結構真剣に悩んでます…

3 74 maru2002 2 週間、 4 日前

最近、色々なことを他人と比べてしまいます。
進学校で難関大進学コースに属する高校2年生です。うちの高校だけかもしれませんが、模試の多さ、普段はもちろん長期休暇中の課題の多さ、土曜の授業、小テストの多さなど、周辺の公立高校と違う事がたくさんあります。久々に公立高校に行った友達と遊ぶと、ノビノビJK生活を過ごしていて羨ましく、少し妬ましく思いました。こっちは入学してから全く青春の「せ」の字も無かったのに、どうして皆は楽しそうなんだろう、と。
うちの高校はとても厳しい方だと思います。二年生のクラス替えで一クラス無くなるほど、やめる生徒がいましたから。同じ進学コースでも楽しそうな子は、よく親と夜出かけて発散していると言っています。うちはほぼ家庭崩壊寸前のような家族で、父は毎日、日曜もほぼ帰ってきません。晩ご飯を家族全員で食べた記憶などありません。いつもご飯は、鍋で簡単にできるラーメンを母が作って仕事をし、私が一人でそれを食べています。いい加減一人の食事は慣れましたが、私は父に怒鳴られた記憶しかない為、皆が言う「パパ大好き」という感情を知りません。実の父親から直接「死ね」と言われた瞬間から、あの男を父として見なくなった気がします。家の暖かみも無く、高校で溜まった疲れをどこで発散できるでしょうか。唯一空いている日曜日も課題と小テスト勉強をすればあっという間に深夜になっています。私はどこかに逃げ出したいです。最近、よく人から「変わったね」と言われます。もちろん悪い意味です。元々明るくいつも笑顔だった私が、暗く、顔色の悪い別人になっていると。貧血は多々あり、学校で居残りをしている時に胃腸炎になったり、体育の授業で喘息の発作が出たりと、体も疲れを訴えているところです。母が今ちょうど「離婚したらお母さんについてきてね」と言ってきているところです。両親も顔を合わせれば無視、またはケンカです。離婚するのも時間の問題でしょう。受験期、父が今の高校へ行くよう言った時はこの高校に入れば少しは自分の事を見てくれると思い、勉強を頑張り何とか入ったのですが甘かったですね。全く見てくれませんでした。せめて家族だけは暖かいものであってほしいかったです。こんなことを言うなんて贅沢でしょうか。心の拠り所が一つも無く、今すぐにでもどこかに逃げ出してしまいそうです。どんな小さなことでもいいのでアドバイス等お願い致します。長文失礼しました。

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コメント一覧

3件の投稿を表示中 - 1 - 3件目 (全3件中)
  • 2019/08/05 00:19

    maru2002さん、

    なるほど、やはり行きたい高校があったのですね。お父さんの恩師の関係で今の高校なんて、お父さんが見栄を張りたいだけのように思えます。ご自分の自由に家族が従うことを望んでいたんですね。だから、お兄さんも反抗したのでしょう。

    「死ね」の意味もわかりました。自分の言うことを聞かないなら「死ね」という意味ですね。
    そのお父さんに、「家族はあなたの操り人形じゃない!」と言ってあげたいです。

    いつでも心がくじけそうになったときは、ここでつぶやいてください。私がすぐかけつけますから。あなたは一人ではない。ここのみんなもあなたのことを心配して、助けたいと思っています。そのことを心に留めて、素敵な大学生活に向けて頑張ってみてください!

  • nakisunaさん、コメントありがとうございます。
    私は中学3年生に上がるまでは仲の良かった子と同じ公立高校に行きたかったので父にワガママを言ってみました。しかし父は、父の高校時代の恩師が働いている高校(現在私が通っている高校)じゃないとだめだと拒否されました。
    小学二年生までは父は普通でした。忙しくても日曜日は必ず家にいてくれたそうです。小学三年生になった頃、三歳離れた兄が父に反抗をし、父に暴力を振るわれ脹脛を骨折しました。ちょうどその頃から父はよく暴言を吐き、ほとんど帰ってこない人になりました。父は酒屋を経営しており、周りが自分の言うことは何でも聞かないとおかしい、という考えになっているのではないかと思います。小学五年生くらいのとき、父が兄を自分の酒屋を継がせると言い出したそうで、兄がロボットの研究を夢に抱いていることを知っていた母が反対したところを目撃しました。さすがに子供の将来を縛り付けるのはどうなんだ、と私も出しゃばりました。すると「お前らは誰の金で生きてるんや。(私)も結局主人の言うこと反対するんか。じゃあお前まじいらん死ね」と流れざまに言われました。その中でも死ねというワードは小学生にとって、胸にとても重いダメージを与えられました。心の拠り所となるような人はいませんでしたが、絵を描くのが好きでした。自分の部屋に篭って絵を描き、現実から逃げることが唯一の楽しみでした。今は絵を描いても楽しくならないので何か他に心の拠り所を見つけて、楽しい大学生活を送れるように頑張ろうと思います。nakisunaさんも厳しい精神状態の中で、ネットという逃げ場もない中で踏ん張りきったからこそ大学を楽しまれているのでしょう。そう考えると本当に尊敬します。私もそうなる為に足掻かないといけませんね。今にも逃げ出してしまいそうな自分を、このコメントを見て踏みとどまることができました。とてもエールをもらえた気がします。ありがとうございました(>_<)もうちょっとだけ、頑張ってみます!

