しずく

母の死と父の信用

2 113 しずく 5 ヶ月前

こんばんは。前回のトピックスからしばらく間が空きましたが、ぽつぽつ死にたいと感じることがありつつも。自傷を自分で制御できています。明らかに回数が減っています。お話を聞いてくださった皆様のおかげです。ありがとうございます。

今回トピックスを立てたのは、今までモヤモヤしてたことを文章にまとめたかったからです。相談というより本当にただの独り言みたいになっちゃうと思います。すみません。

私の母は約2年前に病気で亡くなりました。
死因は元になった病気の合併症。書類上ではインフルエンザ肺炎でした。
病気になって4年間、母は自分1人で歩くことも辛いはずなのに、酸素ボンベをつけながら家事をしていたし、仕事もしていたし、なにより私たち家族のことを考えてくれました。
自分の思い通りにならないとすぐに頭に血がのぼる父と、毎日のように喧嘩をしていましたが、明らかに父が悪い内容でも、母は私に「父の機嫌を損ねさせてごめんね、怖いよね」とメールで知らせてくれるような人でした。

入退院を繰り返す生活をしており、4年間のうち最後の1年は順調に回復していて、月に2度の通院だけでした。
薬の副作用で免疫力がとても下がっているので、家の中に菌を持ち込まないよう、私と父も医者に言われていました。とはいえ、私はせいぜい手洗いうがいをする程度で、特別何か気にかけるようなことはしていませんでした。父も同様です。馬鹿でした。

ある日、父がくしゃみと鼻水が止まらない!と言っていました。元々くしゃみをするときに口に手を当てない人で、手を当てないでくしゃみしまくり。母の目の前です。母がやめてよって言っても、やめなかったことを覚えています。手を抑えるのが間に合わねえんだと言ってました。

数日後、父は風邪薬を飲んで回復しましたが、母の体調が急激に悪化。私が学校から帰ってきたときには、ベッドに寝たままおしっこを垂れ流し、息は荒くなっていました。父が帰ってくる頃になると言葉もろくに聞き取れず、意識はあるもののろれつが回っていませんでした。

インフルエンザでした。免疫力が下がっている状態のインフルエンザ。心当たりはありすぎました。どう言葉にすれば良いかわからない後悔と罪悪感と焦りと恐怖が一気にきました。それから母が亡くなったのは2週間後です。母を殺したのは私と父と言っても過言ではないと思います。

母は家から出られないので、菌を持ってくるとしたら私と父しか考えられません。馬鹿でした本当に。体調がずっと良かったし、今までと同じ生活をしていて問題がなかったので油断していました。私は罪悪感で押しつぶされそうです。

お葬式の準備や挨拶をしている時、ずっと体調良かったのにね〜急だったね、と親戚と父が話していました。父は「俺たちも精一杯、菌を持ってこないように気をつけてはいたんですけどね…」と言っているのを聞いて、頭が真っ白になりました。

どこが….?母の目の前でくしゃみして咳してたのは父なのに?私たちが殺したようなもんなのに?なんでそんな俺は悪くないみたいな言い方できる?私ずっと感じてるこの罪悪感は?
親戚の前だから、自分のことを棚に上げたのでしょうか?そういうしかなかったのでしょうか?正直に言う勇気はなかったのでしょうか?大人の事情と言ってしまえば終わりですが、私はこの発言を許すことはないと思います。

理不尽なことで怒り、八つ当たりし、手はあげなかったものの暴言を吐いて私や兄、母のことを傷つけたこと、一生許せません。父がいない時間を見計らって、母が私に泣きながら死にたいと言ってきたことも、忘れません。

喧嘩ばかりで母の誕生日も母の日も、父から母へなにもしたことなかったのに、亡くなってからは仏壇に花やケーキが添えられています。
どうして生きているうちにできなかったのか。生きている母に渡せたら、どれだけ救われていたのか。今更すぎます。それが父の懺悔の形なのでしょうか。どこか、私の中の何かがゾワゾワして耐えられません。もっと早く亡くなっていたら、母はもっとたくさん花をもらえたのでしょうか。

母が亡くなった年の暮れ、おばさんの夫が自殺しました。おばさんは「喧嘩していたんだ、私が原因なんだ」と泣いているのを見て、私はさらに胸が痛くなりました。父は正直に言えなかったのに。情けないと思ってしまう自分がいました。

ずっと同じ職場に勤めて、賭け事もせず、浮気もしないでまじめに家族のために働いて、ご飯を食べさせてくれることにとても感謝しています。が、やっぱり父を許さない私がいて、信用できません。反抗期と思いたいけど、もうこの気持ちは何年も変わらないですし、兄もほぼ私と同じ感情を抱いていました。

あまりに言われたことがくだらなすぎて、書ききれませんが、自分の車の鍵を自分でどこかに無くしたのに、私に探してこい!!と夜中見つけるまで外に締め出したり、パソコンの動作が重いだけで一日中あたりが強いような人です。許さん。

本当に語るだけ語ってしまってすみません。
使い方が間違っているようなら消しますので教えてください。ここでまだ読んでくださってありがもうございます。少し整理がつきました。

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コメント一覧

2件の投稿を表示中 - 1 - 2件目 (全2件中)
  • 2018/05/23 10:59

    私も父が嫌いでした。
    父と思った事さえ無かったかもしれません。
    もう亡くなっていますが、それでも、嫌いでした。
    それは変わらないと思います。

