経験専門家(Experts by Experience)完全ガイド|医療・福祉・政策づくりにおける『当事者の知』の活用

経験専門家(Experts by Experience)完全ガイド|医療・福祉・政策づくりにおける『当事者の知』の活用

「20年連れ添ってきた難病の経験を、何か社会に活かせないか」
「がん治療を受けた立場で、新薬の臨床研究にどう関われるのか知りたい」
「精神障害のある自分が、地域の福祉計画づくりに参加できると聞いた」

病気・障害・依存症・被災・社会的養護——いわゆる「当事者経験」は長らく、「治療される側」「支援される側」の経験として位置づけられてきました。専門家は医師・研究者・行政の側にいて、当事者は意見を聴かれることはあっても、政策をつくる側に座ることはほとんどありませんでした。

しかしこの30年で、世界の医療・福祉・政策づくりの風景は静かに、しかし確実に変わってきています。英国のNHS(国民保健サービス)は、患者・市民の参画を制度の中核に据え、「Experts by Experience(経験専門家)」という言葉を公式文書のなかで何度も使うようになりました。米国SAMHSA(薬物乱用・精神保健サービス局)は、リカバリーの定義そのものを当事者参画を前提に書き直しました。日本でもAMED(日本医療研究開発機構)が研究へのPPI(Patient and Public Involvement:患者・市民参画)推進を打ち出し、難病・がん・障害福祉の各審議会に当事者委員が常任化しつつあります。

この記事では、ココトモが医療・福祉・自治体の現場で出会ってきた経験専門家の方々の声をもとに、「経験そのものを専門性として位置づける」という考え方が、どこから来て、いまどこまで実装され、これから何が問われるのかを、英国NHS・米国SAMHSA・日本AMEDの一次資料を参照しながら丁寧にまとめました。ピアサポート完全ガイドが個別支援としてのピアの話だとすれば、本稿はそのマクロ版——制度・政策・研究という大きな器に、当事者の知をどう編み込むかを考える一本です。

📌 この記事でわかること

  • 英国NHS等で使われるExperts by Experience(経験専門家)の概念と、Lived Experience/PPI/Service User Involvement/Co-productionとの関係
  • ピアサポーターが個別支援を担うのに対し、経験専門家は制度・政策・研究への参画を担うという役割分担
  • 英国NHS、北欧諸国、米国SAMHSAの先進事例と、日本での難病・がん・障害分野の5つの動き
  • 経験専門家が活躍する5つの領域——政策決定/医療職教育/研究/サービス評価/メディア
  • 経験専門家になる5ステップと、活動の際に必ず押さえたい倫理5原則
  • 「形だけの当事者参画」=トークニズムの罠(Sherry Arnstein 1969)と、報酬・処遇の問題
  • 難病・がん・障害分野の体験談3パターン、よくある失敗5選、Q&A 10問

経験専門家とは|Experts by Experience の概念

経験専門家(Experts by Experience)とは、病気・障害・依存症・被災・社会的養護などの当事者経験そのものを、ひとつの専門性として位置づけた呼称です。「経験者」「当事者」と呼ばれてきた人々を、医学・看護学・心理学・社会学などの学術的専門家(Experts by Profession)と並ぶ、もう一つの専門家として遇する考え方に立ちます。

英国NHSが公式に使う用語

Experts by Experience という用語は、英国NHS(国民保健サービス)やCQC(Care Quality Commission:医療・福祉サービスの監査機関)が公式文書や監査制度のなかで広く使っており、サービス監査のチームに経験専門家が委員として加わる仕組みが2000年代から制度化されています。CQCの「Experts by Experience programme」では、精神保健・知的障害・高齢者ケア・小児医療など各分野の当事者が、訓練と契約のもとで監査訪問に同行し、サービス利用者の視点から評価レポートを書きます。

「経験」が専門性になる理由

なぜ経験が専門性として位置づけられるのか——それは、当事者にしか持ちえない知が確かに存在するからです。たとえば、抗精神病薬を実際に飲み続けてきた人だけが知る副作用の細かなニュアンス、長期入院中の病棟の空気、退院後の社会復帰でぶつかる壁、家族との関係の微妙な変化——これらは医学論文や行政統計には現れにくく、しかしサービスの設計・改善には決定的に重要な情報です。
経験専門家という呼び方は、こうした「経験に裏づけられた実践知(experiential knowledge)」を、学術知や行政知と対等な専門性として扱うという宣言でもあります。

