吐き出したいだけ

0 1 personnemofy refresh1週、4日前

現在高3、不登校

もうこの先どうしたらいいか分からない

高1の時、

クラスは楽しかったし、特に仲の良い友達が2人できた。2人とは本当に気が合って、部活も帰りの電車も同じだったから、いつも3人一緒。私が大きな失敗をしたとき、側でずっと励まし続けてくれた2人を、一生大切にしようと決めた。

冬からダイエットを始めた。最初は楽しかった。どんどん体重が落ちて、「痩せたね」って言われ
ると嬉しかった。

3学期の最後からコロナ休校に突入。
動かないのだから食べる量をもっと減らさなきゃと思い、食事制限をどんどん厳しくしていった。
一番太っていたときから7、8kgくらい痩せて生理も半年くらい止まった。
それでもまだ痩せたかった。

この頃から、母にやたら「なぜ何もしゃべらないの?」と聞かれるようになった。
学校が無いのだから、話すことが無いのは当たり前だと思っていたけど、今思えばその時からおかしくなっていたのかもしれない。

高2になり、

仲良しの2人(以下AちゃんとBちゃん)とクラスが別れた。
新しいクラスには気の合う子がいなくて、自分と同じように1人でいた女の子(以下Cちゃん)と一緒にいるようになった。

Cちゃんとは気が合ったわけではない。
でも、1人になるのが怖かった。
それに、1年間一緒にいればそのうち打ち解けて、本当に仲良くなれるかもしれないと思っていた。

優しくて、人一倍責任感の強いCちゃんは、部活のことでよく悩んでいた。
1人で抱え込みがちな彼女が心配で、よく相談に乗り、どうしたら良いかあれこれ考えてはアドバイスもした。

趣味も笑いのツボも違う。
それでも、
Cちゃんの話をよく聞いて、大きめのリアクションをしようと努力した。
テレビに彼女の好きな人が出ていたり、興味を持ってくれそうな話題があったら次の日話した。
そうでもしないと、おとなしくて控えめな彼女との会話が途切れてしまいそうで、気まずくなりそうだったから。

ダイエットも継続していた。

方法をいろいろと調べていたら、「チートデイ」というのが出てきた。
1ヵ月に1度、何でも好きに食べていい日を作ることで、代謝を上げ、ストレスを解消するというものだ。

早速実践してみると、好きなだけ食べたにもかかわらず、体重がそこまで増えなかった。
そして、1ヵ月に1回だったはずのチートデイの間隔はだんだん短くなっていき、毎週土曜日に過食するようになった。

学校帰りにチョコレートや菓子パンを大量に買い込み、親にバレないよう隠しておいた。
食べ物を買っているところを見られたくなかったから、仲の良い2人と一緒に帰るのも嫌になった。

金曜の夜は眠れず、日付が変わったら布団の中で買いだめした食べ物を食べ始める。
徹夜もしくは2、3時間の仮眠のあと、早朝に起きたら台所へ行き、お菓子と朝食を貪る。
そして、その日1日を苦しくなるまで食べることに費やした。

こんな生活が夏休み前まで続き、あっという間に5kgほどリバウンドした。

このままじゃダメだと思い、なんとか土曜日の過食をやめた。
それでも週末にたくさん食べる癖は抜けず、平日の食事制限をきつめにして調整した。

仲の良い2人のうち、Aちゃんは食べるのが大好きで、学校帰りによく何か食べに行こうと誘ってくれた。
でも、平日食事制限をしなければならない私は、お金が無いなどと嘘をついて誘いを断っていた。

母は「放課後友達と遊んだり、食べたりするのは今しかできない。せっかくの高校生活なんだから楽しんでほしい。」と言ってくれたけど、頭の中は痩せることでいっぱいだった。

Aちゃんが兼部している関係で、私はBちゃんと帰ることが多かった。
Bちゃんの話を聞いていると、クラスで仲の良い友達がたくさんできたらしく、とても楽しそうだった。

それに比べて私はなんなんだろうと思うようになった。
ぼっちでは無いけど、心から一緒にいて楽しいと思える人はクラスに1人もいない。

2年生で唯一の学年行事だったクラス対抗レクの日も、出場競技の都合上Cちゃんと別行動になり、クラスの女子が集まって写真を撮る中、1人で隠れるようにその場を離れた。

正直、修学旅行が中止になってほっとした。

心はいつも1人ぼっちだった。

Aちゃんは、断ってばかりの私を食事に誘い続けてくれた。
Aちゃんは食べても食べても太らない。ほぼ毎日、駅前のコンビニに寄って、ホットスナックを食べながら帰る。

私はそのうち、Aちゃんが「あなたと違ってこんなに食べても太らないのだ」と自慢したいだけなのではないかと、ひねくれた考えを持つようになった。
そんなわけないと分かっているのに、自分より食べているAちゃんの方が痩せているのが妬ましかった。
なにより、自分を大切にしてくれる親友をそんな風に思う自分が一番嫌いだった。