  • 2019/08/04 23:05

    maru2002さん、

    >最近、色々なことを他人と比べてしまいます。
    進学校で難関大進学コースに属する高校2年生です。うちの高校だけかもしれませんが、模試の多さ、普段はもちろん長期休暇中の課題の多さ、土曜の授業、小テストの多さなど、周辺の公立高校と違う事がたくさんあります。久々に公立高校に行った友達と遊ぶと、ノビノビJK生活を過ごしていて羨ましく、少し妬ましく思いました。こっちは入学してから全く青春の「せ」の字も無かったのに、どうして皆は楽しそうなんだろう、と。

    人はどうして苦しくなるのか、それは人と比較するから。あなたはあなたです。友達と同じような生活がしたかったのなら、JK生活をエンジョイできる高校に進学すればよかっただけです。

    >受験期、父が今の高校へ行くよう言った時はこの高校に入れば少しは自分の事を見てくれると思い、勉強を頑張り何とか入ったのですが甘かったですね。全く見てくれませんでした。せめて家族だけは暖かいものであってほしいかったです。

    あなたが今の高校に進学したのは、お父さんの勧めがあってこの高校に入ればあなたのことを認めてくれると思ったからですか?あなたが本当に行きたかった高校は別にあるんですか?
    私は母の希望する高校に進学しましたが、それは私の将来の夢にもつながっている高校だったので従ったのです。まったく私の意思がないものだったならば、行きたい高校を受験したでしょう。

    あなたはお父さんの愛情を取り戻したかったのですね。しかし、そのお父さんがあなたに「死ね」とまで言うのはなぜですか?

    >うちの高校はとても厳しい方だと思います。二年生のクラス替えで一クラス無くなるほど、やめる生徒がいましたから。同じ進学コースでも楽しそうな子は、よく親と夜出かけて発散していると言っています。

    どんな理由で入学したにせよ、ここまで来たからには卒業しなければ今までの努力が無駄になってしまいます。JK生活は暗くても我慢して、優雅な大学生活に希望をつなぐことはできませんか?私は、大学の4年間が一番遊びましたし、一番楽しかったです。

    >うちはほぼ家庭崩壊寸前のような家族で、父は毎日、日曜もほぼ帰ってきません。晩ご飯を家族全員で食べた記憶などありません。いつもご飯は、鍋で簡単にできるラーメンを母が作って仕事をし、私が一人でそれを食べています。

    私の父も単身赴任していることもあったり、いつも帰っても夜22時くらいなので、一緒に食卓を囲むことはなかったです。しかし、お母さんは仕事をされているから、鍋で簡単にできるラーメンを作って、それをあなたが一人で食べるのですか?あなたは育ちざかりですから、自炊してでもバランスの良い食事をした方がいいと思いますよ。

    >いい加減一人の食事は慣れましたが、私は父に怒鳴られた記憶しかない為、皆が言う「パパ大好き」という感情を知りません。実の父親から直接「死ね」と言われた瞬間から、あの男を父として見なくなった気がします。

    私は父親と喧嘩して「おまえが~したんだろ?」と怒鳴ったとき、父は「親に向かってなんて口をきくんだ!」と逆ギレされました。最終的には、私が勝ちましたが。理由は何であっても、娘に「死ね」という父親は最低です。私だったら、「お父さんが私に死ねというなら、私もお父さんに死ねって言ってもいいよね?」と言い返したと思います。

    >家の暖かみも無く、高校で溜まった疲れをどこで発散できるでしょうか。唯一空いている日曜日も課題と小テスト勉強をすればあっという間に深夜になっています。私はどこかに逃げ出したいです。

    私はあなたとは違う意味で高3の受験生の時は修羅場でした。父が多額の借金を抱え、母と私に内緒で自宅を競売にかけたのです。毎晩父母の怒鳴りあいを階下に聞きながら受験勉強していました。その時代ネットはありませんから、逃げ場はどこにもありませんでした。

    >母が今ちょうど「離婚したらお母さんについてきてね」と言ってきているところです。両親も顔を合わせれば無視、またはケンカです。離婚するのも時間の問題でしょう。

    ご両親の仲は、あなたが何歳くらいの時からよくなかったのですか?あなたも高2です。両親の離婚も受け入れなければならない年齢になってきています。私の両親は、私が大学進学すると同時に離婚しました。私が母の籍に入ることもあり、名字が変わるのは大学入学からがスムーズにいくだろうということです。それからは、母と二人、自宅も失い苦労しました。

    >せめて家族だけは暖かいものであってほしいかったです。こんなことを言うなんて贅沢でしょうか。心の拠り所が一つも無く、今すぐにでもどこかに逃げ出してしまいそうです。

    誰しも家族が暖かいものであることを願っているでしょうが、なかなか現実はうまくいっていない人が多いです。心の拠り所ですね・・・私の場合は「母」でした。あなたのお母さんはそんな存在にはなりませんか?

    今すぐにでも逃げ出したいでしょうが、あなたが一人で自立する社会人になるまで、自分の学歴を築き、就職先を見つけられるまで、もう少し頑張ってみてください。私も学生の頃は無力で、何もできなかったですが、社会人になってできることが多くなり、気持ち的にも安定しました。

    また、意見を聞かせてください。

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