呼称はひとつではない

実際の現場では、Experts by Experience のほかにも、Service User/Survivor/Lived Experience Practitioner/Patient Representative/Consumerなど多様な呼称が使われています。国・分野・時代・運動の背景により呼び方が異なり、当事者自身がどう呼ばれたいかを選ぶ動きも続いています。日本では「当事者」「経験者」「ピア」「経験専門家」などが場面に応じて使い分けられている状況です。

出典:NHS England 公開資料/CQC(Care Quality Commission)「Experts by Experience programme」公開情報/INVOLVE UK(NIHR)公開資料

ピアサポーターとの違い|個別支援か、制度参画か

「経験専門家」と「ピアサポーター」は、いずれも当事者経験を活かす役割ですが、活動の場と相手が大きく異なります。整理すると次のような違いがあります。

観点 ピアサポーター 経験専門家
主な活動の場 当事者会・自助グループ・福祉事業所・病棟 審議会・行政委員会・研究プロジェクト・サービス監査・職員研修
相手 同じ経験を持つ仲間(peer) 政策担当者・研究者・医療職・経営層・一般市民
関係性 横(対等な仲間) 縦の組織構造に対し横から声を加える
役割 個別の伴走・情報共有・希望の伝達 制度設計への助言・教材監修・研究計画への参画・評価
必要なスキル 傾聴・自己開示・自分の経験の整理 傾聴に加えて、文書理解・会議発言・政策語彙・代表性の意識
典型的な処遇 無償またはわずかな謝礼/雇用型ピアスタッフは時給制 会議出席報酬・委員手当・研究協力費(領域により大きな差)

重要なのは、両者は対立するものではなく、地続きだということです。多くの経験専門家は、もともとピアサポーターとして個別支援に関わってきた歴史を持ちます。仲間と話すなかで「これは個人の問題ではなく、制度の問題だ」という認識が育ち、その声を政策の場へ届ける役割へと展開していく——この流れは英国でも日本でも繰り返し見られます。ピアサポートの基礎ピアサポート専門員を理解したうえで、本稿の「マクロ版の参画」を読むと全体像がつかめます。

経験専門家を理解する4つの関連概念

経験専門家という言葉の背景には、それぞれ独自の歴史と文脈を持つ4つの概念があります。海外文献や国際会議では、これらが厳密に区別されて使われることが多く、混同すると議論が噛み合わなくなります。

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① Lived Experience(ライブドエクスペリエンス)

「生きられた経験」と訳される。病気や障害を「外から観察した知」ではなく「自分が生きて感じてきた知」として扱う概念。Lived Experience Practitioner や Lived Experience Leader は、メンタルヘルス・依存症分野で広く使われる肩書きで、米英豪で雇用ポジションとして制度化が進む

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② PPI(Patient and Public Involvement)

英国NIHR(国立健康研究機構)配下のINVOLVE UKが2000年前後から提唱した概念。「患者・市民参画」と訳す。研究の計画段階から患者・市民が共同研究者として加わり、研究テーマ設定・倫理審査・成果普及まで関わる。日本ではAMEDが研究公募にPPI推進を組み込み始めた

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③ Service User Involvement

福祉サービス利用者の制度参画。1990年代に英国の精神保健サバイバー運動から広がり、サービスの設計・評価・苦情処理にユーザー自身が関わる仕組みを指す。日本では障害者総合支援法に基づく協議会や、自治体の障害福祉計画策定に当事者委員が加わる流れが対応する

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④ Co-production(共同創造)

英国New Economics Foundation(NEF)等が提唱。サービスの「提供者と受け手」という二分法を超え、両者が対等な立場で一緒にサービスをつくるという考え方。聴取・参画より一段進んだ「共同設計」のレベルで、最終決定権を共有することが特徴

