あの日の「出逢い」が、私をつくった

「出逢い」

人生とは人との出逢いである

作家の五木寛之さんの言葉です。

死にたかった私を
引き止めてくれた「出逢い」

高校1年生の秋頃、勉強や行事に追われキャパオーバーになり、精神を病んだことがありました。心身ともにボロボロになり、たどり着いた先は希死念慮でした。
死んだら楽になれるのかな、そんなことを思うようになった時に出逢ったのは、ある先生でした。ふとしたことがきっかけで昼休みに時間を設けてもらえることになり、そこで自分の現状を洗いざらい話しました。危機感を感じてくれたのでしょう、その先生は他の先生方を紹介してくれて、先生間の協力の末、空き時間を利用して保護してもらうことになりました。

ここでのたくさんの「出逢い」は、私を現実の世界に引き止めてくれる人と私を繋いでくれました。「出逢い」によって繋がった先生方には、話を聞いてもらうことなどを通して手厚い支援をしてもらっていました。私が一線を越えそうになった時、その支援がぐっと私を現実の世界へ連れ戻してくれました。

死にたかった私に
明日を与えてくれた「出逢い」

それから時間が経ち、高校3年生に上がるタイミングで別の高校へと転校しました。最初こそ調子が良かったものの、環境の変化に適応できずに希死念慮を再発し、最終的に精神科病棟に入院することになりました。

病棟にはたくさんの人がいます。様々な病気を抱えた患者さん、看護師、ソーシャルワーカー、カウンセラー、医師。
そんな中、また新しい「出逢い」がありました。ですが、ここでの「出逢い」は、高校1年生の時の「出逢い」とは少し雰囲気が違いました。

出逢ったのは、精神疾患を抱える患者さんでした。その方は、苦しみながらも「人生を諦めずに歩んでいこう」という前向きな気持ちを持っている方でした。一方の私は希死念慮で頭がいっぱいで、明日死のう、明後日死のうと死ぬことばかり考えていました。
そんな私に、その方は「治療を一緒に頑張ろう」「今の状況は一生は続かないし、自分で変えられる」と前向きな言葉をかけ続けてくれました。時には泣くほど同情してもらい、時には気分転換に外に連れ出してもらいました。
退院後、この方とはまだ御縁が続いていて、変わらず少しでもより良い未来を見せてもらっています。

この「出逢い」は、私に少しでもより良い明日を見せてくれる人と私を繋いでくれたのだと思います。

「出逢い」は気まぐれだけど

ある「出逢い」は現実を支えてくれる人と繋いでくれて、ある「出逢い」は明るい明日を見せてくれる人と繋いでくれました。「出逢い」は人と私を結びつける役割を果たしてくれますが、どんな人と繋がるかは「出逢い」の気まぐれです。

ですが、冒頭で触れた言葉のように、どの「出逢い」も人生の大切な一部です。そう考えると、これから先に待っている「出逢い」も、少しだけ楽しみに思えるのです。

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