ゆめの日記『今日は私の日記』

今日は私の日記です
というのも昨日ショッキングな出来事がありました
当たり前だけど固有名詞は書けないのである支援機関の出来事として書きます。
ぼんやりしたことしか書けないと思うけど文章にしてみました。

私はその支援機関に救われていた部分もあって、人との繋がりを持てたことにも本当に感謝していました。だからこそ関係を壊したくなくて、できるだけ丁寧に、感謝も伝えながら関わっていたつもりでした。

でも途中から、担当の方とのやり取りの中でしんどさを感じることが増えていきました。話しかけてもちゃんと受け止めてもらえていないように感じたり、言い方や態度に傷ついたりして、このままでは苦しいなと思うようになりました。

それでも私は相手を責めたかったわけではなくて、関係を切りたかったわけでもありません。むしろ、これからも良い関係でいたいからこそ悩んでいました。だから別の立場の方に相談しました。

その時、私は自分から無理やり押しつけるように話したわけではなくて、相手の方から「話して」「受け止めるよ」「相談して」と言われたので、信じて心を開いたつもりでした。本当に相談して大丈夫なんだ、この人は受け止めてくれるんだと思って感銘を受けてしまいました。相談してほしい、信じてほしいという想いに感動すらしてしまっていました。かなり勇気を出して、自分が傷ついていたことや孤独感、しんどさを話しました。

でも、そのあと返ってきたのは、私が思っていたような関係の相談への応答ではありませんでした。関係をどう続けるかではなく、「合っていないのかもしれない」「変更するしかない」というような流れになっていって、すごくショックでした。

私としては苦情を入れたかったわけではなくて、信頼して相談したつもりでした。なのに、相談したことで逆に関係が遠のいたように感じた。私の中では、「話して大丈夫」と言われたから勇気を出して心を開いたのに、そのあとで急に扉を閉められたような感覚が残っています。そこが本当に傷になっています。

もし最初からあんなふうに心を開かなければ、こんな苦しさは残らなかったのかなと思ってしまうこともあります。さらに、その後の利用継続や終了についても説明がはっきりしないまま話が進んで、支援機関とは音信不通になりました。何がどうなったのか分からない感じも残りました。

私はその支援機関の人たちに感謝していなかったわけではなくてむしろ感謝していたし、良い関係でいたい気持ちが強くありました。だからこそ、信頼して心を開いたことが、結果的に自分の傷になってしまった

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