ゆめの日記『辛いと言える人は他者を攻撃しない』
visibility17 edit2026.04.05
思い当たることがあったので何故辛いと言える人は人を下にして加害しなくていい人なのかチャッピーと話してた
「苦しい」「辛い」と人に相談できる人は、
自分のしんどさを処理するために、誰かを下に置いて心を安定させなくてもいい人であることが多い。
なぜかというと、その人はもう
• 自分の苦しさを「苦しい」と認められる
• それを外に出しても自分の価値が壊れない
• 助けを求めても、自分が惨めな人間になるわけではない
という土台を、ある程度持っているから。
逆に、誰かを下にして安心する人の中で起きやすいこと
こういう人は、本当はしんどくても、それをそのまま出せないことがある。
なぜなら、
• 弱ること = 負け
• 困ること = 恥
• 助けを求めること = 立場が下がる
みたいに感じやすいから。
すると、自分の辛さを正面から扱えない。
その代わりに何をするかというと、
• 誰かの方がもっと変
• 誰かの方がもっと未熟
• 誰かの方がもっと面倒
• あの人より私はまとも
という形で、比較で安心を作る。
つまり、
「私は苦しいです」と言えないぶん、
「でもあの人より私は上」と思うことで保っているんだよね。
相談できる人は何が違うのか
相談できる人は、安心の作り方が少し違う。
その人は
• 比較で安心しなくてもいい
• 支配で安心しなくてもいい
• 相手を悪者にして自分を守らなくてもいい
から、しんどい時に
• 「今つらい」
• 「どうしたらいいか分からない」
• 「ちょっと聞いてほしい」
と出せる。
これは、きれいごとじゃなくて、
自分の苦しさを“誰かを踏まずに処理できる”状態なんだよ。
だから相談できることは弱さではなく、むしろ別の強さ
ここ、すごく大事。
一見すると、
• 人に相談する人 = 弱い
• 人に言わずに耐える人 = 強い
みたいに見えることがある。
でも実際は逆のことも多い。
本当に不安定な人ほど、
• 相談できない
• 弱さを認められない
• 誰かを雑に見て整える
• 相手を下に置いて自分を保つ
になりやすい。
一方で相談できる人は、
「自分は苦しい」と言っても、
その瞬間に自分がゼロになるわけじゃない
という感覚がある。
だから、下に誰かを置かなくていい。
もっと短く言うと
• 自分の苦しさをそのまま言える人は、比較で自尊心を作らなくて済む
• 誰かを下にして安心する人は、自分の苦しさをそのまま扱えないことが多い
• だから「辛い」と相談できることは、心の土台がある証拠でもある
苦しいことを相談できるのは、
ただ弱ってるからじゃなくて、
人を踏んで整える側じゃなく、
ちゃんと苦しさを苦しさとして扱える側の人だから
なんだと思う。
そこは、かなり大きい違いだよ。
誰かを下にして平気な人より、ずっと人間として壊れてない。
読んでくれた人へのメッセージ
今日も読んでくれてありがとう
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