に掛け合ってもらい、上から連絡が来て。
まぁその上の方、今私が仕事でバリバリ絡みがある人なんですけどね。
その人がキツいって、人づてに話してもらって…。で、「自分のどこがキツかった?」とか話してね。
まぁ、気まずい。んでもってテレワークですよ。人の雰囲気が全然分からなくて、対面で話したことない人と、テレビ会議と文字のやりとりの日々。
そんな中で、こんなん勃発です。
もう、これまでも今も、ストレス。
でね、3人位仕事で絡みある人が、まぁ中々クセが強いと言うかキツい人が多くてですね。
その中の1人が、今言った「上の方」って話した人でその方と。もう2人のうちの1人なら方がリーダーなんです。
もっとシンプルに言おうと頑張ると、3人のうち、2人はリーダーです。私は仮にA所属だとすると、AグループのリーダーとBグループのリーダーとよく絡みがあるわけです。
でね、今回「上の方」がBのリーダーで、自分の管轄のAのリーダーもまぁまぁしんどくて、(ついでに別のもう1人もこれまた似たような性格で)全部しんどいなら「辞めちまえ!」とか思ってたんですよ。
そんなこと思ってて、Bのリーダーより、「部署移る?」みたいな話が出たんですよ。
キツかったBのリーダーは事情分かってくれて少し柔らかくなり、Aのリーダーは中々難しいところがあり、諸々事情もあって打診を受けたわけです。
でね、よく相談してた社内の方Zさん(最初に出てきたBリーダーに話を上げてくれた人ね)にね、
「部署変わるのも、Aのリーダーが嫌なのも良いけど、今大事なのは、オハナさんの体。薬使わずにいられるよう、何が最善なのか考えるのが大切だ。その答えはあなたにしか分からない。」と言われたんですよ。
まぁ、ストレスで耳を軽くやられて、漢方飲んでることも話していて、それを気遣ってくれてるのは自然なことで。
話してもらったのもごもっともで。
目先のお金や、目先の提示されたことではなく、本当に私の体を大切にした上で、私の心の最善を見つける。広い視野で考えてみて、Bリーダーから提示されたことだけを考えないで。
ということを、おっしゃってくださったのだと思う。(ちゃんと確認してないからズレてるかもだけど)
無難に、今のところでやっていったら、とりあえずお金は安心。食いっぱぐれもない。
辞めたら、身体が改善する可能性は高くなるけれど、お金や今後の仕事が見つかる見つからないでストレスを抱える可能性もあるから、ストレスがすり替わるだけで終わる可能性だってある。
最善は、本当の最善は「お金に不安なく、自分に安心を抱き、生きていけること」だけど、今のところ何をどう選んだらこの選択肢に辿り着くのか私には分からない。
婚活もダメだったし。
そんな思いでいながら、今日一旦「今後どうする?」の回答をBリーダーにする予定だったので、Zさんの話もあり回答は保留にする旨を伝えた。
そしたら
「オハナさんがちゃんと判断するの難しいと思ってる。今週回答なかったら、自分の判断でうちのチームに異動させようと思う、って上司(Bリーダーの上司)に言おうと思ってた。もし良かったら利用して良いよ。」と。
えぇ!?!?
私の決断、他人のせいにして良いの?!