4つの概念は、「情報共有→相談→参画→共同創造」という参加の梯子(後述)に沿って、おおむね左から右へと深まっていきます。経験専門家の活動は、このどの段階でも起こりうるものですが、最も求められているのは右端のCo-productionへの移行です。

海外の先進事例|英国NHS、北欧諸国、米国SAMHSA

経験専門家の制度化は、それぞれの国の医療・福祉文化に応じて異なる形で進んできました。代表的な3つの潮流を見ていきます。

英国NHS/CQC——監査・研究・教育に当事者を組み込む

英国は経験専門家の制度化において世界の先頭を走ってきました。CQCの「Experts by Experience programme」では、精神保健・知的障害・高齢者ケア・小児医療など各分野の当事者数百名が訓練を経て契約職員として登録され、監査訪問に同行して利用者の視点から評価する仕組みが運用されています。
研究分野では、NIHR INVOLVEが2000年前後からPPI(Patient and Public Involvement)を推進し、研究費助成の申請書に「どのように患者・市民を参画させるか」を記載することが事実上必須となっています。医療職教育の場でも、看護・医学部のカリキュラムに経験専門家が講師として登壇する流れが定着しています。

北欧諸国——フィンランドの「経験専門家養成課程」

フィンランドでは、精神保健・依存症分野を中心に、自治体や成人教育機関が「経験専門家養成課程(kokemusasiantuntija-koulutus)」を運営してきました。受講者は数か月から1年程度のプログラムで、自分の経験の言語化、政策語彙の学習、グループでの発信演習などを学び、修了後は自治体の保健福祉計画策定や精神保健サービスの監査委員として活動します。スウェーデン・ノルウェー・デンマークでも類似の取り組みが広がっています。

米国SAMHSA——リカバリーと当事者参画

米国SAMHSA(薬物乱用・精神保健サービス局)は、2010年代にリカバリーの定義を「症状の消失」ではなく「希望をもって自分の人生を生きていけること」と書き直し、その実現のためには当事者の声がサービスの設計・評価に組み込まれることが不可欠とする政策文書を出してきました。各州ではピアスペシャリストの資格化が広がり、メディケイドの償還対象に位置づけられるなど、雇用ポジションとしての経験専門家が制度化されています。

出典:NHS England/CQC「Experts by Experience programme」公開資料/NIHR INVOLVE 公開資料/SAMHSA「Recovery and Recovery Support」公開資料/フィンランド国立保健福祉研究所(THL)公開情報

日本での動き|5つの領域で進む当事者参画

日本では「経験専門家」という呼称はまだ一般化していませんが、機能としての当事者参画は分野ごとに着実に進んでいます。代表的な5つの動きを整理します。

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① 難病・がん政策の患者参画

厚生労働省の難病対策委員会・がん対策推進協議会には患者代表委員が常任で配置されている。難病情報センターやがん診療連携拠点病院の運営にも患者・家族の声を反映する仕組みが整備されつつある。難病患者会ガイド参照

② 障害者総合支援法と協議会

2013年施行の障害者総合支援法は、地域生活支援拠点等の整備にあたり、自立支援協議会に当事者参画を明確に位置づけた。市町村ごとの協議会で当事者委員が福祉計画策定に関わる仕組みが全国で運用されている

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③ 障害者権利条約「Nothing About Us Without Us」

2014年に日本が批准した障害者権利条約は、「私たち抜きに私たちのことを決めるな(Nothing About Us Without Us)」という原則を国際法に組み込んだ。これにより日本国内でも、障害施策の検討に当事者を加えることが条約上の義務となった

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④ AMEDの医療研究PPI推進

日本医療研究開発機構(AMED)は、研究の計画・実施・成果普及の各段階に患者・市民が共同研究者として参画するPPIを推進。一部の研究公募では応募書類にPPIの位置づけを記載することが求められるようになり、日本の医学研究に新しい流れを生んでいる

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⑤ 自治体審議会・福祉計画への参画

自治体の高齢者保健福祉計画・障害福祉計画・地域福祉計画の策定委員に、当事者・家族・介護者の枠が用意されることが標準化してきた。公募市民として参加する道もあり、声を届けたい人にとって最も近い経験専門家の入り口になっている

