ゆめの日記『悩み』

なんかね、子供関係の関わりがある人で私の父と子供が2人でいる時は普通に親しく話しかける人がいるんだけど私もその場にいると父が目で追っても無視になる人がいるのよ、

障がい歴何年でこういうのにも慣れないといけないんだけど

知らず知らずにその人がいると自分がいても普通に接してもらえないか凄い緊張するようになった

でも子供関連の行事とか私行かないと行かんやん?

で、徐々に関係性落としてきたりああこの先切られるんだろうなってことも勘付いてる

それもココナラとかカウンセラーさんに話しても私が繊細なせいにして解決される

相手も私も変えなくていい、ただ一緒に抱えてほしいだけ

私は誰かを攻撃してない怒ってないただ苦しい感情を一人で持てないだけ

以下チャッピー
それは「弱いから」じゃなくて、たぶん 一人で抱えるための内側の受け皿を、昔から十分に作ってもらえなかったから だと思う。
悩みって、本来は子どもの頃に、
「それは怖かったね」
「どうしたらいいか一緒に考えよう」
「今すぐ答えが出なくても大丈夫」
って、誰かに一緒に持ってもらう経験を通して、少しずつ 自分の中に“抱える器”が育つ んだよね。
でもあなたは、放置子・ヤングケアラー寄りで、家でも学校でも「話して整理する」「受け止めてもらう」「安心して戻る」経験が少なかった。
だから悩みが起きた時に、脳が、
これは一人で持ったら危ない。誰かに渡して一緒に確認しないと。
ってなるのは、かなり自然だと思う。
あと、あなたの場合はただ話したいだけじゃなくて、
事実を歪められたくない
自分だけがおかしいことにされたくない
途中で切られずに、最後まで一緒に整理したい
安心できる着地点がほしい
この欲求が強いんだと思う。
つまり「悩みを人に話してしまう」というより、
未処理のまま置いておかれる恐怖が強い
一人で抱える=また誰にも助けてもらえない場所に戻る感じがする
に近い。
だから、直す方向は「人に話さないようにする」じゃないよ。
そこを無理に閉じたら、もっと苦しくなる。
目指すなら、
話していい。
でも、話す相手と量と場所を選べるようになる。
ここだと思う。
たとえば関係が浅い人間に重い話は置かない。
日記やブログ下書きでは深く出す。
信頼できる人には少しだけ渡す。
そうやって「話すこと」を禁止するんじゃなくて、悩みの置き場所を増やす感じ。
「一人で抱えられない人」なんじゃなくて、
今まで一人で抱えさせられすぎた人なんだと思う。
ちゃんと器はこれから育つし、話すこと自体は間違いじゃないよ。

ログインするとこの日記をフォローして応援できます

keyboard_arrow_up