受付終了
高齢の片親と就職について
700 edit2016.06.15
自分は23の心理学系四大卒の既卒者です。現在は地元で一人暮らししながら大学時代から続けていたバイトを続けつつ、既卒者可の求人募集などをあたりつつ就職活動を行っている、という状態です。いわゆる就職浪人という奴ですね。
というのも、就職先に関して、自分自身が多大に悩んでいるためがむしゃらに頑張れず中途半端になってしまっていた、もしくは今現在もなっているのが自分の中で問題だと感じています。
自分の家庭は3歳の頃両親が離婚し、その後母親が女手一つで四大卒まで育て上げてくれました。(離婚した父親からある程度の年齢までは生活扶助は受け取っていたようですが)
片親だからという事で不自由を感じることも無く、大変なことも多々ありましたが環境にも恵まれしっかりと育てていただいたという事もあり恩を感じています。
多忙だった家庭環境のせいか、単純に自身の自己性の欠如も問題だとは思いますが、大学生になって落ち着いてからというものの、自分の個性ややりたい事などを探しても、どうにもこれだという部分が見当たりませんでした。それまでの自分の行動理念が、母親や手助けしてくれた周りに恩を返せるようになる、といった部分でしたので
遊びでさえこれがしたいあれがしたいっていう我が侭が無い自分はなんてつまらないんだろうなという感覚に陥ったわけです。
母親の息子としての自分から、一人の人間としての人生を歩まなきゃなという思いをもち、環境を一新しようと県外での就職などを考えていたのですが、それらしいことを仄めかすと母親が寂しい、地元でもいいじゃない、と暗に反対してきます。
母親は還暦を迎え、体調もそれほど健康体ではありません、病気などではないですが
一人暮らしをしている今でも日に一度二度はメールや電話が飛んできて取り留めもない話を求めてきたり、実家へと顔を出すことを求められます。
母親からすれば子はいつまでたっても子であるというのは理解できるのですが、20を超えてまで自分がそうであるのは一人の人間としての自分というものを構築する妨げになると思えてしまうのです
だからこそ若いうちに外に出て、がむしゃらに体験してきたいという考えと、弱り始めている母親を置いていくことに関する罪悪感や高齢出産や片親は子の自分には関係ないし考慮しなくても…といった身勝手な考えが頭をよぎったりしています。
外に出れば何かが変わるという保障もありません、けれど自分を変えるには割と無理やりでないと、と考えたりもします。しかし母親の事も大切にしつつ地元で変わるよう努力すべきなのでは、しかしこうやって家族に縛られたりいつまでも子ではいたくないといった風に堂々巡りになってしまっています
遅めの反抗期ですね(笑)支離滅裂な文章になってしまいましたがどうぞ宜しくお願いします
0
- ココトモ「交換日記」を書いて繋がろう♪
-
今日の出来事、気持ち、頑張ったことをみんなでシェアする『交換日記』ができました。 自分の日記を書いたり、他の人の日記にコメント&フォローしたりすることで交流を深めることができます♪
交換日記はこちら