やがてBちゃんに彼氏ができた。
Aちゃんもクラスに仲の良い友達がいて、楽しそうだった。

私は「どうして自分はクラスでうまくやれないんだろう?」と自分と2人を比べるようになった。
劣等感を抱くのが嫌で、大好きだった2人と一緒にいるのがしんどくなった。

消えたいと考えるようになり、無意識のうちに自殺の方法を調べるようになった。

1月下旬、

いつものようにBちゃんと一緒に帰ろうと、Bちゃんの教室に行くと、「今日はクラスの友達と遊びに行くから一緒に帰れない!ごめん!!」と言われた。
前にもこんなことが何度かあったか…

「全然大丈夫!気にしないで!!」

わざと明るい声で言って、悲しいような、ホッとしたような変な気持ちのまま学校を出た。

外は雪で、すごく寒かった。
顔に雪が当たって冷たかった。
雪なんてめったに降らないのに、ドラマかよってくらいのタイミングで降ってきた。

「もう限界」

泣きながら自転車を押して帰った。

家に帰ると、母の機嫌が悪かった。
泣きながら勉強している私に気づかず、辛く当たられた。
その夜はよく眠れなかった。
次の日から、私は学校を休むようになった。

全部嫌になった。
自分の醜い顔
すぐに太る体
食事を普通に楽しめないこと
クラスにうまく馴染めないこと
平気で嘘をつくこと
友達を大切にできないこと
人の幸せを素直に喜べないこと

不登校になってから1度だけ登校した日の朝、AちゃんとBちゃんが教室に来てくれた。
心配して会いに来てくれたのだろう。
でも、私は2人に対して申し訳なさしか無かった。

2人の前では泣けなかった。
必死に涙をこらえて1時間目の授業を受け、終わった瞬間トイレに駆け込んだ。

涙が止まらなかった。
2人はこんなにも心配してくれているのに、私は2人といることをしんどく感じてしまう。

このまま授業に戻るのは無理だと思い、そのまま保健室に行った。
保健の先生に泣きながら事情を話し、早退させてもらった。

担任の先生は、今はゆっくり休んでほしいとおっしゃった。まだがんばる時期ではない、と。
まめに連絡をくださり、とてもよくしてもらったと思う。
頻繁にかかってくる電話はありがたくも、少し怖くて、電話の音にビクつくようになった。

1ヵ月ほど休んで、先生に2月から学校に来ないかと提案された。
その時はだいぶ気分も良くなり、このまま復帰できると思っていた。

でも、いざとなると行けなかった。

今まで学校に行けなくなった私を受け止め、寄り添ってくれた母もさすがに焦り、私を学校に行かせようとした。

「もう、家にも居場所はない」

そう思い、自殺を決意した。
親にも先生にも、もうこれ以上迷惑はかけられない。

母が外出した隙を狙い、ビニール紐とハサミを持って2階に上がった。首を吊って死のうと思った。
紐を結い、遺書を準備していると、誰かが2階に上がってくる。

父だった。
その日はたまたま仕事が休みだった。
「一人で何してるの?」
紐をとっさに隠して、「なんでもない。」と答えたけど、涙が止まらなかった。
父は私を抱きしめ、手を握って、

「きっと良くなる」

と言ってくれた。
私はその言葉を信じて、もう少し生きてみることにした。

春休みに入るまでに保健室登校を目指したが、
学校に着くと腹痛に襲われ、下痢をする。

そこで、新学期登校を目指すことにした。
クラス替えを利用して、心機一転しようと思った。不眠症は残ったものの、春休み中は気分もかなり安定し、死にたいと思うことも無かった。

新学期当日、

クラス替えは期待通りにはならなかった。
1年生の時同じクラスだった女子は1人もおらず、1・2年のクラスや部活のつながりで、すでになんとなくグループができあがっていた。

同じ日、AちゃんとBちゃんに、お昼ご飯を食べにいこうと誘われた。久しぶりに会った2人は、以前より垢抜けてかわいくなっていた。
そして話題は、2人の彼氏のことでもちきりだった。
かわいくなって幸せそうな2人を見て、私はまた劣等感に苛まれた。帰りの電車の中で、涙を必死にこらえた。