    しずくさんのお父さんを許せない気持ちは、間違いでは無いと思います。
    親だからって許せなんて通用しません。
    だから、許せない自分の気持ちを責めないで下さい。

    お母さんって、不思議なもので、家族のせいになんかしていないように思います。
    おばさんの辛さも。でもおじさんは、弱かった。
    おばさんのせいじゃない、私はそう思いますよ。

    しずくさんは、お母さんにとって大事な娘です。
    お母さんは大事な娘のせいになんか、絶対にしていないと思います。

  • cameo
    2018/05/23 12:05

    お久しぶりです。
    しずくさんのひとりごとを聞かせてもらって、僕もひとりごとを言いたくなりました。

    昔、飼っていた猫がいました。当時小学生だった僕が住んでいたマンションの駐車場にダンボールに入れられた状態で捨てられていたんです。見つけた僕は、その猫にとってのヒーローになってみたい、みたい気持ちで自宅に連れ帰り、人生で初めてってくらい熱心になって両親に頼み込みました。

    父は「小学生のお前が生き物を育てる責任なんて負えるのか」と言いましたが、僕も僕で「世話は全部自分でするから」と言って譲りませんでした。結局、そのマンションがペットOKだったこと、そしてなにより母が味方してくれたことで、家で飼うことになったんです。

    誰が命名したのか忘れてしまいましたが、名前はモモタロウ。あのまま僕が拾うことなく野良猫として生きたならば、きっと立派なボス猫になったであろうと思われるほど気の強い猫でした。人が(というか僕が)食べているおにぎりの中心からシャケだけを猫パンチで叩き落として持ち去るなんていうこともやり、当時の僕とは大ゲンカ。顔面にモモタロウにやられたひっかき傷を盛大に付けながら登校してクラスメイトに笑われたことも一度や二度じゃありません。

    それから8年、一緒に暮らしました。その頃には当時モモタロウを拾ったマンションから小さい一軒家に引っ越していて、僕は高校生に。やんちゃに走り回っていたモモタロウもすっかり落ち着いていて、家の窓のところで一日中ぐうたらとしていました。

    ある日、油断して、ベランダの窓を開けたまま寝てしまい、そこからモモタロウが脱走。二日後に帰ってきたときには体中にノミが付いていたらしく、それから一週間くらいすると部屋中にノミが飛びまわる事態になりました。急いで、部屋を丸ごと除虫できる焚き付け式の除虫剤を使うことになりました。

    除虫剤を焚いている間、当然家族は全員出かけることにしますが、モモタロウはどうしようかという話になります。僕は連れて出ようと言ったのですが、兄は面倒くさがって「長い時間でもないし、ベランダの柵にリード(ヒモ)で繋いでおけばいいよ」と言い張りました。

    兄とは昔から男兄弟特有の『何があっても喧嘩』ばかりしていましたが、年齢が四つ離れていたせいもあって、勝ったためしはありませんでした。それでも仲が悪いとか、嫌いということもなくて、一般的な兄弟関係だったと思います。

    とにかく、この時も兄が勝って、モモタロウはベランダになりました。そして僕ら家族はホームセンターだったかどこかへ行き、お茶を飲んで帰ってくると、モモタロウはリードがベランダの柵にぐるぐると絡まってしまい、首を吊った状態で死んでいました。

    この日、僕は生まれて初めて兄に喧嘩で勝つことになりました。というのも、兄が病院に搬送されることになるまで、襲いかかったからです。『ベランダにつないだからだ、あんなに止めろと言ったのに』と。

    それからの日々は、暗かったです。兄への恨みは止まらず、食い殺してやると本気で思っていました。ベランダの柵にモモタロウが苦しみながら付けたんだろう爪の痕が残っていて、見なけりゃいいのに毎日それを眺めては『ヒーローになってみたい』なんて思った小学生の自分を自嘲したり、「世話は自分で全部するから」と言いつつ、エサやりを忘れたり、トイレが汚くなったままになっていたり、モモタロウとケンカするときについやり過ぎてしまったことなんかを頭の中で堂々巡りさせながら無限に後悔ばかりして。そんな状態で受験なんてする気も起きず、指定校推薦を受ける申請書だけを書いて、興味もない大学へ進みました。

    でも、それから先も僕は色々なことを経験して、今社会人になって、あの日のことをこうして思い出してみたときに、分かることがあります。

    あのときの自分はしっかりしていなかった、ということです。

    呆気ないくらい単純なことですが、「しっかりする」ということほど人生にとって重要なことはなくて、例えば今ならば、僕はあの時、やつ当たりさせてくれた兄に感謝しています。あのときに感情を叩き付ける相手がいなかったら、どうなっていたか。そもそも兄がベランダに繋ぐ前、窓を閉め忘れて寝たのは僕なんです。

    悪い感情に支配されている時の行動は良い未来には繋がらないこと。責任転嫁をしないこと。父が言った「生き物を育てる責任を負えるのか」という言葉がどういう意味なのか、他の命と共に生きるということ、いつかは別れが来るということ……。全てモモタロウに教えてもらいました。教えてもらったからこそ、今の僕はあの日の自分よりも『しっかりしている』と胸を張ることができます。

    僕は今、柴犬を一匹と、やはり偶然出逢った野良猫を一匹、家で育てています。

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