あかつきの日記『どこまでが「自分のせい」なのだろう…』

環境や人のせいにしてはいけない、
全て「自分」に責任がある。

正直なところ、
未だこの理論が絶対正しいとは
頷けない。

1.古代中国などの故事では、
付き合う、仲間にする人を見極めること。
子供の教育には環境に気をつけること等、
「人と環境」について度々注意喚起している。
2.天災や事故、事件等、どんなに用心しても防ぎきれないトラブルの発生。
3.両親や環境等から生まれた時に決めつけられる運命やレッテル。
etc…

確かに自分の進む人生は「選択」の繰り返しだ。でも、中には自分の力では抗えないことや他者からの影響等で、やむを得ずその「選択」を強いられてしまうこともある。それでも「自分の責任」と問われるのだろうか? 「人と環境」のせいにするなといいながらも、実際は「人と環境」を重要視しているのに?  

奮起して自分を変えるための「選択」をしようとしても、そのために必要な「手段」や「機会」がない時だってある。 

傍から見れば、ただの甘えや言い訳、戯言に過ぎない幼稚な内容だろう…。でも、同情を求めるために相手を理解して欲しいとは言わない。せめて言うなら、相手がこれまで歩んできた人生や置かれている環境を実際に見てから判断して欲しい。 

一方的な正論もまた、人を傷つける残酷な「凶器」だ…。

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