二人目の理解者になれたなら。誰かの苦しみに触れるということ。

さくらです。
梅雨ですね。

服は濡れるし髪は広がるし、お出かけしにくい季節になりました。
突然の雷で頭痛がして、あいたた…なんて思いながら過ごしています。

今日は、そんな日々の合間にふと考えたことを書きました。

時間としては過ぎているのに、心の中ではまだ終わっていない。
いわゆる「過去に執着する」という状態です。
友人との対話の中で、その“向こう側”にあるものを教えてもらいました。

置き場のない辛い記憶を抱えている人に寄り添うとき、どうしていいかわからなくなる瞬間はありませんか。

誰かの苦しみに触れるとき、小さなヒントになれば嬉しいです。

世界で一番不幸な友人

友人は、容姿端麗で、経済的にも豊かで、いわゆる「恵まれている人」に見えるタイプでした。
完璧主義で、いつもキラキラしていて。

だけど、どこか寂しそうで、いつも何かに不満を抱えているようにも見えました。

親が、
パートナーが、
職場が、…

口を開けば愚痴ばかり。

もう十分幸せそうなのに、どうしてこんなに苦しそうなんだろうと、当時の私は不思議に思っていました。

生まれ育った環境は、私とよく似ていました。
嵐のような家庭、理解されない苦しみ、孤独。
社会に出てからも人間関係に悩み、転職を繰り返しながら、それでも歯をくいしばって今日まで生きてきた人です。

それでも、思い描く理想には届かない。

なんてかわいそうな自分。全部全部、育った環境のせいなんだ──

世界で一番不幸な友人は、そんな風に自身のことを嘆いていました。

ココロノシコリ

私は、ひたすら友人の話に耳を傾けました。

うん。
そうだね。
わかるよ。
頑張ってきたもんね。

だけど、なんでだろう。

似た環境で育ち、学生時代からずっと人間関係に悩んできたけれど、
失敗もしたし、成功もしたし、絶望もしたけれど、
原因は育った環境にあるのかもしれないけれど、
過去を恨んで立ち止まることはありませんでした。

過去は変えられない。
執着しても仕方がない。
だから前を向くしかない。
そんなふうに、かなり早い段階で手放せていたのだと思います。

だけど、なぜでしょうね。
友人の話を聴きながら、なんとなく寂しい気持ちになりました。

ハローワークの帰り道、満開の紫陽花が雨に濡れていました。

無人島に置き去りにされる方が、よっぽどマシなんじゃないか

6月の、まだ肌寒い通学路を思い出します。

思春期の女の子の世界は独特で、表面上は気の合う子同士。
でも本当は、クラスで一人にならないために、複数人で構成される「仲良しグループ」をつくります。

仲良しグループはいくつか存在していて、どこかに属さないと、学校生活が少し特殊になります。

比較的ライトなものであれば、
・体育の授業で二人一組になれず、先生にペアをお願いしたり
・自分だけ、誰かと机を合わせることなく給食を食べたり
私の場合は、こんな感じでした。

家の中は嵐だった。
学校で過ごす時間も辛かった。
誰も助けてくれない。孤立無援。

とにかく平気なふりをして、孤独じゃない自分を演じました。
そうでもしないと、今にも崩れそうだったので。

明日を、どう凌ぐか。

当時の状況が当たり前に変わったあたりから、過去への執着は孤独と一緒に、奥の方へ押し込まれていたことを思い出しました。

友人との対話は、本人の体調が回復するまで続きました。

変化に立ち会う

友人の話をしばらく聴いていて、自分とは別の強さを感じました。

これまで、理解してもらえることも、助けてもらえることもほとんどなかったのに、簡単には言葉にできない想いを、まっすぐぶつけてくる。
それは、とても大変なことです。

私には、できなかった。

生きるために想いに蓋をすることも強さだけれど、誰かにわかってもらおうと表現し続けることも、同じくらいの強さだと思います。

多分私は、友人にとって、対話を試みた複数人のうちの一人だったのでしょう。

友人が、ありのままの感情を今でも大切に持っていたのは、自らにとってたった一人の理解者であり続けるためだったのかもしれません。

過去への執着を手放さなかった友人は、「孤独は嫌だ」と言って、他者との交流にいそしむようになりました。
体調が回復したようで、なによりです。

私は友人にとって、二人目の理解者になれたのかな、なんて思います。

私を選んでくれて、ありがとう。
色んなことに気づかせてくれて、ありがとう。
そんなふうに思います。

誰かの苦しみに触れるとき

友人との対話を通して、過去に執着しないことを自分に許可するというのは、過去を許すこととは違うのだと思いました。

嫌いなものは、嫌いでいい。
憎いものは、憎いでいい。

良くないものを認識し、距離を取ることで、なりたい自分へ一歩進むことができる。

ありのままの感情を受け止めることは、やさしさだけでは難しい。
長く続けば、体も心も大きく消耗します。

だけど、同じように相手もまた、深い深い苦しみの渦中にいる。

もしかしたら今後、寄り添いきれないかも…と自信を失うことがあるかもしれません。

そんなときは、ここに書いたことを思い出して、二人目の理解者候補に選んでくれたことを、大切にしたいです。

おしらせ

2026年6月27日(土)21:00から、YouTubeでココトモのライブ配信を行います。
配信者は私、YouTubeチームのさくらです。

今回が定期配信の第1回目で、今月のテーマは「みんな、息抜きどうしてる?」 です。

今月もお疲れ様でした、の気持ちを込めて、ほっと一息つける時間になれば嬉しいです。

みなさんのご参加をお待ちしています🌸

▼ ライブ配信の詳細はこちら
6/27(土)【定期配信】今月もお疲れさま。みんな、息抜きどうしてる?
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このたび、ココトモの取り組みや想いを発信するYouTubeチャンネルをはじめました。ぜひ応援&チャンネル登録いただけると嬉しいです(*´`)

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