限界を感じたあなたへ 〜こんな私がもう一度「生きる」決断をした話〜

今、このコラムを読んでいるあなたはきっと新着のコラムが投稿されたから読んでいる人もいると思いますが、多くの方は心に限界を感じて読んでいるのではないかなと思います。

私も以前はそうでした。
自分の限界に達して「消えたい」と思った日々。
友達はいるかもしれない。だけど、心の底から本音を言えるような居場所はどこにもなくて苦しかった。

今は高校時代の保健室の先生とココトモメンバー、病院の先生と恵まれていますが、未だ、時々「苦しい」「きつい」「逃げ出したい」「消えたい」と思うこともあります。(私の実情を知っている人がこれを読んで何を思うかは知ったこっちゃないです。)

そんな私が人生の転機とまでは言わないけど這いつくばって乗り越えた理由があります。
少しの間お付き合いください。

(尚、この表紙を飾る画像の題名は私のきったねぇ字で書きました。お許しを。)

※少し重たい話になるので、「今は無理だよ」と思う方はここで引き返していただくと助かります。

 

遺書を書いていた

みなさんにお伝えしようと思って先延ばしにしていたものがあります。

中学生の頃、いじめと家庭内の圧力が慢性化して、遺書を書いていました。
小学生の頃ほどではないですが、いじりやいじめに遭い、エリート家庭だったことで勉強の圧力もヒートアップして常にいい子であるように努力をする日々。どこへ行っても本当の自分の気持ちを出せる場所もなく、今のように居場所もなかったですから、「消えたい」「死にたい」と思うようになりました。詳しい原因はもう覚えていないですが、きっとツラさが限界に達して遺書を書いたんだと思います。
当時はODを企んでいたなんて大きな声で言えた話じゃないね。

もう1度頑張って生きようと決めた瞬間

今から5年前、父方の祖父が亡くなりました。ステージ3の遺伝性の胃がんを乗り越えた祖父でしたが、最後は低血糖の末亡くなりました。(癌家系だから私も正直怖いのは置いといて)
私はなぜかお葬式の時、泣かなかったんです。周りの人たちは泣いているのに。でも、唯一泣いた瞬間があって、それはお墓に納骨する四十九日の時でした。納骨も済んで、お寺に行ってお経を聞いて、、、最後にそのお寺の住職さんからあるお話をされました。

「子が親より先に亡くなることは最大の親不孝である」

その言葉には次の意味が含まれていました。
例えば、幼くして子を亡くした親は、同い年の子の成長を見て亡くした我が子を思い出し、
入学する時は「うちの子も今ではカバンをかるって登校するんだろうな」
行事の時は 「うちの子もあぁやって走って、踊っていたのかな」
成人する時は「うちの子も生きていたらもう大人だったのかな」
というように毎回悲しみに暮れるというです。

私は例えどんなに嫌いな両親でも友達でも、先輩・後輩でも「私のせいでこんなツラい思いをさせてしまいたくない」と考える性分なので、「ここで私が死んだら、家計的にも気持ち的にも楽になるとは言え、最大の親不孝だろうな」と思うようになりました。
もちろん、私も人間ですので、嫌いな人はいます。だけど、「悲しい思いはさせたくない」そう思うのです。
そこで私は初めて祖父を亡くして涙を流しました。
この言葉は色んなことを教えてくれた祖父から命をかけてこんな私に向けてのメッセージだと。

限界を感じて苦しむあなたへ

当時書いた私の遺書は残っているのか、捨てたのかわかりません。(そういうことすら忘れるトンチンカン)
だけと、最近になって「あぁ疲れたな」と思っても、色んな人に「出会ってくれて、生きてくれて、ありがとう」そういう言葉をかけられると、こんな私でも頑張ろうと思えるのです。

だから
限界を感じて苦しむあなたに、こんな言葉を送らせてください。

「ココトモに来てくれてありがとう。そしてこうやって必死に生きてくれてありがとう」
「もし生きる希望を見失ったなら、ここを頼ってほしい。」
「コラムを読んでくれたからには私たちのために生きてほしい」
「『自分は何もできないんだ』と思うかもしれないけど、生きているだけで、存在するだけで立派なんだよ」

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