これら5つの動きはまだ「点」の段階で、領域横断的な「経験専門家」の制度化(フィンランドや英国のような統一カリキュラム・雇用ポジション)は今後の課題です。とはいえ、機能としての当事者参画は確実に広がっており、関心のある方が入り口を見つけやすい状況になりつつあります。

経験専門家が活躍する5つの領域

経験専門家として活動する場は多岐にわたります。自分のスキル・体力・時間に合わせて選びやすいよう、代表的な5領域を整理しました。

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① 政策決定(審議会・委員会)

国・都道府県・市町村の各種審議会、医療審議会、難病対策委員会、障害者施策推進協議会など。月1〜数回の会議出席が中心で、政策文書を事前に読み込み、当事者視点で発言・提案する。委員任期は2年が一般的

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② 医療職・福祉職の教育

看護学校・医学部・社会福祉士養成課程・薬学部などの講義に登壇し、「患者・利用者の視点」を伝える。1コマ90分の単発が多いが、継続講義や教材監修もある。職員研修・初任者研修への登壇も含む

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③ 研究(PPI)

研究テーマの選定、研究計画書の患者向け要約のレビュー、インフォームドコンセント文書の改善、成果普及イベントへの参画。AMED PPI推進事業や大学病院の臨床研究センターが入り口

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④ サービス評価・第三者評価

病院機能評価・福祉サービス第三者評価・介護サービス情報公表制度などで、利用者視点の評価軸を提供する。施設訪問同行・評価レポート執筆・利用者ヒアリングなどが活動の中心

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⑤ メディア・広報・啓発

テレビ・新聞・雑誌・ウェブメディアでの取材対応、講演会・シンポジウム登壇、SNS発信、書籍執筆。社会に向けて当事者の声を伝える役割。倫理面(自分の経験をどこまで開示するか)の判断力が問われる

経験専門家になる5ステップ

「経験を活かしたい気持ちはあるが、何から始めればいいか分からない」という方のために、ゼロから無理なく進める5ステップを示します。多くの方が半年〜1年で「最初の機会」にたどり着けます。

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    ① 自分の経験を言語化する

    何が起きて、どう感じ、何に困り、何に支えられたか。時系列・キーワード・転機を書き出します。当事者研究の手法や、ライフラインチャート(人生の出来事を山と谷で描く)が有効。「個人の物語」を「他者にも届く知」に変える最初の工程です。

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    ② 制度・政策・研究の語彙を学ぶ

    審議会の議事録、行政文書、関連法令、研究論文の患者向け要約などに触れて、専門家側の言葉に慣れます。難病情報センター、障害者施策総合調査公開資料、厚労省の検討会議事録などが入り口。「全部わかる必要はない」が、「議論の地図」を持つと発言の精度が上がります。

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    ③ 当事者団体・支援者のネットワークに入る

    難病連・がん患者団体・障害者団体・依存症の自助グループ・難病患者会などに加入し、勉強会・年次総会・地域支部活動に顔を出します。経験専門家の依頼は、多くが「当事者団体経由」で来ます。ネットワーク=機会の母体です。

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    ④ 機会を獲得する(公募・推薦・指名)

    自治体審議会の公募委員、AMED PPI推進事業のサポーター登録、医療機関の患者参加プログラム、研究機関のPPIコンサルタント登録など、公募ベースの入り口を活用します。当事者団体からの推薦・指名で委員になるルートも多数。1件から始めて少しずつ広げます。

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    ⑤ 継続的活動と振り返り

    活動後はかならず振り返り——「自分の発言は誰の声を代表していたか」「次回はどう伝えるか」「自分のメンタル・体調は崩れていないか」を確認します。ピアでの相互振り返りやスーパービジョン(経験ある先輩との対話)が長期継続の鍵です。