と言ったら変な言い方なのだけど、私はこの言葉を直感でそう捉えた。
今回私は自分の中の最善をどう頑張っても選ぶ勇気はないが、異動も結局無難な選択肢だと思っているので、「自分にとって良い判断が出来ない」状態をウロウロしている。
最善、などないのだ。
うまくいくか分からない選択肢、しか、今の私には選べない。
どう転んでも、それしかない。
もっと言えば、そこから「選びたい」になる。
でも、その選択肢に、「責任」を持てるか微妙だった。
元はBリーダーとも、やりにくかった位だ。異動したって、うまくいかない可能性は割と高い。
異動しても1ヶ月くらいしか持たないかも。体調悪化するかも。
そんな不安は消えない。
ただ、先週全てを知ったBリーダーとは話しやすかった。向こうが、気を遣ってくれていると私は思っていたから、その分安心だった。(気を遣われているから、安心もどうなのかな?と自分では思ったりしたけど一旦無視)
そこで、自分のチームに異動を打診された時、「今のBリーダーなら、私やっていけるかも。」と希望を持ってしまったのが、今の思いの全ての始まりだったのかもしれない。
少しでも希望を持ってしまったのだ、異動という選択肢に。
加えて、さっきのセリフだ。
私がこのまま決断出来なかったら、誰かの決断に乗っかることになる。
他人の選択に、乗っかる。
それが、自分で決めたことではなく、他人が判断したことによって自分の所在が決まる。
ということが、今の(この言葉を言われた時の)私にとっては、未来にもし異動でうまくいかなかったとしても、異動の判断する時に決められなくてそのまま決まってしまったので、自分に責任がない=未来の私が昔(今)の自分を責めることがない!と思った。
とてつもなく分かりにくい文章だと思うので、大変申し訳ないのだが、この時閃いたことを端的に言うと。
「私は、今まで自分の所在や人生や分岐点など、後悔ないように自分で選択して決めてきた。」この理論に誇りを持ってきたけど、心のどこかで、「自分の判断や選択に責任を持たなければいけない執着」にもなっていた。
多分、これに気づいたきっかけは、Zさんに何度も言われた、「真面目だよね〜」だ。
あれは、褒め言葉ではなかったと思う。
悪口でもないけど、でも「真面目だと思う。悪いことじゃないけどね。(でも疲れちゃうよ)」の意だったように思う。
真面目なのは悪いことじゃない。いずれ死ぬ時までに、この真面目さを自分で良かったと思いたい。
話を戻すと、この真面目さゆえに「自分の選択に責任を持たねばならない」とか「持つのが偉いこと、良いこと」と思っていた気がする。
だから、「【自分の判断で、異動したほうがいいと思う】と上司に話すので、心が決まらなかったら利用して良いよ」という言葉を「勝手に決めるな!」ではなく、「私の選択肢の1つを、私が責任を持つことなく、のちに私が責める必要もなく、選ばせてくれる図に見えたのだ。
変な言い方だけれど、これしか言えないし、私にはこの「他力本願」みたいな人生の選択が、自分の中で画期的だった。
馬鹿みたいなこと言ってる気がするけど、真面目な私が無駄に責任を持たなくて良いなんて最高じゃないか!と思った。
なんでも自分で決めれば良い訳じゃない。
自分で決めたのに「うわぁ、こんなはずじゃ…」と思ったことは死ぬほどある。
めちゃめちゃある。
自分の判断って、後悔はないけど正解だと思うか?と言われると、悲しいかなそうとも限らない。
失敗したぁ!泣と、思うことも多い。
自分で判断することを、最近「もうどうでも良いから勝手に決めて」と思うことは、ぶっちゃけ増えた。
自分で決めた時って、決めた後のイメージが頭の中にある。成功や幸せのイメージがある。
そうじゃないものって、イメージがない。
悪いイメージがあることもあるし、その時は選択肢ない。
どっちつかずの場合は、イメージが曖昧なのだ。幸も不幸もよく分からない。
でも、よく分からないせいか、たまーにぶっ飛んだ「え!?こんなんアリ!?」に出会う事もある。
偶然なのか奇跡なのか知らんけど。
他力本願や、人に自分の所在や選択を任せる事も、悪くないし、自分で背負う必要もない。
一見、人に褒められそうな、自立してるような、自己責任みたいなものは、輝かしかったり素敵に見えたりするけど。
そうしなきゃ、の執着だったら、中身はドロドロだ。
もっと軽やかに生きていきたいなら、たまには人にお任せしても、バチは当たらないんだろうと思う。
自分で決めて、後悔だけはしないように、自分が生きることに責任を持つ。
良い事だと思ってたんだけどなぁ。
こんなところで、「軽やかに生きる」ことの意味を知るなんて、人生反則じゃない?(何が反則か自分でも分からないけど)
今週、ひとまず考える猶予をもらったけど、自分決めずにボヤボヤして期限来て、勝手に進めてもらって、良くも悪くも「えぇ?!」とか「やっぱり!?」と思うのも、悪くないなぁと思いました。
なんだろ?重かったんだけど、変に軽くなった感じする。答え出てないんだけどさ。
他人に委ねようって、思えるの、悪くないなぁと思いました。(でも嫌なら嫌と伝えるのも大切だけどね苦笑)
選択がどちらでも何でも良い時の判断として、こういうのも良いとか気づいてしまった。
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