私は死にたくない
visibility1060 edit2022.01.05
早く死んでしまいたいけど、死にたくはない。
そう思いながら、こうして生き続けている私は、なんて醜くて情けないのだろう。
早く死んでしまいたい。
早く自分を殺してしまいたい。
罪も何も償い切らないままで構わないから。
早くこの世から解放して欲しいと望むのに、
私は”贖罪”を免罪符にしてこうしてのうのうと生きている。
他人事でも、傍観者でも、生きている中での幸福に、楽しさに救われている自分自身に、私はずっと疑問を感じていた。
そして気づいたんだ。
死にたいと願うのと同じくらい、死にたくないと願っていることに。
無様な生き方をしたくないのと同じくらい、
無様な死を迎えたくない。
私が死ぬことで、誰かが救われればいいと思うのと同じくらい、
私が死んだことを、誰にも気づいて欲しくない。
誰も信じられないから
誰にも縋れないから
誰かを信じてしまう前に
誰かに縋って壊してしまう前に
私は綺麗なまま、綺麗な死を迎えたいのだと。
『死は救済である』というのはよく言ったものだ。
死は恐ろしいほどに綺麗で、残酷で、こんなにも愛おしい。
私のような下衆でも、この言葉だけでこんなにも救われるのだ。
それもそうだろう。
生きる度に
生きていると実感する度に、
恐ろしくてたまらない。
死にたくなって堪らないのだから。
反面、生というのは儚く、馬鹿馬鹿しく、恐:ろしい。
脈を打つ鼓動も
自分の体温も
自分以外の体温も
呼吸も
視線も
生を感じるもの全てが恐ろしくて、私は私ごと引き裂きたくなってしまう。
怖いのだ。
失うのが。
他人への信頼も、愛情も
自分への期待も、信頼も
環境への苛立ちも、周囲への感心も
全てがあって人を人としてたらしめる要因であり、
それがあるから、人はどこまでも愚かで儚く、美しい。
だからこそ、失ったら何も残らないのだと、
私は身をもって実感したから
……実感、してしまったから。
生は、怖くて、恐ろしくて、たまらない。
だから、私は望む。
死にたいと。
…死にたくないと。
あぁ、死にたいなぁ