私にとっての、「障害を抱えて生きる」ということ
visibility78 edit2026.05.24
『障害特性について』
私は双極性障害とADHDを抱えています。
双極性障害は、気分の波によって、強く落ち込んだり、逆に活動的になりすぎたりすることがある障害です。
ADHDは、不注意や集中の偏り、段取りの難しさなどが出ることがあります。
もちろん、症状の出方や困りごとは人それぞれです。
そのうえで、私の場合は、気温や人間関係の影響を受けやすく、睡眠や生活リズムが乱れると、不調や障害特性が強く出やすい感覚がありました。
『障害を抱えて、なにが苦しかったか』
ここからは、「こういう生きづらさを抱える人もいる」という一例として、私自身の体験を書いてみようと思います。
幼少期の頃は、周囲と調子を合わせることが苦手でした。
感情が昂りやすく、周りを置き去りにしたり、はたまたよく泣いたりしていました。
自分のやりたいことを邪魔されたと感じると、強くイライラしてしまうこともありました。
いじめを受けたこともあります。
十代になると、人の視線が怖くなりました。
周囲と自分を比べて劣等感を抱くことが増え、頭の中もうまく整理できなくなっていきました。
勉強も進められず、不登校になりました。
また、人を待つことが苦しくなり、待てなくなっていきました。
それなのに、たまに全能感に襲われ、色々なことができると勘違いしていました。
二十代では、就職すること自体が難しく感じられました。
自分をうまくアピールできず、自信もありませんでした。
働けたとしても、手を上げられたり、お昼を食べさせてもらえなかったり、早朝から深夜近くまで働かされることもありました。
文字も読めなくなり、少しずつ、心が壊れていきました。
三十代半ばになってから、私は「周囲と同じ基準を求め続けること」を少しずつやめるようになりました。
同じ速度で生きること。
同じ成功基準を持つこと。
同じ幸せの形を目指すこと。
同じ人生設計を当たり前だと思うこと。
そうしたものに、自分を無理に合わせ続けるほど、私は苦しくなっていったのだと思います。
『今の考え』
だから今は、「普通」に近づこうとするよりも、
「自分はどうすれば壊れにくいのか」
「どうすれば少しでも穏やかに生きられるのか」
を整理しながら生きています。
今でも、落ち込みやすさや、生きづらさが消えたわけではありません。
それでも、自分に合わない基準に無理に合わせ続けるより、自分に合った形を探していくほうが、以前より少しだけ呼吸がしやすくなった気がしています。
『最後に』
同じように障害を抱えながら生きている方へ。
もし今、「周りと同じようにできない」「遅れている」と感じていたとしても、無理に同じ速度や同じ幸せの形を目指さなくてもいいのかもしれません。
私自身、長い時間をかけて、「自分に合った生き方」を少しずつ探してきました。
まだ途中ですが、それでも以前よりは、自分を追い込みすぎずに生きられるようになった気がしています。
この文章が、どこかで誰かの「自分を責めすぎない理由」になれば嬉しいです。
実際に、どうやって生き延びる形を作ってきたのかは、また次回に。
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