人間関係がしんどいです。自分が嫌いです。

3 211 Shimido 8 ヶ月、 1 週前

はじめまして。Simidoです。長文失礼します。
最近、人間関係に嫌気がさして、学校を休んでしまいました。今、私は高校生で、運動部に入っています。入学したての頃は全てが新鮮に感じ、毎日が楽しかったのですが、徐々に先輩との上下関係や友人関係に嫌気がさしてしまいました。言葉では言いにくいのですが、いつも愛想笑いしたりうわべだけの優しさばかりを振る舞う毎日がしんどくなりました。ついには誰も信じることが出来なくなり、いつも相手の顔色を伺ってばかりでした。でも、親にも気を遣わせたくない、そんな身勝手なことも考えてしまいます。
こんな自分が嫌です。どうすればいいのでしょうか。ゴテゴテな文ですいません。

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コメント一覧

3件の投稿を表示中 - 1 - 3件目 (全3件中)
  • 2019/01/12 11:51

    自立心に向けたプロセスお伝えします。

    人に恐怖を与えるコミュニケーションは効果的ではないです。

    人と良好な関係を築くコミュニケーションをする事です。

    人と良好な関係を築く事をしていけば、
    安心感を得られます。

    すると、感謝といたわりの心が生まれます。

    すると、自分も良い相手もよいと思える行動を行えます。

    すると、自立心を育てる事ができます。

    その上で、信頼を作り出す事ができます。

    周りが、良い反応がないなら、自分から、変わる事です。
    自分が、良い関係を築く努力をする。

    そして、自分も良い、相手も良いと思える行動をおこなう事です。

    すると、自立心が生まれます。

    そして、そこに至るまでに、
    自分の反省改善も効果的でしょう。

    人間関係のルールとは、
    相手の望みを叶える事です。

    それを実践しましょう。

    色々とできる事は多いです。

    色々と実践していきましょう。

  • 2018/09/29 22:07

    どうも珈琲と言います。
    人を信じてなんて言いません。
    疑い続けて良いと思います。
    人に期待をし続ける事と人には裏があるのだと思い続けることに
    どれだけの違いがあるのでしょうか。
    そこに大した違いはなく
    何処に視点を置くかという違いしかないように私は思います。
    「真実を知りたければ嘘を知れ」という言葉があります。
    疑い続けることで見つけられるものもあると私は思います。
    だからそのままで良いと思います。
    人の顔色を窺いながら生きるのは辛いと感じる事も多いと思います。
    しかし私は素敵なことだと感じるんです。
    もしも、自分の大切な人の不安な時や幸せな時に顔色を窺い続けていたら
    きっとどんな表情も見逃さずに済むのではないでしょうか。
    自分を嫌っても自分は自分以上にも以下にもなれません。
    自分を変えれば問題はなくなるかもしれません。
    しかし、それは自分じゃない誰かになったからなくなっただけです。
    ただ別な問題が発生するだけです。
    したがって変えるべきは自分ではなく手段ではないでしょうか。
    自分のままで自分が納得のできる関わり方を見つけてください。
    参考にならなかったら申し訳ありません。

  • 2018/09/29 14:14

    誰にも話せないのは辛いですね。
    「素」でいられるお友達はいませんか?

    先にお伝えしておきますが、
    もし、お気を悪くされたら申し訳ありません。

    私には、あなたが「成長をしている証拠」のように思います。

    残念ながら、この先も上下関係はどこにいってもあるもので、人の顔色伺うことも増えることがあっても減ることはほとんどないと思われます。

    上辺の優しさを振る舞うこともあれば、
    上辺の優しさに触れてしまうこともきっとあります。

    愛想笑いも、もっと上手になっていくと思います。
    世の中は愛想笑いに溢れています。

    かと言って、それらを全て受け入れなさい
    と言いたいわけではありません。

    むしろ、あなたのように
    人間関係に悩み、上辺の優しさ、愛想笑いに疲れている、嫌気がさしている人の方がはるかに多く、そちらの感情の方が「当たり前」なのです。

    人間関係にあまり悩むことがない人は
    どういう人か、
    立ち振る舞いがとても上手で、起用な人なのだと思います。

    愛想笑いが上手にこなせる人達は、
    休憩することが上手な人なのだと、
    私は考えています。

    あなたが学校を休んでしまった、
    それも十分に必要な時間だと思いますよ。

    そして、人と関わるうえで「笑顔」が大事ということもわかっているから、愛想笑いが上手になっていくのだと思います。

    私の考えではありますが、
    笑顔と愛想笑いでは、確かに大きな違いはあると思います。
    けれど、無表情よりも、愛想笑いでも笑っている顔をしている方が、好印象をもたれるのは確かなのです。

    上辺の優しさも、自分に向けられれば「必要のない優しさ」なのですが、
    では、困っている人を見つけて「自分で頑張りなよ」と、正直にぶつけられる人はどのくらいいるのでしょうか。

    建前でも「大丈夫?」と聞くのは
    ある意味でコミュニケーションの1つのように思います。

    これら全て、疲れますよね。
    私もこんなふうに淡々と書いていますが、
    けして「平気」なわけではないのです。

    人間関係が嫌になったときは
    私も仕事を休むし、誰とも連絡をとりません。

    「お互いさま」
    私はそう考えるようにしています。

    それと、愛想笑いも上辺の優しさも猫被りも
    一括りに「悪いもの」と考えてはいません。

    「生きていくうえである程度必要なスキル」
    そう考えています。

    自分が居心地よく過ごしていくために
    素の自分をだすことだけが必ずしも楽な環境になるとは思えないのです。
    (これは個人差がある考えかもしれないです^^;)

    では、どこでメリハリをつけているかと言うと
    私には、「素」でいられる友達がいます。
    その友達の前では、愛想笑いもしないし
    上辺の優しさも向けないし、もちろん猫被りもしません。

    旦那もそうです。
    旦那にも、愛想笑い、上辺の優しさ、猫被りなんて一切しません。

    要するに、本来の自分を受け入れてほしいなって思ってる人たちに、受け入れて貰えてることが
    私にとっては十分なのですね。

    だから、それ以外の人間に
    わかってもらえなくても良いのだけど
    居心地が悪いのは嫌だから
    建前の自分を作り上げるのは
    あくまでも「自分のため」としています。

    最初にお聞きした、「素でいられるお友達はいませんか?」というのも、そのためです。

    もし、親に受け入れてほしいと思うのであれば、きちんとお話しするべきです。

    あなたとご両親の関係が良好であれば、
    1番の味方になってくれるのはご両親のはずです。

    私の場合は、私の姉が問題児のため
    私の心配をさせるわけにはいかないと思い
    親の前では「何も心配のいらないしっかりした子」を作り上げてしまったため、
    あまり親に頼ることはしないのですが

    それでも、育児に躓いたときや、
    自分の体調が悪くて何もかもうまくできなくて
    しんどくなったとき、母親の声を聞くと
    安心したりします。

    長くなってしまい、申し訳ありませんm(_ _)m
    参考になるようなことも言えなかったと思います。

    1つ強く伝えたいのは、
    休むことは悪いことではないよ、ということです^^
    上手に息抜きする方法を、これからたくさん見つけられると良いなと、願っています。

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