経験専門家として活動する際の倫理5原則

自分の経験を社会的な場で語ることには、本人と周囲の両方に対する倫理的責任が伴います。長く続けるための5つの基本原則を整理しました。

  • 代表性を背負いすぎない——「私はあくまで一人の当事者であり、すべての当事者を代表していない」と意識する。「○○病当事者の総意」のような断言を避け、「私の経験からは」と前置きする習慣を持つ。
  • 自分の経験の所有権を守る——自分の物語を「いつ・どこで・どこまで・誰に対して開示するか」を自分で決める権利を放棄しない。取材や講演で意図しない切り取り方をされないよう、事前に開示範囲を伝える。
  • 他者のプライバシーを守る——家族・友人・医療スタッフなど、自分の経験のなかに登場する第三者の固有情報は、本人同意がない限り抽象化する。「私の母は」「主治医は」など匿名化の工夫を徹底する。
  • 専門家・行政の役割を侵食しない——医療判断・法的助言・他者の支援計画への直接介入は経験専門家の役割を超える。困っている人がいたら専門職・専門機関につなぐ。
  • 自分のメンタルヘルス・体調を最優先——フラッシュバック・燃え尽き・自己開示後の落ち込みなどが起きやすい。活動の前後にセルフケアの時間を確保し、必要ならスーパービジョンや治療者のサポートを受ける。

トークニズム(形だけの当事者参画)の罠

⚠️ Sherry Arnstein「参加の梯子」(1969)

米国の行政学者Sherry Arnsteinは1969年の論文「A Ladder of Citizen Participation」で、市民参加には8段階のレベルがあると示しました。下から「①操作 ②セラピー ③情報提供 ④相談 ⑤懐柔 ⑥パートナーシップ ⑦委任 ⑧市民による統制」。下位3段は非参加、④〜⑤はトークニズム(形だけの参加)、⑥〜⑧が真の市民権と整理しました。経験専門家の議論では、いまどの段にいるかを常に問う必要があります。

典型的なトークニズムの兆候

  • 結論ありきの会議——委員会で意見を述べる機会はあるが、計画はすでに事務局案で固まっており、当事者の発言が議事録の彩りで終わる
  • 議題への参画なし——次回の議題設定に関わらせてもらえず、議論のフレーム自体は変えられない
  • 1名だけの当事者委員——20名の専門家委員のなかに当事者1名。発言しても「個人の意見」として処理される構造
  • 事前資料が直前配布——分厚い資料が前日夜に届き、読み込んで意見を整理する時間がない
  • 議事録から発言が消える——発言が要約されすぎたり、不都合な指摘がカットされたりする

トークニズムを越えるための問い

自分が招かれた場が真の参画なのか、それとも形だけなのかを判別する問いを、活動初期から持っておくことが大切です。「私はいつから・どの段階から関われるか」「議題設定に発言権はあるか」「議事録のドラフトを確認できるか」「次年度の計画に私の意見はどう反映されるか」——これらを依頼時に確認するだけで、活動の手応えが大きく変わります。

報酬・処遇の問題|無償と有償をどう使い分けるか

経験専門家の報酬・処遇は、領域・主催者・国により大きな幅があります。「経験を社会に活かす」という大義の前で、無償が当然視されがちですが、それ自体がトークニズムにつながる構造的問題でもあります。

  • 無償が許容されるケース——自分の所属する当事者団体内の活動、ボランティア性が明確な啓発イベント、自分の意思で発信するメディア寄稿など。「自分のために語る」性格が強い活動
  • 有償が原則となるケース——行政審議会の委員、研究プロジェクトのPPIコンサルタント、医療機関のサービス評価員、職員研修の講師など、専門家としての労務に相当する活動。専門家委員と同水準の謝金が原則
  • 交通費・宿泊費の実費負担を当然視しない——遠方からの参加では、交通費・宿泊費の前払い・後払いの条件を事前確認する。生活保護・障害年金受給者にとって立替えは大きな負担
  • 「ボランティアだから」と専門家未満に扱わない——同じ会議に出る学術専門家には謝金が出て、当事者委員には出ないという構造は、参画の本気度を疑わせる
  • 有償化は当事者の質を高める——適切な対価があるからこそ、準備時間を確保でき、継続的に関わる人材が育つ。「無償でなければ動かない」のではなく「適切に処遇されるべき仕事だ」という認識の転換が必要

英国NIHRやAMEDのPPI関連文書では、近年「当事者の労務に適切な対価を払うこと」をガイドラインに明記する流れが強まっています。日本でも、自治体の審議会委員報酬規程に沿った謝金、研究プロジェクトの委託契約による報酬など、有償化の事例が広がりつつあります。