3年生になって初めての授業があった日、

移動教室は1人だった。女子はみんな誰かとおしゃべりしながら移動していたけれど、そこに入るのも図々しいと思ってやめた。

昼休み、トイレから教室に戻ると、知らない子が私の席に座ってお弁当を食べていた。私の隣の席の子の友達らしい。
ただそれだけの事なのに、「ここにお前の居場所など無い」と遠回しに言われているみたいで、悲しくなった。

自分のお弁当だけ持って、同じ部活で前から知っていたDちゃんに、一緒に食べようと声をかけた。
でも、彼女のお昼ご飯はプロテインバー1本だけだった。
「朝と夜ガッツリ食べてるから」と笑う彼女が、
1食を栄養補助食品だけにして痩せようと無理していた頃の自分に重なり、苦しくなった。
早々に食べ終えた彼女との会話を途切れさせないため、必死に話題を考えたけれど、会話はあまり弾まなかった。

この1日を振り返ると、私からDちゃんに話しかけたことはあっても、彼女から話しかけてきたことは1度も無かったと気づいた。
Dちゃんはきっと、私と仲良くなりたいなどとは少しも思っていなかったのだろう。

私はその日以来、また学校に行けなくなった。
腕によく分からない湿疹が出て、多重夢や学校に関係する悪夢を見るようになった。

こんなはずじゃなかった。

公立の進学校に入ることができた。
だから次も、学費を抑えるために国公立大学に行きたかった。
そうして立派な社会人になり、大切に育ててくれた両親に恩返しをしたかった。
私はお金のかからない、自慢の優等生でありたかった。

それなのに、学校にも行けず、家でも勉強できない。ご飯を食べて、スマホをいじって、死にたくなって泣いて、それで1日が終わる。
同級生たちは、今ごろ必死で勉強しているのに。

学校には行きたくないけど、せっかく入った進学校を辞めたくない。
どうしても、高校受験に受かったときの嬉しかった気持ちや、母が涙を流して喜んでくれた顔が頭にこびりついて離れない。
ただのわがままだということは自分が一番分かっている。
でも決められない。
前に進めない。

多分、死ぬのが一番楽なのだと思う。
何も悩まなくて良くなるから。
死ぬこと自体は怖いと思わない。
でも、死ぬときに味わうであろう痛みが怖くて勇気が出ない。

だから、明日目が覚めなければどれだけ幸せかといつも思う。毎日目が覚めたことに絶望する。

真っ暗で何も見えない

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コメント一覧

1件の投稿を表示中 - 1 - 1件目 (全1件中)
  • nakisuna
    2021.04.26 12:40

    nemofyさん、初めまして。

    あなたの長くて辛い心の遍歴が私の中にも流れ込んできました。出口の見えないトンネルの暗闇の中を歩いているようですね。でも、私には見えたものがあります。トンネルの出口から出て光に包まれているあなたの姿を。

    あなたは「こんなはずじゃなかった」と思っていると思います。私も今までの人生で「こんなことになるなんて・・・」という経験をしてきました。それで分かったことがあります。生きていること、生かされていることには意味があるということです。あなたが死を選ぼうとして死ねなかったのは、あなたが死ぬのは今ではないということなのです。

    あなたに起こったこと、1つ1つを取り出してみれば、他の子にも十分起こりえることだと思います。ダイエットをし過ぎて過食になってしまったこと、仲のいい子たちとクラスが別になり楽しくなくなったこと、他のことも話題を作ろうとしたがいつも必死なのは自分だけだった。おそらく多くの高校生があなたと同じ立場で見える場所見えない心の中で泣いていると思います。

    いろんなことが重なって、それを重ねて考えるようになって、あなたは自分をどんどん追い詰めて行ったのだと思います。でも、やり直すのに遅いなんてことはありません。少しは時間がかかるでしょうが、AちゃんBちゃんもあなたの友達でいてくれています。「今はいろいろ話せないけど話せることができるようになったら、また仲良くしてね。」と2人には伝えて、自分の心と体を労わってください。

    ご両親にも学校の先生にも、自分が学校に行きたいと思うようになるまで何も言わないでほしいとお願いしたらいいのですよ。心療内科には通院していますか?していなければ、ぜひ診察を受けてみてください。過食症にせよ、あなたの心の傷にせよ、医療的なサポートも必要だと思います。自分だけでなんとかしようとしなくてもいいのです。困ったとき、傷ついたときは、多くの人の助けを借りて回復していけばいいのです。また本来のあなたに戻れば、今度は人の手助けができるでしょう。あなたと同じ悩みを持つ人の力になれると思いますよ。

    吐き出すだけでも、相談するのでも、どちらでもいいですから、ここで心を少しでも癒してくださいね。お身体を大切に。

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