よしちゃんの日記『『自分』を見つめて』

ここしばらくの人とのやり取りの中で、『自分』というものについて、より深く見つめることになった。

僕は今まで、『自分』という認識の存在意義を明確には感じられていなかった。そんなものは無いほうが、むしろ人は悩むことなく生きていけるのでは?とも思ったりもしていた。

でも、今回の自分を深く見つめる機会で、その存在意義がはっきりと見つかった。ハッと目の覚めるような感覚だった。

それは、自分という認識は、心を育てるためにあるということだった。そして、それ以外はない。

自分を見つめる上で、それと同時に体を見つめることも重要だった。体は体が管轄している。狭くは体は遺伝子の管轄。広くはこの世界の管轄。その管轄の中で育ち、その管轄の中で崩れる。

体は体で、体に任せていればいい。『自分』の管轄は心でしかないからだ。

体に体を任せられないのは、親が子供をコントロールしたがるようなもの。

自分は自分のやるべきことをやればいい。心を育てることをやればいい。

親が変われば子も変わる。心が変われば体も変わる。

体が変わるということは、思考や感情も変わるということ。感情や考えは、脳の管轄でしかないからだ。

そして、体が変われば、世界は変わる。体は世界の一部だからだ。

『自分』というものの存在意義を見つけるということは、体(思考や感情)に司られる側から、体を司る側になるということ。世界に司られる側から、世界を司る側になるということ。

余計なことに気を取られずに、自分の役割をしっかりとやっていけば、必ずそこに成果は現れる。それは、ごくごく当たり前の話だけども、その当たり前が僕はできていなかった。盲目的に生きてきたから。『自分』がなんだか見えなかったから。

『自分』を見つけ、なんだかありがたい気持ちになった。だから、それを自分だけのものにしないで、みんなにお裾分けできたらと思う。

star今日よかったこと♪

よかったですね💮

favorite読んでくれた人へのメッセージ

おはようございます。

幸せでありますように・・

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