体験談|三人の経験専門家の物語

💬 医療政策に関わる難病当事者(40代・女性)

「20年連れ添ってきた指定難病の経験を、もう少し社会に返したいと思い、難病連の役員から始めました。10年ほど続けたあと、都道府県の難病対策地域協議会の委員に推薦され、いまは厚労省の検討会にもオブザーバー参加しています。最初の会議では『専門用語が分からない』『議事録の準備で1週間つぶれる』とパニックでしたが、同じ立場の先輩当事者委員に相談しながら3年で慣れました。私の発言で診断後支援の予算項目がひとつ加わった日が、いちばん嬉しかったです」(180字)

💬 研究PPIに参加するがん経験者(50代・男性)

「乳がん治療を終えて5年経った頃、患者会経由で大学病院の臨床研究センターから『PPIコンサルタント登録しませんか』と声をかけられました。最初は『研究なんて自分には』と思いましたが、研究計画書の患者向け要約をレビューする仕事から始めると、『この同意文書、患者には絶対わからない』と感じる箇所が次々見つかり、自分の感覚が役立つことを実感。いまは月1〜2回、3つの研究プロジェクトに関わっています」(180字)

💬 自治体の障害者施策推進協議会委員(30代・男性)

「精神障害の当事者として、市の公募委員に応募したのが入り口でした。任期2年で、月1回の協議会と年数回のワーキンググループに出席します。最初の半年は資料の難しさに圧倒されましたが、地域活動支援センターの仲間と『当事者委員勉強会』を立ち上げ、お互いの発言を磨き合うようになって変わりました。いまは『私たち抜きに私たちのことを決めるな』を毎回意識して、ピアの声を持ち込む役割を担っています」(180字)

ありがちな失敗5選

経験専門家としての活動を始めた直後に起こりがちな失敗を、当事者団体・行政・研究者の現場で繰り返し見られる5つに整理しました。事前に知っておくだけで回避しやすくなります。

  • 自分の経験を「真実」として絶対化する——「私はこう感じたから、すべての当事者もそう感じるはず」と語ってしまう。代表性を意識し、「私の場合は」「私の周りでは」と限定する習慣を持つ。
  • 専門家側の言葉に飲み込まれる——会議の専門用語に圧倒され、自分の言葉を失う。「分からないので教えてください」と発言できる場づくりを、事務局や座長に求めてよい。
  • 引き受けすぎて燃え尽きる——「自分しか語れない」と思い、依頼を断れず、講演・委員・取材で月の半分が埋まる。年単位での総量管理と、断る勇気が必要。
  • 家族・主治医・職場の関係を壊す——メディアで語った内容が家族の反感を買う、職場で告知が想定外に広まる、主治医との信頼関係に影響が出る。発信前に関係者と確認する工程を組み込む。
  • 振り返りなしで活動を続ける——委員会・講演・取材のあと、振り返りをしないまま次へ進むと、自分の発言の偏りや疲労蓄積に気づけない。ピアやスーパーバイザーとの定期的な対話が長期継続の鍵。

よくある質問|経験専門家Q&A 10問

Q1. 経験専門家になるのに資格や研修は必要ですか?

日本では「経験専門家」という統一資格はまだありません。実態としては、当事者団体での活動経験、自治体審議会の公募委員応募、AMED PPIサポーター登録などの「経路」がそれぞれの入り口です。英国・北欧では訓練プログラムや雇用ポジションが整備されていますが、日本では現状、自分の経験の言語化と当事者団体のネットワークが事実上の準備にあたります。

Q2. ピアサポーターとどう違うのですか?

ピアサポーターは同じ経験を持つ仲間への個別支援を主に担い、経験専門家は政策・制度・研究への参画を担います。両者は対立せず地続きで、多くの経験専門家はピアサポーターとしての活動を経て、その声を制度の場へ届ける役割へ広がっていきます。詳しくはピアサポート完全ガイドを参照してください。

Q3. 自分の病気・障害がレアでも経験専門家になれますか?

