親は時間をかけて『親』になる。子もまた同様に。
edit2015.10.14 751
先日実家に帰ったけれども。
実家を出てから1年。離れて本当に両親との関係性は良くなった。
父親との会話は増え、母親には大きな苛立ちは減った。
父親へ『お帰り』と挨拶する事さえ躊躇して言うか言わないか迷いストレスを感じていたあの頃。
今では、父親が私の帰宅に合わせて、エキュートでスイーツを買ってくる。それをエサにして私は実家に呼ばれるのだ(笑)
何気ない時にも、私が好きなものを目にしては、次帰る時には買っていこうと計画を立てる父。
変わったなぁとつくづく感じる。今でも緊張や恐さが全くないと言えば嘘になるけど。
母親との会話、何かと先走って忠告や警告をしては、うざったく感じる事が多くて、しかも言ったひどい事をほとんど覚えていない、基本言いっ放しの母。
細かくて礼儀にうるさくて、反抗する事が本当に多かった。
そんな母も、自分がいかに細かいか、最近かなり自覚が(やっと)芽生えてきたようで、口うるさく言いながら語尾に
『お母さんうるさいから、そして言った後すぐ忘れて覚えてないから。また言ってるなぁ〜とか、あまり気にせずスルーして。』
なんて、言葉の終わりを締めくくるようになりましたw
それでも私は、『メガネが似合わない』(メガネをかけている母親と顔がソックリなのにw)と、『今の相手を逃したら、顔が中の下で、スタイルもボンキュッボンじゃないオハナと結婚してくれる相手は、もう2度と現れないかもしれないじゃない!!』(彼との別れ話を告げた夜の言葉)は、きっと一生忘れない、悲しい思い出となる事でしょうwwwwww
母親が自分のやかましさ、細かさを自覚して申し訳なく思うようになったのは、つい最近の事。
母親は、最初から母親ではないから。
オハナ28歳。
母親も28歳。
父親もまた、28歳。
自分が親として、何が足りなかったか、また娘が娘として、何が至らなかったか、
なんとなーく、やっと見えたのが、オハナ家では、28年目だったのかなぁ?
なんて、感じた、今回の帰省でした。
ってか、ボンキュッボンじゃないのは、母親も同じなんだよね。
母親が指摘したのは、全て自分のコンプレックス。
そう、母親が見ているのはら娘であり、自分の鏡なのです。
同性の親は、同性の子供に自分を重ねやすいらしいから。
きっと、私も母親も、そして父親も、不器用で、うまく言えたり表現が出来ない人間だから。
でも、28年目で、やっと良い距離感で付き合えてる気がする。
別に、まだ早い話だけど、私、子供を産んだら、自分と同じような人間を作るのかな?怖いなぁと感じていました。
母親も実家があまり好きではなく、祖母には厳しくしつけられていて、本音で話せたりも難しい間柄。
そして、私と母も、そんな間柄。祖母程、母親は厳しくなかったけれど。
関係性も、遺伝する事は知っていた。必ずではないけれど。
でも、関係性が変わってきて、私ももし、自分の子供に同じように、気をつけていても同じようになってしまったら、そうだとしても、時間をかけてこんな風になれるのなら、大丈夫な気がする。
そんな風に思います。
遺伝と言っても、実際違う人間だから、必ずではないし、同じようになってしまった時『私の母親がそんな接し方だったからだ!!』と言ったら、責任転嫁になってしまうのかなぁ?とも思うけれど。
それでも、自分が少しでも望むなら、少しでも違うようになる可能性があるのなら、旦那さんになる人が信用出来るなら、
可能性に懸けてもいいような気がします。
あくまで、私が懸けてもいいなと思うだけの話だけれど。
まぁ、子供はそれだけではなくて、色々な事が関わり、欲しいだけで手に入れられるものではないから、そこは複雑なのだけれど。
親子関係は、複雑で、一概に言えなくて、難しいなぁと常々思います。
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