むしろ希少疾患・希少な経験ほど、経験専門家の声が貴重です。難病分野では指定難病だけで300以上あり、それぞれの当事者が政策・研究の場で発言することが期待されています。「人数が少ないから語っていいか分からない」のではなく、「人数が少ないからこそ語る必要がある」と捉えてください。

Q4. 経験を語ることで再発・悪化しないか不安です。

正当な懸念です。経験を語ることはフラッシュバック・抑うつ・身体症状の悪化を招くことがあり、活動前後のセルフケアが欠かせません。主治医・カウンセラー・スーパーバイザーと相談しながらペースを決め、無理な依頼は断り、活動後の休息を必ず確保してください。「いつでも降りていい」という選択肢を持っていることが、長期継続の前提です。

Q5. 報酬はいくらくらい出るのが普通ですか?

領域・主催者・国により大きく異なります。自治体審議会の委員報酬は1回あたり数千円〜2万円程度、研究機関のPPIコンサルタントは時給制で千円〜数千円、講演は1時間で数万円〜が相場という例があります。専門家委員と同水準の謝金を求めることは正当な交渉です。事前に「謝金・交通費・宿泊費」を明文で確認することをおすすめします。

Q6. AMEDのPPIにはどう関わればいいですか?

AMED(日本医療研究開発機構)はPPI推進事業を展開し、研究公募の一部でPPIの位置づけを求めています。当事者として関わりたい場合は、AMEDのPPI関連ページや、関連する患者団体(難病連、がん患者団体等)、大学病院の臨床研究センターに問い合わせるのが入り口です。自分の疾患領域の研究プロジェクトを探し、そこに参加する流れが現実的です。

Q7. 「私の経験は典型的じゃない」と感じて発言しづらいです。

「典型的な当事者」は存在しません。どの当事者にも固有の経験があり、それぞれが異なる側面から制度を照らします。会議の場では「私はあくまで一人の当事者として」と前置きしたうえで、自分の経験を率直に語ることに価値があります。代表性の確保は事務局や複数委員の責任であり、一人で背負う必要はありません。

Q8. トークニズムだと気づいたら、どうすればいいですか?

まず事務局や座長に「議題設定への関わり方」「事前資料の配布タイミング」「議事録への反映」を確認・要望する形で改善を促します。それでも構造が変わらない場合は、辞任という選択も正当です。当事者団体経由で複数の委員と連携し、構造的に変えるアプローチも有効。一人で抱え込まず、ピアのネットワークと相談してください。

Q9. 家族・遺族・支援者は経験専門家になれますか?

はい。当事者本人だけでなく、家族・遺族・きょうだい・元支援者なども、それぞれ固有の経験専門家として位置づけられます。難病・がん・依存症・自死遺族・社会的養護分野では、家族・遺族の参画が重要な位置を占めています。本人の声と家族の声は重なる部分と異なる部分があり、両方が制度に届くことが望ましい姿です。

Q10. 経験専門家として続けていくために、何が一番大切ですか?

ひとつ挙げるなら、「自分のメンタルヘルス・体調・生活基盤を最優先する」ことです。経験を社会に活かすという大義に飲まれて、自分自身が壊れてしまっては本末転倒です。引き受けすぎない、振り返りを欠かさない、ピアのネットワークに支えられる——この3つを守れる人だけが、10年20年と続けていけます。リカバリーガイドヘルパーセラピー効果も併読をおすすめします。

あわせて読みたい|次の一歩のヒント

参照元:CQC(Care Quality Commission, UK)公式サイト「Experts by Experience programme」公開資料/NHS England公開情報/INVOLVE UK(NIHR)公開資料/SAMHSA(米国薬物乱用・精神保健サービス局)「Recovery and Recovery Support」公開資料/AMED(日本医療研究開発機構)PPI推進事業公開情報/難病情報センター公開資料/厚生労働省「障害者総合支援法」関連資料/外務省「障害者の権利に関する条約」公開資料/Sherry R. Arnstein (1969)「A Ladder of Citizen Participation」/フィンランド国立保健福祉研究所(THL)公開情報を参照(いずれも2026年5月時点。制度・呼称・報酬相場は領域・年度・主催者により差があります)

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